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ある幼馴染の話

私は昔から悪意によって絡まれて、悪意のないものに巻き込まれた。‬

運が悪いのかもしれないと思ったこともあるけれど、その度に誰かが助けてくれた。‬

例えば道行く人が見かけて気になったから、例えば巡回していた警備の人が、例えば――私の幼馴染が、助けに来てくれた。

だから、そんな私の長い話をしようと思う。‬




私と幼馴染は家が近く、親同士の仲も良好だった。

他の歳の近い子達は少し離れたところに住んでいるのもあり、幼少期からほとんどは彼と一緒に遊んでいたように思う。

どちらかがどちらかの家に泊まったことも数多くある。

それくらいには仲が良かったから、私は彼と誰よりも仲良しなんだと少し誇らしく思ったこともあった。


けれどいつだったか、まだ彼が学校に行っていた頃だ。

周りは一緒に来たり帰ったり、顔を合わせれば少し言葉を交わす私達を見て囃し立てた。

彼は、どうやらそれが気になったらしい。


確かに気恥ずかしく、煩わしいそれに、思わず距離を置きたくなるのもわかるけれど、私は親にも心配されるほど落ち込んだ。

友達が励ましてくれたり、親が好きな食べ物を用意してくれたりするたび、心配をかけてしまうのが申し訳なく思えて、表面上はどうにか元気を取り戻したように見せていった。


それでも学校では時々彼のほうを眺めていた。

今どうしているのか、何をしているのか、体調を崩したりしていないか気になったから。

けれど、彼の近くにいる子が私に気づいて彼に何かを言うような素振りを見せたから、私は目を逸らしてバレないように誤魔化した。

彼のためにも私はあまり彼を見ないほうが、彼に関わらないほうがいいんだと思ったから、意識を別のものに移すため、することを探した。


友達と遊ぶ。

これは彼との違いなどを思い浮かべてしまうからダメだった。

私はどうやら活動的な子だったらしく、同じ女の子の遊ぶ内容に面白さを見出せなかったのもある。


そもそも私はいつも、彼がいるから楽しかったのに、なんて。

そう思ってしまうとダメだった。

寂しくて、私がいなくても楽しげに笑顔を浮かべる彼が悔しくて、悲しくて、落ち込んでしまう。

そうして友達を心配させてしまうから、ダメだったのだ。


けれど本を読んだり、勉強をすることは元々好きだったから、学校では友達と話したり、時々彼を見て、帰ってからは読書や勉強に時間を使った。

彼と会えなくなった時間が、余っていたから。

そんな風に過ごして、私が段々と彼を気づかれないように覗き見るのが上手くなった頃、私は先生にテストで満点を取ったことを褒められた。


照れを隠せずに笑って、先生や他の子達から送られる拍手と友達の「イークちゃんすごい!」という賛辞を受け取る私に、自覚はなかった。

もしかしたら彼もすごいと思ってくれたかもしれないと思うと、嬉しくて、これからも勉強頑張ろうと思えた。


ただそれだけを考えていたから、気づけなかったのだ。

いや、例え気づいていても、まだそういった悪意に疎かった私には、それの持つ意味を窺い知ることはできなかっただろう。

拍手に混じって交わされる視線が、何を意味していたかなんて。




「なー、君がイークちゃんでいいのー?」


声をかけられたのは次の日の帰宅中だった。

友達とも途中で別れて、一人で人通りの疎らな道を歩いていたときのこと。


「え?う、うん…」


同い年くらいの少年が二人、私に近づいてそう聞いてきた。

私は反射的によくわからないまま正直に頷いて、目配せをした後頷き合う二人を見る。


「君の友達があっちで待ってるって!案内するから一緒に行こう?」


そのやり取りをなかったことにするように一人がにっこりとは言い難い、何か含みのある笑みを浮かべてそう誘うと、もう一人が近づいて私の後ろに回り、肩に手を置いてその方角へと押してきた。

それは流石に、あまりにも不審なものだったから、私は咄嗟に抵抗した。


「や、やだ!私帰る!離して!」

「ほらイークちゃん、イイコだから行こう?」


決して良い印象を受けない楽しげな笑みを浮かべて、目の前の少年に片腕まで掴まれた。

私はその数の差と力に勝てなくて、怖くて、震える声で小さく「やだ」と「離して」を繰り返した。

そうして人気のない道に入り込んだ瞬間、後ろからかかっていた力が消えて、同時に何かの倒れる音を聞いた。


振り返ろうとした私の横を風が通り抜けて、私の腕を掴んでいた少年が視界の端で倒れる。

私は目を見開いて見覚えのある姿が二人を負かし、二人が何かを言い残して去るまでを見ていた。

足音がどこかへと去っていく。

目の前の背中は大きく見えて、振り返ろうとした横顔が安堵からか涙で滲んだ。


「っルー!」


手を伸ばして縋りついた。

ただ彼の名前と、感謝の言葉と、「怖かった」という恐怖が過ぎ去ったことを意味する言葉を繰り返して、私を助けてくれた存在を確かめるように強く抱きついた。

困ったように、不器用に慰めてくれる彼の変わりない優しさにまた泣けてしまって、最終的に帰宅時間が遅れてしまったことは本当に申し訳ないと思ったけれど。

久々に一緒に過ごし、帰ることができた道中は、とても嬉しく思えた。


結局あの二人はなんだったのか、なぜ私の名前を知っていたのかなど、不可解なことは多々あれど、その時の私は幼馴染のことで頭がいっぱいで、全く気にしなかった。

だから、次の日、学校の近くで会った友達に言われた内容を、すぐには理解できなかった。


「イークちゃん!き、昨日は大丈夫だった!?」

「…え?」


怪訝な顔で見遣ると、心配そうな顔をしていた少女が私に伝わっていないと悟ったのか早口で言葉を続ける。


「あのね、昨日ね、イークちゃんが男の子達と話してるのを見たの。それで、その後どこかに連れていかれそうになったでしょ?あたし怖くて何もできなくて、大人の人を呼びに行ったの!でも、やっと一緒に来てくれる大人の人を連れて戻ってみたら、誰もいなくて…どこを探してもいなかったから、帰ったんだろうって話になってっ!それでっ」


泣き出しそうな様子に少し慌てながらも、私は一旦話が途切れたところで声を上げた。


「あ、えっと、る、あ、うん、助けてくれた人が、いたから」


名前を出したら迷惑になるだろうと思って敢えて出さずにそう言うと、少女は安心したように笑顔になる。

それから私が無事であることに喜びの言葉をくれたから、私も感謝の言葉を伝えようとして、「でも」と話が続く。


「あたし、あの子達知ってるの。あの子達ね、クラスの――」


あまり関わりのない男子の名前だった。

その男子の一つ違いの兄と、その友達らしい。


「きっとイークちゃんがテストで満点取ったのが羨ましかったのよ!イークちゃんも気をつけてね、一応あたしもできることをしておくから」

「わかった、ありがとう」


僅かに感じた引っかかりが、一瞬見えた幼馴染の姿に意識を攫われて消える。

私は少女にただ心配してくれたことへの感謝の言葉だけを返して、生じた違和感に目を向けることなくいつもの日常へと戻っていった。




「ニジュダ、ちょっといいか?」


それは、ほんの三日。

たったそれだけの、短い平穏だった。


「な、なに?」


少し体調が悪くて保健室に寄っていた帰り、先日少女から聞いた名前の男子に声をかけられた。

三日前の出来事が脳裏に過ぎって、無意識に一歩下がる。

それは本当に反射のようなもので、決して意図したものではなかったのだが、そんな私の行動がその男子に勘違いさせたのだろうと、後になってから気づく。


「こっち」


掴まれた腕を強い力で引っ張られる。

目を見開いて見た表情は決して良いものではなくて、私は悪い予感に逃げ出そうと手を引いたが、どうやっても掴まれた腕は解放されない。


「いやだっ!離してっ!」


辿り着いた先はあまり人の来ない教室で、助けの期待できない状況に恐怖から体が震えてしまう。

怒りからかそれに気がついていない様子の男子は教室の中に入ると私の腕を一層強く引いて転ばせた。

私は短い悲鳴を上げると同時に、視界に映った姿から教室内にもう一人いることに気がついた。


「女のくせに生意気なんだよっ!」


二人は苛立ったように声を荒らげて、私に近づいてくる。

私には全く身に覚えのないことで責め立ててくる。


「どうせあのことをチクったのもお前なんだろ、ニジュダ」


チクる…?


“一応あたしもできることをしておくから”


思い出した少女の言葉と、あの時に感じた僅かな引っかかり。

身に覚えはなくとも、思い当たることなら、あった。

けれど原因がわかったところで、この状況は変えられないのだ。


「お前のせいで俺らはなぁ!このっ!」


私は唇を噛みしめて振りかぶられた拳に身構える。

目をぎゅっと瞑って、頭を庇うようにした。

そうするといつその拳が振り下ろされるのかわからない恐怖から、急速に神経が尖っていくのがわかった。


――だから、聞こえた。


足音。

それは、足音だった。

教室内に広がる男子の声に紛れて感じたのは、来るはずのない誰かの気配。

それは、光。


「大丈夫か!イークッ!」


――それは、私の光だった。


「………ルーっ!」


泣き出しそうな声で彼を呼ぶ。

彼はあっという間に私の前にいた二人を殴り倒して、私を助けてくれた。

逃げた二人を放って私を振り返る彼の横顔が、また滲んで見える。

私が震えながら静かに泣きつくと、彼は労るように優しく撫でてくれた。


*


そんなことが、何度も起きた。

そうなるといくら私を助けてくれるためだったとはいえ、彼は学校に通えなくなってしまった。

何人も殴ったりして怪我させるような生徒を通わせ続けることはできないと、当たり前のことだった。


けれどそれは私のせいだと、そう先生に泣きそうになりながらも耐えて伝えれば、学校ではもう起きないように先生達が目を光らせておくからと言って私を宥めようとした。

私にとって重要なのは、そっちじゃないのに。

だって学校側の事情なんて、気にできるような歳じゃなかったから。


*


私は学校に来なくなった彼の家に行くと、真剣に謝った。

私のせいなのに、とか、本当にごめんね、とか、そんなことを言っているうちに涙が止まらなくなって、私は泣きながら彼に「べんきょ、できなくっ、なった」と伝えた。

将来の選択肢を広げるための勉強を学校でするんだよ、と親に言われたことを思い出し、私が彼の将来を奪ってしまったんだと身勝手にも考えて。

彼はそんなに弱くないと、誰よりも知っていたはずなのに。


「なら、お前が俺に教えろ」


彼の言葉に驚いて、一瞬で泣き止んだ。

少し固まって、唐突な彼の要求に考えるまでもない答えを返す。


「………うん!」


私は、自分が奪ってしまった彼の将来を、その選択肢を、自分の手でまた与えることこそが償いになるんだと思った。

けれどその裏で、また彼と過ごせることに喜ぶ自分がいることにも気がついていた。

絶対に彼に気づかれないようそれを押し隠して、私は彼に教えるため、より一層勉強を頑張ったのだ。


*


その後、私は考古学者となって、彼は神父になった。

最初、私は思わず「似合わないね」と笑ったけど、彼は憮然とした様子を見せていたから、私の真意は伝わっていないんだと思う。

でも、それでよかった。

こんな恥ずかしいこと、絶対に誰にも話さない。


『きゃっ!』


私を呼ぶ名前も、振り返るときの横顔も、私を撫でる手も、全部全部、大切で離しがたいものだと思う。

今は傍にいてくれる彼が、いつまた離れていくか、いつだって、今だって怖くて仕方がない。

けれどだからこそ、信じている。

崇めている。

傍にいる間は、彼は私を守ってくれる。


『イーク!』


だから私も、彼の力になりたい。

街の外を知り、五感で持って知識を溜める。

そして雑談混じりに彼へと流すのだ。

私の集めた知識が、いつか彼を生かすように。


『ルー!』


いつも守ってくれて、助けてくれる、彼を、遠い未来で守り助けてくれるように。

私はきっと彼を失うことを、誰よりも、何よりも恐れているのだ。


*


「ルー、今日一緒に寝よう?」


「はっ!?」


「ほら、休みだって言ってたじゃない?」


「いや、そうだけど…あのなぁ、こんな歳になって一緒に寝るのは………」


「………」


「あああわかったよ!寝るよ!寝ればいいんだろ!」


「やった!ルー!ありがとう!」


そうして今日も、穏やかな日々は過ぎていく。


*


“神父なんて、似合わないね”


信じている。

崇めている。

恐れている。


“うるせぇ”


神父なんて似合わない。


だって私にとっての神様は、いつだって、ルーだけなんだから。




なんて、こんな思いは、絶対に墓場まで一緒に持っていくんだ。

目を逸らし続けている、この、想いごと。

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