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水晶塔の魔女

 ───酒場にいったら、なぜか、犬猿の仲の男が現れた。そいつに送ってもらう途中、とんでもなく気分が悪くなって、宿に連れていかれ、そのまま寝た。

 翌朝。目が覚めたら、ベッドでその男と寝ていた。そしてその男は、自分の初恋の少年だったと判明。




 …………昨晩から今朝にかけての出来事を整理するとこうなる。いろんな出来事がありすぎて、メイフィリスはまだ感情を消化しきれていなかった。

 オルレーンには、迷惑をかけたことを謝ったし、幸い一夜の過ち的な事故はなかったけれど、気まずいなんてレベルじゃない。


 それに初恋の少年────「レン」のことはずっと気になっていた。それがこんな憎たらしい男になってたなんて、神様ひどい。身近にいたのも想定外だ。


 オルレーンに言いたいことは山ほどあった。だが、出勤の時刻が迫っているので後回しだ。

 彼は「宿の手続きは俺がしておく」と言って、足早に部屋から出ていった。残されたメイフィリスは、部屋から直接、転移魔術で家に帰ることにした。

 そして、


「──お嬢様!いったいどこをほっつき歩いていらっしゃったのですか!?」


 一晩中、玄関で待っていた家令に捕まって、半泣きの彼にどちゃくそ怒られたのだった。





 +++++





「ぎりぎり間に合った……」


 就業時刻と同時に執務室に滑りこむ。席について、メイフィリスは腕を組んだ。


「……仕事の前に、あいつを呼び出さんとな」


 机上の魔石に手を伸ばす。魔力を流すと、石は青く発光した。これは、水晶塔の部下たちに連絡を取るための、便利な魔道具である。

 一連の出来事は、"魔女"が手を引いているらしい。彼女の申し開きを聞かねばなるまい。


 メイフィリスの呼び出しから少しして、"魔女"は執務室に姿を見せた。

 彼女はメイフィリスの師匠であり、今は部下となった鬼人の魔術師、"水晶塔の魔女"、エティだった。





「メイフィリス様、おはようございまーす!」

「……あのなぁ、エティ。お前はいったいどういうつもりだ。なぜ、私の居場所をオルレーンに教えた?」


 呑気な顔をしてやってきた"魔女"を、メイフィリスはじろりと一瞥した。エティはきょとんとしたあと、「あぁ」と思い当たったように、ぽんと手を打った。


「……メイフィリス様が心配だったから?」


 黒い巻角の伸びた頭をこてんと傾け、星のような光が浮かぶ金の瞳を泳がせて、魔女はへらりと笑った。そのあざとさに猛烈に腹が立つ。


「私はもう子どもではない。余計な世話を焼くな」

「そうはいっても、気分が悪くなって朝帰りしたんでしょう?誰かがついててくれて良かったじゃないですか」


 笑顔で言われて、う、と言葉に詰まる。昨夜の事情は、全て把握されているらしい。オルレーンが義理堅く連絡を入れたのだろう。


「……とにかく、あの男にも迷惑だ。そういうことはやめろ」

「承知しました。次は気をつけますね」


 "水晶塔の魔女"は、神妙に頷いた。

 だが心の中ではぺろっと舌を出しているに違いない。キラキラ輝く金の瞳には、隠しきれない好奇心が浮かんでいる。


 見た目は妖艶なのに、中身は無邪気な子ども。それがこの鬼人の本質だ。


 エティルラギオーラ・シュアンリーデ────通称エティは、"ヘンタイの塔"と揶揄されがちな塔の魔術師の中でも、とくに変人を極めた魔術師だ。

 魔物を育てようとしたり、研究室を燃やしかけたり、怪しげなものを収集して、年に数回は反省文を書かされている。


 ただ、魔術の開発や解析に関しては、彼女の右に出る者はいない。新しい魔術道具を次々と生み出し、サリエラを魔術大国に導いたのは、ほかならぬこの"水晶塔の魔女"だ。

 そしてメイフィリスにとっては、魔術の師匠でもある。


 そんな才能溢れるエティだが、実は極端な人見知り。彼女が表舞台に出ることは、ほとんどない。


 それが、最近、"魔女"とオルレーンはやけに親しい。「私の夫と、オルレーンの母親が血縁なんです」と以前言っていたけれど、本当にそれだけなんだろうか。




 うろんな視線を向けると、"魔女"はかしこまった表情を崩してニコッと笑った。


「メイフィリス様、幼馴染って良いものですね」

「どういう意味だ?」

「だって、もう気づいたんでしょう?」


「全部知ってます」といいたげなエティの顔。過去のあれこれも聞いているのだろう。


「…………オルレーンのことを言ってるなら、幼馴染と言えるほど親しくはないな」

「そうなんですか?でも、あっちはどう思ってるんでしょうねえ」

「何が言いたい?」

「いえ、なにも」


 なにもと言いつつ、"魔女"は意味深に笑っている。それが非常に癪に触る。

 手元の紙をくしゃくしゃに丸めてぶつけたら、「横暴なところは父親のライアン様にそっくり!」と抗議された。


 頬をぷくっと膨らませた"魔女"は、いい年こいた鬼人とはとても思えない。実年齢は百歳を越えているはずだが、精神年齢は絶対、メイフィリスより下だ。


「師匠に向かってなんてことするんですか。ライアン様もだけど、昔は天使みたいにかわいかったのに!」

「…………魔術学院ができたら、エティにも講師をやってもらうぞ」

「えっ何それ!聞いてないです!!」

「言ってなかったからな」

「待って!他人の前で講義なんて、私には無理ですっ!絶賛ひきこもりなのに!」


 "水晶塔の魔女"は蒼白になっている。


「親子そろってド畜生!」

「何とでも言え。これは決定事項だ」


 冷ややかに言い放つと、魔女は「学院設立に賛成しなければ良かった……」と角の生えた頭を抱えた。




 +++++




 ────そんなこんなで日々は過ぎていく。


 メイフィリスとオルレーンの間には、これまでとは違う緊張感が漂っていた。

 互いの出方を探るような、微妙な空気。しかし表面的にはいつもと変わらないので、かえって始末が悪い。


 そんな関係が変化するのは、しばらくたってからのこと。二人は、国の存続を揺るがしかねない事件に対峙することになった。



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