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翌日


 翌日。ヤンが城の外を歩いていると、次々と村人たちが睨んできた。どうやら、鬼畜領主ヘーゼンの娘だと見られているようだ。


 当然、石なんかは投げてこないが、その憎悪の視線が痛い。


「あの、シオンさんがここにいるって聞いたんですけど」

「ぺっ」

「……っ」


 唾を吐き捨てて、抵抗の意を示す領民。哀しすぎる。なんだって、こんなにも嫌われ尽くさなくてはいけないのか。


 これも、それも、みーんなヘーゼンのせいだ(真実)。


 そんな中、シオンが住んでいる場所まで到着した。その佇まいは、風が吹けば飛んでしまいそうなほどボロい。家と呼んでいいかどうかも危うい。


 中は子どもでごった返していて、その中でシオンが難しい書物を読みながら子守りをしていた。


「……」


 事前の調査報告より酷い。町には孤児院があるが、ここにはそれすらない。身寄りのない子どもたちが集まって共同で生活しているに過ぎない。


 彼女たちには田畑もないので、農民たちを手伝って雀の涙のような給金をもらうか、隣の区から山菜をコッソリと取って生計を立てている。


 ヤンも経験があるが、こんな中で勉強をするのはもの凄く大変だ。気が散るなんてものじゃない。数秒でも自分のことを考える時間がない中、彼女はそれでも学ぼうとしている。


 そんな彼女に自分を投影しながら見つめていると、シオンがこちらに気づいた。


「あっ……あなたは領主様の娘……さん?」

「違います。ヤン=リンって言います」


 満面の笑顔で警戒心を解こうとするが、シオンの表情は固い。


「なんの用ですか?」

「……」


 やはり、敵意が見て取れる。


「その……私、あなたたちのことを少しでも手伝えないかなって」

「手伝う? なにを企んでいるんですか?」

「企むって。私もあなたたちの税で養われる側だから。セシルちゃんから頭がいいって聞いてますし」

「……頭なんて。この子たちを食べさせるのに、なんの役にも立たない」


 シオンは歯を食いしばりながらつぶやく。ヤンはしばらく彼女を見つめていたが、やがて、フッと笑顔を向ける。


「紹介したい人がいるのよ」

「紹介?」

「そろそろ、ここに来るはずなんだけど」


 その時、やつれきった30代ほどで、無精髭をした男が入ってきた。


「ナンダルさん! 遅いですよ」

「……遅い?」


 その言葉を聞くや否や。ナンダルはヤンのほっぺをグニグニとつねる。


痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛いだだだだだだだぁっー! あ、あにふるんへふはっ!?」

「こっちの台詞だっ!? こっちの状況知ってるか!? お前もヘーゼン少尉もいないから過労死寸前なんだよ! そんな俺をわざわざ呼び出すなんて、どんな根性してやがるんだ!」

「ら、らって……わらしらっていほはしいおに」


 本気で怒っている商人を目の当たりにして、シオンも子どもたちもビビるが、ヤンは怯まない。ほっぺをつねられながらも必死に反論する。


「で! こいつらか、引き取って欲しいってのは?」

「はい! そっちは万年人出不足でしょ?」

「計算は?」

「できません」

「……字の読み書きは?」

「できません」

「帰る。時間を無駄にした」

「ちょちょちょー! 待ってくださいよ!」


 翻して帰ろうとするナンダルを、ヤンが必死に引き止める。


「人出不足はそうだが、小間使いは要らん! せめて、読み書きくらいはできるくらいじゃないと」

「覚えさせます! 1ヶ月で読み書き覚えさせます!」


 ヤンがキッパリと答える。


「……できるのか?」

「給金は後払いでいいですが、食事は現物支給。その条件を守ってくれるんだったら叩き込んで見せます」

「……給金は戦力になってから。食事分は、小間使いとしても働いてもらうぞ」

「構わないです!」

「はぁ……お前も、激務だろう? そんな暇あるのか?」

「やるしかないんだったら、やるしかないって教わってます」


 ヤンは笑顔で答える。そのやり取りにシオンは、かなり戸惑っていたが、やがて状況を理解する。


「……あなた、子どもたちの職を世話してくれるの? なんで?」

「言ったでしょう? お手伝いをしたいんだって。そのためには、あなたの時間を確保しなくちゃいけない。子どもたちには最低限の食事、教育を受けさせて自立させる」


 シオンに自由な時間を作らせる。それは、かつてヘーゼンがヤンに施したことと同じだ。彼女と子どもたちとのしがらみを断つこと。それによって、シオンはより才能を発揮するだろう。


 ヘーゼンもヤンも子どもに無限の可能性があるなどとは思わない。2人とも、ただシオンにだけ煌めくような才能と情熱を感じた。


「さて。これから、大変だよ。あなたにはいろいろと降りかかってくるだろうから」

「……うん」


 ヤンの笑顔に、シオンは少しだけ下を向いて頷いた。

 


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