信仰
それから2人は、他に数十もの集落を回った。そこでもヤンの存在は崇められていた。皆、命の恩人が小さな子どもであることに、神秘的なものを感じたらしい。ヘーゼンはそんなヤンを感心しながら眺める。
「しかし、これは予想以上の結果だったな。仮に僕が君と同じことをしてもこうはならなかっただろう」
「私もびっくりですよ。一応、ここの領で流行っている神話を参考にしましたけど、ここまでになるとは思いませんでした」
「……あえて、そう振舞ったと?」
「小さな子が言ったって、聞いてくれないと思ったんです。この地域で広まっている神話の使い……聖女ミーミャという小さな娘が、ちょうど同じ背丈だったんで」
「ますます驚いたな」
自分では思いつかなった思考だ。ヘーゼン自身、神という存在を否定はしていないが、深い信仰心はない。その地に根づいた信仰を武器にすることもあったので、後から考えると確かに有効な手だ。
しかし、あの短時間では考えつかなかった。そして、ヤンという少女はヘーゼンよりも優れた立案をした。
「途中までは半信半疑でしたけど、広まってからは本当に早かったです。カク・ズさんも常人離れした肉体なので、総じて人間味が薄かったのかもしれません」
「君に神を感じると言うことは、すべての言うことを無条件に聞き入れると言うことだ。大抵の者は自らが信仰する神に対して従順だからな」
「い、嫌な言い方」
「……このまま教団でも創るのもアリ……か」
「なしです!」
ヤンは断固として主張した。
「教団はいいぞ? 信者はなんでもしてくれるし。税はある程度減免される。仮に権力者がハマれば、その威を使ってやりたい放題だ」
「め、めちゃくちゃ神を冒涜してるじゃないですか!?」
2人が言い合いをしながら忙しく歩いて行く中、突然ヘーゼンがフラッと歩む挙動を歪めた。
「大丈夫ですか!? やっぱり食事しないと」
「いや。いい。10日は大丈夫」
「いい加減にしないと、そろそろ死にますよ!」
「ちょうどいい機会だ。死ぬ直前まで、食事を抜く」
「……はい?」
思わず、ヤンが聞き返す。
「食事を抜きながら、どこまでのパフォーマンスが保てるのか。そして、自制心がどこまで保てるのか、この身体で味わっておく必要がある」
「もう……なにを言っているのか、本当に意味がわかりません」
異常? 変態? なんだか、もう言い表しようがない。
「簡単だ。人は水を飲まなければ1週間で死ぬとされる。しかし、以前、戦場で追い詰められた時、10日ほど雨水でしのいだ。今回、自身の忍耐が落ちているのかどうか確認する必要があるのだよ」
「そ、そんなことする必要あります?」
「ある。自分の限界値を知ることで、『そこまでは迷いなく踏み込める』と心に刻みつけなければならない。逆にそれを知らなければ、無闇に恐れるか、恐れ無くして死に至る」
「……異常変態」
ボソッとつぶやくヤンの言葉を完全に無視して、ヘーゼンは話を続ける。
「しかし、これであらかた回ったな。城に帰って、仕事に戻ろう」
「……通りますかね? 献策は」
「そろそろ通してもらわなければ困る。モルドド上級内政官は即日で印を押してくれた」
後は、内政次官補佐官、内政次官、内政長官、領主代行と続く。ここまで、手続きが長いのがお役所仕事の明らかな弊害だ。
「んー……私は会ったことないですね。モルドド上級内政官てどんな人なんですか?」
「優秀な方だよ。そして、抜け目のない方だ」
「師が言うならそうなんでしょうね」
「これから紹介する。ついでに、進捗も確認したいしな。ついてきなさい」
ヘーゼンはそう言って歩き出す。ヤンは慌ててついて行こうとするが、意外にも早く追いつける。
「……」
なんだかんだ、歩調を遅くしてヤンの速度に合わせてくれているんだ。
「……なんだ? ジロジロと見て」
「優しさって、少しぐらい自分から言わないと伝わらないものですよ?」
「優しさ……ああ、あの自身にも甘やかせて欲しいがために、他人にも甘やかすという代償行為のことか」
「意味が凄いことになってる!?」
ヤンは思わず、ガビーンとした表情を浮かべた。




