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魔物襲来

火蜥蜴(サラマンダー)の群れが出現しました!」


 その一報が届けられたのは、ある夕刻だった。

 慌ただしく入室した補佐官が、青ざめた顔で報告する。メイフィリスは、書類を書く手を止めた。肩で息をする補佐官を、翡翠の瞳が見上げる。


「……場所は?」

「西の街道沿い、テネスの町の付近です!」

「テネス?あの辺りは、魔物なんてほとんど出たことがないはず……」


 テネスはサリエラの西の要衝で、神殿を中心に古くから栄えてきた町だ。町の中心に建つ古神殿は、神世時代の建築として有名で、観光地や巡礼地として人気がある。


 メイフィリスも子どもの頃に一度、訪れたことがある。歳月の重みを感じさせる古神殿の荘厳な佇まいは、強く印象に残っていた。




 ────テネスの古神殿の伝承によれば、今から千年ほど前、冥界から現れた悪鬼が、あの辺りを悉く灰にしたという。


 悪鬼とは、冥界の頂点に立つ存在で、神に匹敵する力を持つ。テネスを襲った悪鬼は、死闘の末、神獣を従えた聖女に討たれた。


 そして悪鬼が倒されたのち、一帯の復興を願って、町の真ん中に壮麗な神殿が建てられた。それがテネスの古神殿だ。

 ひとびとはここで神々に祈り、神々は祈りに応え、地域に深い安寧をもたらしたとされる。

 実際、悪鬼の騒動以降、あの周辺はほとんど魔物の被害にあってない。それがどうして急に。




 メイフィリスはちらっと壁時計を確認した。

 もうすぐ日が落ちる。夜は視界が悪くこちらに不利だが、魔物の群れを放置することはできない。


「テネスは王城から魔方陣で繋がってるな。私が初動で出よう。騎士団の方は?」

「第一陣として、中隊を編成しています」

「わかった」


 立ち上がって壁にかけられたローブをはおる。


「魔術師団の派遣準備を頼む」

「はい!」


 次々と補佐官に指示を飛ばしながら、メイフィリスは水晶塔へと移動した。




 ++++++




 それから約一刻。

 転移の部屋に集まったのは、騎士団の中隊とメイフィリスを含めた魔術師五人。そして大神殿の神官が五人。


 騎士団を指揮するのはオルレーンだ。彼は難しい顔でメイフィリスに歩み寄ってきた。


「あの場所で火蜥蜴、それも二十体以上なんてあまり聞かないな」

「そうだな……あの周辺に、冥界との境界が薄くなっている場所があるかもしれない」


 彼の曇った表情を見れば、あまり芳しい状況ではないと察せられた。一刻も早く魔物を止めなければ、と若き魔術師長は気を引きしめる。


「全員そろったな。第一陣出発!」


 オルレーンの声を合図に、魔方陣が輝く。

 床に描かれた複雑な紋様が青白い光を放って明滅し、景色が歪んだ瞬間、彼らはテネスの城にいた。




 +++++




 城主との挨拶もそこそこに、部隊は城壁へと移動を開始した。

 途中、通り抜けた中庭をはじめ、城壁内にはすでにたくさんの住民が避難していた。みな一様に疲れた顔をして、煤まみれになっていた。

 彼らをかきわけ、城壁の上に出る階段を探していると、


「おい、ここから上に出られるぞ!」


 騎士の誰かが叫んだ。


 木の扉から内側に入り、薄暗い石階段を上っていく。

 次第に熱気を帯びてゆく空気に、メイフィリスは顔をしかめた。焦げ臭いにおいもどんどん強くなっていく。


 遂に城壁の上に到達し────目の前に広がる光景に全員が息を呑んだ。

 城の外は、見渡すかぎり火の海。それはまるで煉獄の炎のようだった。




「メイフィリス、部隊を城壁外に移動できるか?」

「可能だ」


 オルレーンの問いに、メイフィリスは即答する。

 もう城門は開けられない。万一火蜥蜴が入ってきたら、城内は大惨事になる。そこで、オルレーンは転移魔術で城外に移動しようと考えたのだろう。

 問題は移動先だ。

 目の前は火の海と化している。移動した途端、火や煙に巻かれたり、火蜥蜴に囲まれるのは避けねばならない。


「ニナ」

「はい、メイフィリスさま」


 部下の名を呼ぶと、若い女の魔術師が進み出た。


「あの辺り……見通しが良さそうなあの辺に、大量に水を撒いてほしい」

「仰せのままに」


 遮蔽物が少ない町の一角を指差すと、ニナは、にこりと笑って了承した。そして目を閉じて詠唱を始めた。

 ニナは水妖の血を引く魔術師で、水の魔術を得意とする。彼女の耳は魚の鰭のような形をしており、青い鱗が手の甲から肘を覆っている。

 近年のサリエラは、鬼人のエティやニナのような、多様な種族を登用していた。それぞれが、得意な分野で力を発揮してくれるのは有り難い。


 詠唱を終えたニナが、魔術を行使する。

 移動する先の中空に巨大な水の塊が出現し、一気に崩れて燃えている瓦礫を押し流した。


 ジュゥ……と、熱い鉄に水をかけた時のような音とともに、水蒸気が立ちこめる。

 オルレーンはその周囲に魔物がいないことを確認し、メイフィリスを振り返った。


「大丈夫そうだな……転移を頼む」

「わかった」


 メイフィリスが頷く。

 城壁からは、目と鼻の先だ。転移魔術は、転移させる人数と距離で難易度が決まる。このくらいなら難しくはない。

 手早く詠唱すると、先遣部隊の足元で魔方陣が光りはじめた。その光が強くなった瞬間、全員城壁の外にいた。




 斥候の報告では、ほとんどの火蜥蜴は群れで行動しているという。そのため、群れを広場に追いこんで一網打尽にする計画となった。


 町に展開した騎士たちは、神官と連携しながら、少しずつ魔物への包囲を狭めていく。


「……やった!」


 騎士の一人が、炎に身を包む魔物を切り伏せる。

 燃え盛っていた炎は瞬く間に小さくなり、あっという間に魔物は消滅した。


「斬れるやつは斬ってしまえ!残りは広場に追い立てろ!」


 オルレーンの指示で、騎士たちが再び散開する。火蜥蜴は少しずつ数を減らしながら、町の中央広場に集められていった。




 中央広場では、メイフィリスをはじめとした魔術師たちが網を張って待ち構えていた。

 長い詠唱のあと、ようやく完成した巨大な魔術。何とか間に合った、とメイフィリスが安堵したその時、


「来たぞ!」


 魔術師の誰かが叫ぶ。

 瓦礫をひしゃげさせながら、十数匹の火蜥蜴が広場の向こうに姿を表した。

 メイフィリスは一度閉じた翡翠の瞳を見開く。

 次の瞬間、広場の上空を覆うように、夜空に大きな魔方陣が輝いた。その下に無数の氷の槍が出現する。


「ケガをしたくなければ退がれ!」


 頭上の魔方陣を見上げたオルレーンが、騎士たちに叫ぶ。味方が全員退避するのを待って、メイフィリスは囁くような小声で呟いた。


「"貫け"」


 瞬間、広場に絶対零度の槍が降りそそぐ。

 串刺しにされた火蜥蜴たちが咆哮する。さらに傷口から溶けた水が入りこみ、魔物たちは悲鳴を上げてもがいた。

 さらに第二弾の氷の槍が容赦なく魔物を襲う。


「えげつないな……」

「貴様、聞こえているぞ」


 近くに退避してきたオルレーンを軽く睨んで、広場に視線を戻す。広場に追いこんだ火蜥蜴の最後の一匹が消滅するのを見届けて、魔術師は軽く息を吐いた。

 町を荒らしまわっている魔物は残り僅か。あとは一匹ずつ着実に仕留めていけばいい。魔物に対する優位は揺らがない。

 緊張を緩めた、その時。


「きゃぁああっ」


 背後から夜を切り裂くような悲鳴が上がった。振り返ったメイフィリスとオルレーンはその光景に大きく目を見開く。

 半妖のニナが、黒いローブの魔術師に魔力のロープで拘束され、蒼白になって震えていた。

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