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私は、伏木リコ。この秋に大学二年で中退して、実家で家事手伝い中。
親から「バイトをしないのか?」と言われるのがイヤで、気晴らしに外出しようと、ダークグレーのスウェットのセットアップに着替え、自宅のあるマンションの4階から1階までエレベーターで下りた。
そして、エントランスを出た途端、いきなり耳鳴りがして、全身に衝撃が走った。
さらに、目眩に襲われ、前方に見えていた建物や電柱がグニャリと歪み、次の瞬間、景色が一変。
そうしたら、見たこともない場所に立っているので、今、この不思議現象に驚いているところ。
まだ、頭がクラクラするけれど、周りを見た感じから言って、町の裏通りらしい。
だって、石畳の道は、乗用車一台とその両側に人が一人ずつ通れる程度の幅で、左右に連なる木造の建物を見ると、扉が全部、裏口っぽいから。
辺りに、人の気配は全くなし。犬も猫もネズミも歩いていない。
前方から、風に乗って人の声や馬車が走っているらしい音が聞こえてくるけれど、道が左カーブになっていて、その先にいると思われる人々の姿も馬車も見えない。
ここはどこ? 私は誰……かは分かる。記憶喪失ではなさそう。
頬をつねる。痛いので、夢を見ているわけではないようだ。
それはさておき、このまま立っていても仕方ないので、町の様子を窺いに、音のする方向へ進もうと足を踏み出した。
と、その時、目の前に白い服を着た女性が立ちはだかった。
「――――!」
彼女は、私より頭一つ背が高い。私は身長が150センチちょい下なので、170センチは軽く越えているだろう。
桃色っぽいロングヘアを風になびかせ、金色の目が輝き、桜色の唇に微笑みを浮かべている、もの凄い美女だ。
服は、ギリシャかローマの彫刻で見たことがある、一枚布のタイプ。絹織物なのだろうか、すべすべした感じがする。
でも、微笑む美女を前にして、うっとり見とれてはいなかった。
だって、何もない所から唐突に出てくるって、お化けか何かと思うじゃない?
実際、うっとりどころか、全身が小刻みに震えて、鳥肌が立った。