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策略


          *


 モルドドは、悪夢を見ているようだった。彼自身、領主代行には思うところがあったし、ヘーゼンが遠慮のない性格であることもわかっていた。当然、調整役を引き受けるつもりでいた。可能な限り、かばうつもりだったし、頭を下げる準備もしていた。


 でも。


 あまりも、遠慮という次元からかけ離れている。


「くっ……」


 モルドドは思わず涙目を浮かべる。本当は泣きじゃくりたかった。これまで積み上げてきたキャリアと信頼が崩れて、それどころか、クビになって家族が路頭に迷うかもしれない。


 娘は、6歳。


 帰るたびに、パパーっと嬉しそうに駆け寄ってくることに、これ以上ない幸せを噛み締めていたのに。もしかしたら、将官をクビになって娘を学校に行かせてやれないかもしれない。そんな未来が、ガンガンによぎり、拭いたはずの涙が、再び瞳に溜まる。


 思わず、モルドドはヘーゼンの胸ぐらを掴んだ。


「いくらなんでもアレはないだろう!? 領主代行を怒らせるどころか、生涯忌み嫌われ続けられるほどの悪印象だぞ!」

「ははっ」

「わ、笑い事じゃない」


 ……イ○れてる。モルドドは、目の前の男を完全に勘違いしていた。


「以前、君は平然と上官を背中から刺す男だと評したことがあったな」

「ええ。見事に見抜かれて驚きました」

「全然見抜けてなかった。背中から刺すどころか、滅多刺しだ。そして、倒れたところをマウントとって、更に顔面をボッコボコに殴る。異常者だ。シリアル・キラーだ。君のやったことはそう言うことだぞ!?」

「なるほど……いい表現だ」

「な、納得するなよ」


 冗談じゃない。モルドドは大きく頭を抱えた。完全に見誤っていた。ある程度の上意下達はわきまえている男だと思っていた。


 将官とは基本的には出世欲の塊だ。ヘーゼン自身もそれに属したのだから、無闇やたらと上官に背くことはないだろうと。


 しかし、ここまで見境のない男だとは。


 そんな上官の動揺など完璧に知らん顔で。この場面で一番そぐわない爽やかな笑みを浮かべて、ペコリとお辞儀をした。


「申し訳ありません。せっかく作っていただいた機会なので遠慮する気など毛頭ありませんでした」

「……っ」


 い、言いやがった。


「演技……してたのか?」

「はい」

「くっ……はっ……」


 胸の動悸が一向におさまらない。やられた。モルドドは更に頭を抱えた。この男は、こちらが見誤ることまで計算に入れていた。そこに、ホイホイと乗せられて言うことを聞いてしまったのがマズかった。


「しかし、さすがはモルドド内政官。あの場の立ち回りも見事でしたね」

「あんなもの……他にどうしろって言うんだ」


 投げやりにそう答える。文字通り、空気と化すしかなかった。かばうことなどもちろん、制止するいとまさえ与えてくれない。そして、下手をすれば、こちらへ矛先が向く。ただ、影となりそのままいないフリをする以外選択肢はなかった。


「あなたを上官として尊敬しているのは本当です。是非とも味方にしておきたかったが故の行動です。どうか、お許しいただきたく」

「……もしかして、私を敢えて同行させるよう仕向けたのか?」

「はい」

「くっ……はっ……」


 怒りを通り越して、戦慄を覚えた。裏切る心配がないよう、共犯として仕立て上げる。同じ境遇にさせることによって互いの目的のベクトルを強引に合わせる。どちらも、詐欺師の常套手段だ。


 と言うか、味方をハメるか。


 モルドドは理解が追いつかず、こめかみに指を押さえる。


「しかし……こんな風に私を陥れて、信頼が得られると思っているのか?」

「必要なのは信頼などと言う曖昧な繋がりではない。好き同士でも、嫌い同士でも、目的が一致することで協力し合える関係です」

「……それで? 私が感情に任せて拒否するかもしれないぞ?」

「大丈夫です、モルドド内政官。私は、あなたの能力を信用してますから」

「……っ」


 ヘドが出そうな、信用だった。


 と言うより、いよいよ猫を被るつもりがなくなってきたという事か。むしろ、際限のない知識と見識、破格な行動力を持ち合わせている時点で気づくべきだったのか。


 ……いや、言葉の端々に、こちらを油断させるようなメッセージがちりばめられていた。味方は裏切らない。上官を尊敬している。そんな浮ついた言葉に乗せられているつもりもなかったが、油断させられていたことも事実だ。


「君の……勝つ算段に乗るしかない。そう言うことだな?」

「安心してください。私は勝算のない戦はしない男です」

「……せめて、負ける勝負はしないと言って欲しかった」


 大いにため息をついて、モルドドはトボトボと廊下を歩いた。


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