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文官


 帝都を出て、馬で約15日。ヘーゼンはドクトリン領に到着した。先日派遣された北方ガルナ地区からは正反対にある南方の土地で熱帯の気候だ。


 最前線のライエルドとの間にはベナハ砂漠があり、その過酷な環境から迂回して物資を輸送せざるを得ない。馬で走りながらその土地の様子を窺うヘーゼンだったが、見れば見るほどその表情は険しくなってくる。


「……酷いな」


 町は、自身の領地など比にもならないほど荒れ果てていた。見渡す限り荒野で、土地自体が干上がってしまっている。民たちの肌は褐色で陽に焼けており、常に唇がカサカサの状態。


 大人たちはこの熱射の中、干からびるように横たわっていて、身体を動かすような気力すらない様子だ。


 死地。


 ヘーゼンはそう判断した。自力での回復の見込みもないほどに、この土地には活力が失われている。農地も干上がっており、作物も育っていない。


 歩けば物乞いの子どもがゾンビのようについてくる。ヘーゼンはゆっくりと馬を歩ませながら、自身の持ってきた水と食糧を分け与えながら進む。


 城下へと向かうに連れて、先ほど見た光景とは別次元の景色が拡がる。巨大で豪華な城と周辺に住んでいる人々の屋敷などが立ち並ぶ。ここらは、恐らく貴族、そして彼らお抱えの商人が住んでいる地域なのだろう。


 城の内部も外の荒れ地とは別世界のような、豪華な造りだった。案内された部屋に入ると、そこにはキレ長目の男が座り、書類に目を通していた。


「このたび配属されましたヘーゼン=ハイムです。よろしくお願いします」

「ドクトリン領執政官代行のビガーヌル=ガナだ。よろしく」


 彼は目も合わさずに答える。


「武官としては優秀らしいが、文官はまた違う能力を必要とする」

「はい」

「……期待している」

「ありがとうございます」


 お辞儀して、ヘーゼンは部屋を出た。どうやら、執政官と違って多くは語らないタイプらしい。それから、慣例に従って、一通り挨拶回りを行う。


 武官の初日は、即ならず者集団の中にぶち込まれ、すぐに音を上げると思われていたので、そのような面倒なものはなかったが、今回はキッチリと戦力としてカウントされているらしい。


 部下は内政秘書官のジルモンド=ワノア。少尉格の男だ。いかにも将官らしい立ち振る舞いをする。歳はヘーゼンより5つほど上だが、キッチリと階級をわきまえて、補佐にまわる。


 ジルモンドはスケジュールに従ってツラツラとリストを読み上げる。


「次は執政官代行の秘書官であるウコステ様。筆頭上級内政官のモルドド様。直属の上司である上級内政官のギルドル様。上級内政補佐官のバドダッダ様。それから――」

「ま、まだいるのか?」

「まだまだあります」

「……っ」


 ヘーゼンは思わず呆れてしまった。


「面倒だな」

「えっ?」

「挨拶など、実務とは関係のないものに多くの時間は割きたくない。なんとか、省けないか?」

「勘弁してください。それぞれ書類を通すのに、上官の決済が必要になるんです。まず、顔がわからない者の決済をしてくれる上官などいませんよ」

「……正気か? 書類など問題なければドンドンあげてしまえばいいじゃないか?」


 そう言うと、ジルモンドは『なにもわかっていない』と言いたげな表情でため息をつく。


「ここでの慣例なんです。上官、そして他部署に気に入られなければ、ここでは生きていけませんよ? 顔合わせなど初歩の初歩で、これから仕事終わりに晩餐会なども開かなくてはいけません」

「ば、晩餐会?」


 頭がクラクラした。文官業務はしたことがないので、極力慣例には従おうかと思っていたが、貴重な時間が駆逐されようとするのが、どうにも我慢できない。


 ヘーゼンは思わずその場で止まった。


「やめた」

「えっ?」

「仕事をする。席に案内してくれ」

「い、いいんですか?」

「合理的な慣例であれば従うが、無駄な慣例には付き合いきれない」

「しかし……従わなければ仕事ができません」

「わからないのか? 従わなければ仕事ができないその慣例自体が間違っているんだ」

「……っ、私は知りませんよ。忠告しましたからね」


 ジルモンドが投げやりに答える。


「君はいい秘書官だ」

「な、なんですか突然」

「上官に気に入られなければ仕事にならない。なのに、君は僕に気に入られようともせず、事実だけを話した。そう言う者は信用できる」

「……私は自分の仕事を無駄にしたくないだけです」

「いい心がけだ。だったら、よい仕事をしよう」


 ヘーゼンはそう答えて笑顔を浮かべた。


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