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不死の魔術師

「きゃぁあっ!」


 近くで悲鳴が上がった。とっさに振り返ったメイフィリスとオルレーンは、大きく目を見張った。

 いつの間にか、黒いローブの魔術師が背後に立っている。その魔術師に捕らわれたニナは、助けを求めるように「メイフィリス様……」と震える声で呟いた。


 炎が揺らめいて、闇に沈んでいた魔術師の(かお)が浮かび上がった。メイフィリスは息を呑む。


「何だ、あいつは……」


 隣のオルレーンから驚愕の声が漏れた。


 魔術師の顔の右半分は腐って爛れ、肉が削げ落ちていた。さらに、眼窩や頬の骨が露出している。

 残り左半分の顔は、端正な若い男のものだった。しかし不自然に青白い。まるで血の通わない死者のようで……


「不死者……いや、"不死の魔術(リッチ)師"か……?」

「何だよそれは」


 呟いたメイフィリスに、顔をしかめたオルレーンが尋ねる。


「禁忌の術で不死になった魔術師だ。……私も本物は初めて見る」

「あんな化物がそうそういてたまるかよ」


 吐き捨てて、オルレーンは剣に手をかけて叫ぶ。


「その娘を離せ!」

「はっ、僕が素直に言うことを聞くとでも?」


 黒衣の魔術師は、唇を歪めて笑った。


「火蜥蜴を呼び寄せたのは、貴様か?」

「そうだよ。それが?町が炎に包まれて、虫けらどもが右往左往してるさまは、本当に胸が踊るよね」

「貴様……」


 メイフィリスは"魔術師を激しく睨みつけた。だが男は嘲るように笑って、肩をすくめた。


「僕は、魔力の強い女が欲しいだけなんだ。邪魔をしたらこの女を殺す。別にこいつでなくたって、魔力が強い女なら誰でも構わないんだ」

「……ならば、私がその娘の代わりに行こう」


 不気味に反響する声が言い終わるより早く、メイフィリスが一歩踏み出す。


「やめろ!」

「魔術師長!」


 部下やオルレーンが止めるのを無視して、彼女は"不死の魔術師"に語りかける。


「その半妖の娘より、私の方が魔力は強い。私にしておけ」

「……そのようだね」


 じっと目を眇めた男は、ニタリと笑った。そして、「この娘とお前を交換する。こちらに来い」と手を差しのべた。


「おかしなことは考えるな。僕に手を出したり、イカサマをしたらこの娘は殺す」

「わかった。……オルレーン、後は頼む」


 ちらりと振り返って男に告げると、メイフィリスは"不死の魔術師"の方へ歩み寄る。

 どん、とニナが突き飛ばされた。


「メイフィリス様……すみません」

「謝らなくていい、私は大丈夫だ」


 すれ違いざま、泣きそうなニナを励ますように微笑する。そして不死の男を睨んだ。

 あと一歩まで近づいた時、ばさりと黒いローブに囲いこまれた。男は腕の中の女をじっくり眺めて、嬉しそうに頷いた。


「……悪くないね。お前なら成功するだろう」

「何の話だ」

「気に入ったってことさ」


 "不死の魔術師"はにやりと笑って、詠唱する。


「くそっ」


 オルレーンが後ろで悪態をつくのが聞こえた。

 魔術師とメイフィリスの足元で魔方陣が輝いた直後、二人の姿はすっとかき消えた。




 ++++++




 転移した先はどこかの建物のなかだった。

 強い神気を纏った清浄な空間に、辺りを見回したメイフィリスは眉をひそめた。

 建物の様子や雰囲気からいって、ここはテネス古神殿だろう。不浄の魔物となった"不死の魔術師"が、なぜこんな場所に……


 疑問に思いながら、"翡翠の魔術師"はさっと周辺を見回した。磨きあげられた石壁の真四角の部屋。窓が一つもないのは、地下室だからだろう。

 床の中央には、小さな泉のような円形の窪みがある。美しく澄んだ水で満たされた窪み。その浅い水底に、一人の女が横たわっている。


 眠るように目を閉じた女。その正体に気づいて、息が止まりそうになる。

 はじめは鬼人族かと思った。だが違う。

 黒い巻き角は同じでも、髪や肌の色は、明らかに鬼人のそれではない。

 鬼人の髪は灰銀色で、肌は抜けるように白い。しかし、水に広がる女の髪は、深い闇を思わせる漆黒。肌は艶やかな褐色だった。

 長いマントのように見えたものは、折り畳まれた大きな皮膜の翼。伝承や文献の通りなら……地上に存在してはならない者。


 メイフィリスが掠れた声で呟く。


「…………悪鬼が、なぜここに」

「僕の恋人だ」


 その言葉に弾かれたように顔を上げる。

 顔半分が骸骨と化した魔術師は、眠るように目を閉じる悪鬼を、恍惚とした表情で見つめていた。


 もしかしたら、こいつは。


「まさかお前は……"大罪の魔術師"?」

「正解」


 サリエラの魔術師長は、翡翠の瞳を大きく見開く。


「…………悪鬼に魂を売った男か」

「失礼な女だな」


 魔術師は、青い炎が揺らぐ瞳を細めた。


 "大罪の魔術師"。本名、ジャレッド・ルクス。

 神世の末期。テネス一帯を灰にした悪鬼に、人でありながら忠誠を誓った魔術師がいた。彼は悪鬼に気に入られ、恋人となり、その右腕として暴虐の限りを尽くしたという。

 だが、最後は悪鬼とともに聖女に討ち取られた。伝承ではそうなっていたはずだ。その"大罪の魔術師"が、千年の時を経て、不死の魔物となり復活したというのか。

 メイフィリスはごくりと喉を鳴らした。


「"大罪の魔術師"は、聖女に滅ぼされたのではなかったのか……?」

「ふぅん、あの女はそんな風に吹聴したんだ」


 "不死の魔術師"は、ちらりと彼女を一瞥する。


「たしかに僕らはあの女に負けた。僕の恋人もここに封印された。

 だが僕は、絶命寸前に追い込まれながらも何とか逃げのびて、禁忌の術で助かったのさ」


 いったん言葉を切って、不死の男は軽く肩を竦めた。


「でも、あの女にずたぼろにされてね。力が戻るまで、千年もかかったんだ。

 その間に、封印された恋人はすっかり弱ってしまった。……僕たちには時間がない」


 顔の左半分を悲しげに歪めていた魔術師は、メイフィリスに向き直った。


「……そこで君の出番だ。君は、僕の恋人の器になれるんだ。これほど名誉なことはないだろう?」


 魔術師はそう言って嗤った。

 メイフィリスは内心歯噛みする。そんなもの到底受け入れられない。悪鬼の器なんて死んでも御免だ。

 それに、"不死の魔術師"と悪鬼がそろって復活した日には、千年前の災厄が再び地上を襲うだろう。


 何とかしなければ。メイフィリスは無表情の下で、必死に打開策を探していた。



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