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分析



 上官のモルドドは俯瞰で周囲を眺める。理解がまったく追いつかず、おぼつかず、なんとか状況を整理しようとしていた。


 しかし、気づけばモルドドの執務室は殺人現場のような様相を呈していた。


「やばっ」


 思わず口にした。そして、この惨状を前にして、モルドドはヘーゼンをキッと睨みつける。


「や、やってくれたな」

「はい」

「ほ、褒めてねーよ」


 思わず言葉が荒々しくなってしまう。若い頃に煮えたぎっていた『冗談じゃない』という想い。幾分の修羅場をくぐり抜け、ある程度の経験値を得たつもりではいたが、まさか20歳前後の若造に味わわされるとは思わなかった。


 それでも。すでに同じ船の上だ。強引に乗らされた形だが、生き残るためには、なんとか食らいついていくしかない。


「で、これからどうするつもりだ?」

「モルドド内政官の言う通り、泳がせておくべきでしょう。当然、こちらの思うままに行動をさせて、ですが」

「君は私の指示には従わないのでは?」

「あれは、ギモイナを追い詰めるための方便です。なんとか説得したなどと言えば、ギモイナ内政官も素直に従うでしょう」

「……なら、あそこまでやらせる意味はあったのか?」


 モルドドは、ドン引きしながら。顔面がボコボコの瀕死ギモイナを眺める。


「北風と太陽です。弱みで徹底的に脅し、蹂躙し、その自尊心を粉々にする。その後、手を差し伸べれば、大抵の者は喜んで従う」

「……北風と言うよりは、ハリケーンじゃないかと思うがね」

「ははっ、なるほど」

「じょ、冗談ジョークじゃない」


 その堂々とした姿に半ば呆れながら、モルドドは資料に目を通す。


「そもそも、よくこの短期間で着服など暴いたな」


 内政官の権限では閲覧できない資料も網羅されている。よほど、このドクトリン領に精通し、役職が上の者でないとできない芸当だ。


「ウチの優秀な秘書官がやってくれました」

「ジルモンドか?」

「いえ」

「……あの、ヤンという少女か?」

「はい」

「呆れたな。君じゃないのか?」

「あの子が、なんとか民を救おうとして資金の流れを追っていきました。他部署をいろいろ聞き回り、調べ、目につくおかしい箇所にチェックをつけてました。そこから犯人を調査し、証人を見つけるまでは私がやりましたがね」

「……」


 それを、あの小さな子どもが。信じられないと言う想いと、ヘーゼンの秘蔵っ子ならばと言う想いが同居した。


「しかし、ここも、情報秘匿が甘いな」


 そのつぶやきに、ヘーゼンは首を振る。


「恐らく、私にもできません。あの子には、人の懐に入ることのできる柔軟さがある」

「……末恐ろしいよ。第2のヘーゼン=ハイムにでもする気かい?」

「まさか。私には私の役割があり、あの子にはあの子の役割がある。それに……」


 ヘーゼンは思い出したように、フッと笑う。


「それに?」

「どう成長するのかが、わからない方が面白いじゃないですか」

「……」


 ヘーゼンがそう答えた時、しばし沈黙が続く。


 そして。


「君は何者だ?」


 モルドドは神妙な顔つきをして尋ねる。


「と言うと?」

「規格外なのだよ、何もかも。少なくとも、その若さで、できるような芸当ではない」

「……」

「最初は、ただの天才かとも考えた。しかし、頭の回転だけでは説明がつかない。膨大な経験則に即さなければできない判断力。そして、時折見せる精神的な成熟度。君と話していると、かつて死んだ我がすーを思い出すよ」

「……」

「しかし、一方で。若くなければ有り得ないとも感じる。苛烈な性格。底深く、沸るような熱量。瞬足かつ合理的過ぎる行動力」

「……」

「言ってみれば、チグハグだ。君の中に、若さも老練さも感じるから、正直、どう扱っていいか困ってしまうな」


 その時。


 ヘーゼンはジッと瞳を見据え、ボソッとつぶやいた。


「モルドド内政官。忠告しておきます。私のことを探らない方がいい。必ず、後悔するでしょうから」

「……だろうな」

「……」


 しばらく沈黙が続き。


 黒髪の青年はフッと笑顔を浮かべる。


「心配されていることは、わかります。しかし、私はこの国の繁栄を願う帝国の将官の1人です。それ以上でも、以下でもありません。そして、大樹に寄生するだけの不要かつ不毛な人材を駆除しようとしているだけです」

「……わかった。それには、私も同意する。いつか、道を違えないことを心から願っているよ」

「私もです」

「はぁ……胃が痛い」


 モルドドは大きく頭を抱えた。


 とにかく、とんでもないやつを部下にしてしまった、と。


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