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帰宅


          *


 その日、ヤンが足早にヘーゼンの部屋へと帰ってきた。3日は寝ておらず、身体はフラフラの状態である。それでも、やることが尽きなかったので、『まだやる』と言い張ったが、護衛士のカク・ズに強制的に連れ戻された。


 扉を開けると、そこには痩せ細った神経質そうな男が端っこの端っこに体育座りしていた。


「こ、こんにちは」

「……モスピッツァさん!? な、なんでここに?」

「公設奴隷として派遣されました」

「……っ」


 『外れだ』、と反射的に言ってしまうのを必死に抑える。どうせなら、もっと使える奴隷がよかったが、そんなことは言えるはずもない。


 ヤンは深くため息をつくと、モスピッツァがバケツの水をコップにすくって飲もうとしていた。


「な、なんでそんな黒々とした水を飲もうとしてるんですか?」

「……私の飲み水です」


 !?


「なんで!?」

「……その。ご主人様の命令で。私が掃除で大量に水を使ったことがお気に召さなかったみたいで」

「な、なるほど」


 それは確かに怒るかもしれない。他ならぬヘーゼン自身がほぼ飲まず食わずでやっているのだ。元将官であるモスピッツァが、この民の状況を見ておきながら大量の水を掃除に使うという行為は、ヤンですら神経を疑うレベルだ。


 言葉の端々に被害者面がまた取れるので、恐らくは反省してないのだろう。


「でも、そのまま飲めなんて言われてないんですよね。ろ過しちゃえば飲めますよ」


 ヤンは、簡易的なろか器を作り始める。まず、ガラスの小瓶をさかさにし布をつめる。次に小石など小さなものをすき間が出来ないように入れ、最後に砂を入れた上に、丁寧に布をしきつめた。


「よし、できた。これで、水を入れれば今よりは綺麗になりますよ。あとは、木の炭なんかも入れておけば汚れ取れますし、それでもまだ臭いようだったら何回か繰り返してください」

「……ありがとうございます」

「……」


 モスピッツァが深々とお辞儀をする。そんな様子を眺めながら、えらく、しょぼくれてしまったなと思う。中尉だった頃は、不遜が服を着たような性格だったが。


「ところで、すーは?」

「えっと……まだ、お帰りになってません」

「どこ行ってます?」

「わかりません」

「そ、そうですか」


 まあ、モスピッツァには言わないだろうなとは思った。


 そんな中、ちょうどいいタイミングでヘーゼンが帰ってきた。どうやら自分同様寝ていないらしく、かつ、いつもよりも痩せて見える。


 食料も抜き、水も多くは摂取していないその姿を見ると、どうしてもモスピッツァに対する仕打ちを責める気にはなれなかった。


すー。おかえりなさい」

「帰ったのか。どうだった?」

「暫定で、やれることはやりました。近場から食糧を買い込んで配給して、もう数日すればナンダルさんのところから大量の食料が入ってきます」


 カク・ズが来てくれたのもよかった。食料を大量に持ってきたのでものすごい群衆が押し寄せてきたが、彼が拳で地面を叩き割ると一発で治った次第だ。


「そうか。水は?」

「とりあえず、あちこち回ってかき集めました。でも、汚れた水が多かったので、民にろ過器を作らせて飲ませてます。今はギザールさんに近隣を回ってもらって調達した水を飲んでます」

「しかし、それでは足りんだろう」

「1ヶ月はそれで我慢してもらって、ナンダルさんから水を仕入れます。北方には雪が腐るほどありますから。カリナ地方から水を大量に輸送します」

「わかった」

「……それでも、もって3ヶ月というところです」


 ヤンは力なさそうにつぶやく。


「そこからの手は?」

「……ありません」

「嘘つけ。あるだろう?」

「……」


 ヘーゼンの問いに、思わず歯ぎしりをする。やはり、この人は躊躇しない。たとえ、どんな手段でも、やると決まればやるのだろう。


「まあ、準備だけはしておけ。最悪でも3つは選択肢を持っておくものだ。今、ヤンの浮かんでいるそれは後手の後手、最後の手段だ」

「……わかりました」

「さて。僕は少し寝る……君も……っと、あれ。モスピッツァ。君にしては質のよいろ過器じゃないか」


 ヘーゼンは感心しながらろ過器を眺める。


「なに言ってるんですか? 私が作ってあげたんですよ。汚い水飲んでるから」

「……えっ、でもモスピッツァ。ろ過知ってるって言わなかったか?」

「……申し訳ありません」


 モスピッツァは顔を真っ赤にしながら黙り込む。そんな様子を見ながらヘーゼンは深くため息をついた。


「謝る必要はないが、見栄張りな性格は損をするぞ」

「……でも」

「あっ、いい。これ以上、話す気ないから。おやすみ」

「……っ」


 プルプルと震えながらいるモスピッツァを尻目に、ヘーゼンはヤンを連れて寝室へと入った。

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