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 ヘーゼンはその足で部屋に戻り、荷物を片付け始めた。そんな様子を眺めながら、モスピッツァが恐る恐る恐る尋ねる。


「あ、あの……なにをしてるんですか?」

「下級内政官に降格したから、部屋を出る」

「……っ」


 瞬間、モスピッツァは至福の表情を浮かべるが、数秒後に正気に返り、慌てて取り繕う。


「それは、なんというか……あの、残念です」

「全然残念そうには見えないが。カク・ズ、ここに僕の荷物をまとめたから移動させておいてくれ。あと、本は全部持っていってくれ」

「わ、わかった」


 5分とかからずに引っ越し準備を終えたヘーゼンは、すぐさま自室に別れを告げて、執務室へと入る。


 中級内政官の席には、バライロがふんぞり返って座っていた。


「おお、早いな。もう終わったのか?」

「はい」

「では、早速業務にかかれ」

「はい」


 ヘーゼンは、すぐさま初級内政官の席に座って淡々と仕事を始める。バライロはつまらなさそうに、ボーッとその様子を眺め、特に反抗めいた様子がないとわかると、「臆病者め」と吐き捨てて、書類の決裁を始める。


「……っ!」


 5分後。突然、バライロは立ち上がり、猛然と部下のビダーンまで駆け寄って胸ぐらを掴む。


「おい!」

「ひっ……はい」

「なんだ貴様この書類は!?」

「こ、これですか……ええっと、内容としては」

「そんなこと言ってるんじゃない!」

「ぐっ……」


 と怒鳴りながら鉄拳を見舞う。


「なんでわからない!? ここ! こ・こ! 折れ曲がってるじゃないか!」

「あがっ……ぐうっ」


 そう言いながら更に鉄拳を見舞う。瞬間、赤く染まった歯がポトっと地面へと落ちた。ビダーンは涙を目に溜めながらも、深々とお辞儀する。


「も、申し訳ありません」

「いいか? 書類の乱れは、心の乱れだ! こういう細かなところにまで気を配ってこそ、いい仕事ができるというものだ!」

「……はい」


 頬を押さえながら、なんとか震え声を絞り出す。しかし、それが気に入らなかったのか、みぞおちに膝を思いきり入れる。


「うぐっ……げほっ、げほっ……」

「わかってない! だから貴様ら文官は駄目なんだ! 私は軍人上がりだからな! 内政官と言えど、ここは戦場だと理解しろ! そう言うところはビシビシといく! ハッキリと返事をせんか!」

「は、はい!」

「わかってくれたか!」


 途端にバライロはコロッと態度を豹変させ、爽やかな笑顔を浮かべた。そして、ガシッとビダーンの肩を抱く。


「よかった! いや、私も心が痛いんだ。君を殴る時。蹴る時。君以上に私が苦しんでいることを……これが、愛の鞭であることを、どうか理解して欲しい!」

「……はい」

「まあ、初日だから私のやり方に慣れないと思うが、食らいついてきてくれ! 必死に食らいつくことで、人は成長するのだから!」


 バライロがキラキラとした表情を浮かべるのに対し、ビダーンは取り繕ったのがバレバレの、引き攣った笑顔を返す。


「……はい」

「それで! 今日の歓迎会の場所は?」

「か、歓迎会?」

「……まさか、用意してないと?」


 ビダーンの肩を抱く手の握力がギュッと強くなる。


「い、いえ! 準備してます!」

「だよなぁ! で、どこだ!?」

「えっ……と。ちょっと今、いい店を探してまして……」

「そうか! わかった! なら、ビダーン! お前は今日それを頑張りなさい!」

「……はい」

「勘違いするなよ! 仕事ではないと思うかもしれないが、私たちは仲間であり、家族であり、戦友である! 仕事もそれ以外も互いの状況をより理解し、共有する必要がある! これは、そのための重要な仕事だ! また! 他者のもてなしも立派な仕事だ!」

「……はい」


 助けを求めるように。ビダーンがヘーゼンを見るが、完全に無視。淡々と仕事を進めていた。そんなSOSに気づきもしないで、バライロはバンバンと背中を叩く。


「ゲホッ、ゲホッ……」

「では! 今日は楽しみにしてる! 今宵は、仕事とはどう言うものかについて、皆で大いに語り合おうではないか!」

「……はい」

「おい! なぜ、返事をしない?」


 返事をしたビダーンから急に視線が離れて、バライロは部下の席を睨む。視線の先には、淡々と仕事をしていた黒髪の青年がいた。


 ヘーゼン=ハイムである。


「私に言っていたのでしたら、はい」

「貴様……なんだその舐めた態度は!?」


 バライロは猛猛然と駆け寄り、鉄拳を頬に見舞う。瞬間、鮮血が舞い、地面へとポタポタと落ちた。ヘーゼンの頬が若干腫れ上がるが、手を当てることもなく、痛がることもなく真っ直ぐに見据える。


「……」

「……なんだ、その反抗的な目は!?」


 バキッ!


「がはっ……」

「……」

「……」


          ・・・


「えっ?」


 吹っ飛びながら。


 壁に叩きつけられながら。


 ()()()()の鼻骨が潰れ、血がポタポタと地面に落ちた。普段見慣れない自身の赤を眺めながら、数秒間停止する。


 なにが起きたのか。


 こっちが殴って……もう一発殴ろうとして。


 ……えっ?


 バライロは理解が追いつかないような、パチクリとした無邪気な表情を浮かべる。しかし、そのを許すことなく、ヘーゼンは彼の耳たぶを掴んで思いきり下へと引っ張る。体勢を崩したところを足払いで地面へと転がし、仰向けになったところで、胴体に向かって覆い被さる。


 いわゆる、マウントである。


「き、貴様っ……なにを!」

「恐れ入りました。まさか、僕に肉弾戦を仕掛けてくるとは、よほど自信がおありなんですね。私はあまり得意ではありませんので、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」

「いや……ちょ……おまっ……わたっ……あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばはばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばはばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばはばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばはばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばはばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばはばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばはばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばはばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばはばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばはっ!?」


 言い終わる前に。


 弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾弾っ!


 拳の弾幕がバライロに散弾する。縦・横・上・下・斜め。あらゆる方向に顔面が吹っ飛び、みるみる内に腫れ上がっていく。


 5分後。


 ……ピクッ。


 ピクッ、


 ピクッ。


 バライロが意識を失ってもなおその拳は止まらず、とうとう身体限界まで来たピクつきのサインが入った時、やっと、ヘーゼンは拳を止めた。


「……っ」


 唖然。その場にいた誰もが唖然としていた中。秘書官のジルモンドがやっと事態が追いついて、真っ青な表情で訴える。


「へ、ヘーゼン内政官! いったい、なにをしてるんですか!?」























「愛の鞭」

「……っ」





                        続く


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