私の、オーディオ翻弄記「CHORD DAVEとオーディオデブ」
私が今年の下半期、狂わしいほどオーディオを追いかけた完全ノンフィクション小説もとい日記です。
私はホラー小説を描き続けて20年以上経ちます。現在私は37歳で、発達障がい者の認定を受けて障害者作業所で働いております。
私は音に狂ったブタです。そのブタが前回の「私の、オーディオ翻弄記」の続きを描きました。400字詰め原稿用紙換算で12枚の短編です。前回を読んでいなくても大丈夫な内容です。
読んで頂いた方々に有意義な時間を過ごしていただければ幸いです。また、なにかしら作品に刺激を受けて、元気を与えることができたなら、それが私の何よりの本望であります。
現在の、私の好きなものは、オーディオとハンバーガーだ。あとは酒と女? ふふ、金のないデブには女はよりつかないらしいけど。
キモくて申し訳ない。私は発達障害者で情緒もあまり安定していないので、後で振り返ってもなに書いているんだろ、と思うことが多い。
この話は前回の「私の、オーディオ翻弄記」の続きですが、前回の話を読み直す必要はまったくない。いまから書くことはただの私のシャウトだからだ。
ただ前提として、私の収入は障害者作業所で頂いている約2万円と、ふた月に一度、国から頂いている障害者年金が約13万円であることを明記する。つまり月の収入は7、8万ぐらいだ。実家暮らしで父母と同居しているのでそのほぼすべてを趣味に使えるという甘い身分だ。年齢はもうすぐ38歳になる。ただのデブである。
オーディオが趣味になったのはここ2年、どうやら私は音を聴くとすごく気持ちよさを感じるらしい。いい音であればあるほどだ。
それはセックスより(セックスはオナニーより気持ちよくないけど)優れた生きがいとも呼べる趣味だ。私はオーディオにすべてのお金をささげてもいいと思える。
だが、立ちはだかるのはオーディオの価格だ。趣味に使えるお金は多いが、オーディオはそんな貧民を一笑するほどバカ高い。
あなたはケーブルに10万円払えるだろうか。それもただの、ヘッドホンのコードである。アンプとヘッドホンを繋ぐケーブルが10万円だ。それなりにいいものだがまだ上があるイカレタ世界だ。
オーディオの世界は、札束の数が全てだ。高いほど音がいい。実にシンプルでわかりやすい。ただ、どれぐらい音がよくなるか? それは実際視聴しないとわからないし、簡単に試聴できる機会があるものは少ない。
私は大阪に住んでいるのでまだ恵まれているが、それでもほぼ無視聴でアンプやヘッドホンを買ってきた。
無茶なバクチを打っているようだが、はずれを引いたことはほぼない。なんせオーディオは自分の所有するものより、高いものを買えばほぼ当たるからだ。
そう、より高いものを買うことができさえすれば。仮にもし、頂点のものを買えたとしたらどんな世界が見えるのだろう。
そんなことをふと頭が過ぎることがあった。
だが現状、庶民が買える範囲で一番高くて有力なハイエンドDACアンプ、イギリスCHORD社のDAVEの値段は中古でも100万をゆうにこえる。貧乏オーディオデブが到底買えるものではない。それは本心だったし、そう言い聞かせて過ごしてきた。
手持ちのアンプをオークションで売リ払い、新しいアンプを買う費用の足しにしていく生活が長く続いた。
そんな生活も今年の8月、とうとう限界がきた。気づいたときには貯金が0になって、カードローンとショッピングローンの借金だけが残った。もうオーディオを更新することはできない。お手上げだ。後は真面目にローンを払ってオーディオを終えようかと思った。
そう思っていた矢先、奇跡は起きた。祖父から50万円もらえたのである。それは父のために用意したお金だったそうだが、祖母が家族で分配するように言ったらしい。総額250万を家族5人でわけるから一人頭50万、その大金が私の通帳にも入金された。
50万あれば、まずは借金を返すことが先決だ。キレイになってすがすがしい気持ちで毎日を過ごせるように。
50万の大半はすぐに溶けて、13万ほどになった。後は年金を貯蓄していけば12月には30万ほどになる。それで余裕を持って来年を迎えようと、そのときは思った。
だが、オーディオへの情熱は突如として点火した。D8000というヘッドホン界の王様を入手できるチャンスを目にしたからだ。価格は約39万。
それは48回のショッピンローンで、しかも無金利で買えるといったものだった。公式がD8000を買えない人のために用意した素晴らしいチャンスだった。
私はずっとD8000に憧れていた。Eイヤホン梅田店で試聴したときからずっと。その音を自分のものにするため私はD8000を買うことにした。
そのときの貯金はほぼなかった。それでもショッピングローンなら無理なく払える額だったので購入することにした。
無事にローン審査に通り、D8000を手に入れたとき、私はそのサウンドに衝撃を受けた。店舗で試聴したときより何倍もすごい音が私の耳を駆け巡った。これがハイエンドの力だといわんばかりの、聴いたこともない素晴らしい音を奏でるヘッドホンだった。
そこで私の金銭感覚は崩壊した。今まで20万以上のオーディオ製品は買わなかったが、ショッピングローンなら39万のものすら買えてしまうという、味を占めたのだ。
そしてショッピングローンなら、D8000にふさわしいDACアンプが買えると思った。
私が新たに目をつけたのは、そう、CHORDのDAVEである。頂点のヘッドホンと頂点のDACアンプでオーディオを完成させたいと思ったのだ。
DAVEは中古でも100万を超える。オークションなら100万を割っているがオークションではショッピングローンは使えない。買えるとすれば、店舗しかない。
理想は中古品を買うことだ。後は無理のないショッピングローンの回数を組めばいけると思った。
しかし、私のもくろみは外れることになる。あらゆる店舗でDAVEを注文して審査を頼んだが、ローン会社はそう簡単に審査を通すほど甘くはなかった。私は審査に絶対に通らなかった。
どうして……と思った。なぜなら、払えない額じゃないからだ。毎月の負担を2万か3万程度にすれば、D8000のローン返済と合わせても十分返せる額だったからだ。
私は貧しい。けれど生きがいのオーディオにはお金をすべてそそげる。それなのに買えない? 買えないって、なに?
私は強欲で傲慢なクズである。それは自覚している。だから買えないことに凄まじいストレスを感じた。
好きなものを買えない自分を、貧しさを、障害者であることさえも恨んだ。
うわああああああ! 私は号泣した。一晩中嗚咽した。ベッドを叩いて暴れた。DAVEを買えないことがつらくて、苦しくて、吐き気をもよおした。
普通の人なら、ゆっくりお金をためて買うのかもしれない。だが私はオーディオ狂いのデブだ。デブはDAVEが欲しいのだ。欲しくてたまらないのだ。DAVEこそが私のオーディオの終着点で、絶対的な正義のDACアンプなのだ。
くそおおお、ちくしょう! 私は荒れた。情緒がどっかにいって、DAVEのことしか考えられなくなった。DAVEが欲しい、DAVEとイキタイ。DAVEと気持ちよくなりたい。
涙腺が壊れっぱなしで、、朝ご飯を食べるときに親の前で大粒の涙を流していた。親は心配そうになぜ泣いているのかと、私を問い詰めた。そして私はDAVEが欲しいがローンを組めないことを正直に白状した。
親はオーディオ狂いのデブに絶句し、呆れていたが、自分でお金をためて買えと優しい励ましをくれた。私は号泣しながら頷いた。
そうだ、DAVEを手に入れねば、DAVEこそが私のオーディオそのものなのだから。その気持ちを抱えたまま、私はその日たまたま担当だったガイドヘルパーの女性に告白した。
ガイドヘルパーとは、障害者の外出補助をしてくれる人のことだ。私はその人のことがずっと好きだった。いつも優しくしてくれて、笑顔をくれる。私のオーディオの話を聞いてくれようとする。大好きな人だった。
だが振られた。結果はわかっていた。でも告白せざるを得なかった。今の私にはすがるものが必要だった。DAVEの代わりになれるものは恋人しかいなかった。そんな甘い望みも絶たれて、私は気弱に泣きながら帰途へ着いた。
家に帰ったとき、母は私にDAVEがいくらか聞いてきた。なんでそんなことを聞くんだろうと思った。
でも私は、なにかを期待してオークションに出ていたDAVEの最安値を告げた。80万円だった。
必ず払うこと、を当然の条件として、毎月3万支払うなら80万を貸してくれると母は言った。私はその瞬間、吐き気をもよおした。
凄まじい罪悪感だった。母はもう高齢だ。老い先も短いだろう、こんな子どオジに大金を貸すほどの余裕はない年金生活のはずだ。
それなのに、私はその罪悪感を押し殺して、DAVEを買うことを選んだ。
「お願いします。お金を貸してください」
涙ながらの訴えを母は承諾した。私はオークションで中古のDAVE、並行輸入品を落札することになった。
ついに、念願のDAVEに辿り着いた。低収入の障害者オーディオデブが最高峰のDAVEに辿り着いたのだ。私は泣いた。
それは嬉し涙ではなかった。とうとう親から借金してまでも、クズに成り下がる人生を選んででも、オーディオに染まった自分への悲しみだった。
DAVEはほどなくして、到着した。私はD8000のコードのプラグをDAVEにさして、D8000とDAVEという最高峰の音響で音を聴いた。
素直に、幸せだった。最初聴いたときは少し物足らなさを感じたが、聴けば聴くほどDAVEのよさがわかった。
2年に渡った狂ったオーディオ生活も、やっと終わりを迎えるのだと思った。最高の音環境、これ以上を求めようともこの上は存在しないのだから更新しようもない。そう思った。
そして今日、私はDAVEをオークションの出品者に返品という形で60万で売り払った。なぜDAVEを売ったのか、壊れたからである。
DAVEは使用後、1週間も経たずにノイズが走って聞くに絶えない音を奏でるようになった。いつもノイズが走っているわけではなく、再起動すればまた聴けるようになるが、故障しているオーディオ機器というだけで私はDAVEを嫌悪するようになった。
もちろん、修理やサポートを頼めないかと考えたが、これは並行輸入品の中古のDAVEで、有償で修理することさえもできなかった。
今、私の手元にあるのはD8000と1万円で買ったポータブルアンプだけだ。それで音を聴きながらこの話を書いている。
私はオーディオが、音が好きだ。その気持ちに嘘はない。DAVEを失った今の喪失感は計り知れない。これからどうすればいいのかもわからない。
私はDAVEを聴いて気持ちよくなりたかった。ただ、それだけだった。でもDAVEは私を選ばなかったのかもしれない。
障害者とは、常に傲慢でいる権利を有する。それは私が常日頃、障害者に対して思っていることだ。
面の皮が厚くなければ、メンタルが強くなければ、障害者として生きるのは難しいんだよ。だからね、これからも私はオーディオの道に染まる。DAVEの代わりに私を気持ちよくイカセテくれるものをきっと見つける。
例えどんな罵声を浴びて、どんなに嫌悪されようとも。
私は、音の奴隷であることを誓います。
オーディオ狂いのデブは、寂しげにそう考えています。きっとこの話を読んでいる人はモニターにツバを吐いていることかと思いますが、私は生きててつらいです。生きづらいです。
だから私の声を聞いて。傲慢で狂ったオーディオデブの声を聞いて。私に振り向いて。
きっと、仲良くなれるから。仲良くなれるように、がんばるから。オーディオみたいに、いい音を奏でてみせる。
了
いかがでしたでしょうか。現在もこの作品は私の人生として続いています。また来年加筆することもあるかもしれません。
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