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こんなところに

 彼だ。

 目の前の面立ちは、記憶よりずっと大人びている。でも、灰色がかった深い青の瞳は昔と変わらない。明け方の空のような瞳が、静かに自分を見つめていた。


 どこかで小鳥の声がした。窓から射す朝の光がまぶしい。


 あれ……この男……ていうか、どこここ。

 懐かしさが消えて、一瞬で正気に返る。深く息を吸いこんだ彼女が悲鳴を上げる寸前、大きな掌が口を覆って、

 ────そして冒頭に戻る。




 +++++




「んんーーーーっ!!!」

「おい、叫ぶな!警備隊を呼ばれるぞ!」


 もがく魔術師のそばで、焦った男が囁く。

 警備隊はまずい。我に返ったメイフィリスは、ぴたっと暴れるのをやめた。


 今の状況…………王宮魔術師長と将軍が添い寝している現場に警備隊が踏みこんだ日には。

 想像して血の気が引く。身の毛もよだつおそろしいことになるのは間違いない。

 尾ひれ背びれのついた噂が爆発的に広まって、長老たちには冷やかされ、醜聞好きの貴族たちの餌食にされて、思う存分好奇の目を向けられる。……そんな生き恥を晒すのだけは、断固お断りだ。


「手を離すから叫ぶなよ」


 こくこく頷くと、武骨な手が離れていった。すぅはぁと深呼吸して、魔術師長は小声で相手を問いただした。


「……これはどういうことだ!」

「あのなぁ……酒場の帰りにお前が気分悪くなったんで、ここに連れてきたんだろ」

「……そう、だっけ……?」

「具合悪そうだったから、お前が寝たあとも側についてただけだ。俺もいい加減眠かったから隣で休んだが、誓って何もしてないぞ」


 メイフィリスは、はっとした。

 慌てて男から距離を取り、現状を確かめる。服は特に乱れてない。よかった。彼は紳士的に行動してくれたらしい。


「……」


 そこでやっと昨晩の醜態がよみがえった。魔術師の顔が赤くなったり青くなったりするのを、ベッドの上で胡座をかいた男は、呆れ顔で眺めていた。視線を上げると目が合う。

 メイフィリスは正座して、ベッドに頭がめりこむ勢いで頭を下げた。


「昨日はすまなかった……!貴様には迷惑をかけた」

「……わかったから、顔を上げろ。これに懲りたら二度と飲み過ぎるなよ」

「そうする……」


 メイフィリスはしょんぼり頷く。そんな彼女に、男は容赦なく追い討ちをかけていく。


「ったく、危なっかしいんだよお前は。まず酒量をわきまえろ。酒場で変なのに言い寄られてたし、簡単に男と密室で二人きりになるし。

 ……俺の鋼の自制心を誉めて貰いたいくらいだ」

「……自制心だと?つまらん冗談はやめろ」


 最後のは聞き捨てならない。メイフィリスは、怪訝そうに眉を寄せた。


「自分に可愛げがないことくらい知っている。私に興味を持つのは、家柄に惹かれたとか、女なら誰でも良いナンパ男くらいだろう」


 昨日の優男とか。

 そう言うと、オルレーンはこれ以上ないほど苦い顔をした。


「自覚がないにもほどがあるぞ」

「では、貴様も女なら誰でもいいという類いの男だったのか?見損なったぞ」

「待て、全っ然違うわ!」

「ではどういう意味だ」

「……知らん。自分で考えろ」

「わからんから聞いている」


 男は、疲れた顔でため息をつく。


「…………前は、あんなに素直だったのにな」


 ぼそっと呟かれた言葉にぎくりとする。やっぱり────そうなんだろうか。この男は。


「…………私は以前、貴様とどこかで会ったことがあるのか…………?」

「今頃思い出したのか」


 遅すぎる。


 オルレーンは、腕組みして眉間に皺を寄せた。その顔は怒ってるようにも、ふて腐れているようにも見えた。その表情に、優しい少年の面影がカチリと重なる。




 +++++




 ────幼い頃に出会った、レンという少年。

 彼とは何度か城で会って、たわいない話をした。しばらくして、彼は「遠くへ行く」と言ったきり会えなくなった。


 その後も、メイフィリスは王宮に行くたびにレンを探した。だが見つからなかった。

 父に頼めば、素性は調べてもらえただろう。けれど、親に頼るなんて恥ずかしくて、言い出せなかった。


 もう会えないのか、と落胆したまま時が流れ、18歳で過酷だった修行を終えた。そのあと、隣国で数年の派遣が決まり、派遣が終わってサリエラに戻ったら、今度は当主と役職の引き継ぎで慌ただしくなって────今に至る。




 ……あんなに探したのに。それもこんなに近くにいたなんて信じられない。居心地の悪そうなオルレーンをつい不躾に見てしまう。


「レン、なのか……?」

「……あぁ」

「名前が違うようだが」

「レン、は愛称だな」


 なんだそれ。


「…………貴様ァ、変わりすぎだるぉおがッ!!優しいレンを返せぇ!!」

「っ、それは俺の台詞だ!そのままお前に返すわッ!」


 かっとなって思わず叫ぶ。相手は一瞬呆気にとられたが、むっとして言い返した。


「何だとぉ!?」

「ほんとのことだろが!!」


 ぎりりと歯噛みして睨みあう。

 思い出の少年が音を立てて崩れていく。それが何だか情けなくて哀しい。


「再会した時、なぜ黙っていた!」

「お前が全く気づかないから、忘れられたと思ったんだよ!挙げ句、その『貴様』呼びだからな!俺の立場も考えてみやがれ!」

「それは……貴様がしょっちゅうダメ出ししてくるし、口が悪いからだ。最初からそう呼んでいたわけじゃない!」


 最初は敬意をこめて「オルレーン殿」と呼んでいた。しかし余りに態度がアレで、いつしか「貴様」になっていただけだ。


「ダメ出しじゃなくて助言だ。

 まあ……口が悪いのは許せ。男所帯の騎士団に長くいると、どうしてもこうなっちまうんだ」


 オルレーンは頭をボリボリかきながら、「俺の言い方に問題があったのは謝る」と珍しく率直に詫びた。なんだか調子が狂う。


「……まぁ、言い方はムカつくが、役に立った助言もあった。それは感謝している」


 礼を言うと、「お前こそほんっと偉そうだよな……」とぼそっと返された。


「……そういや俺はそろそろ出仕だ。いい加減宿を出るぞ」

「あぁ、そんな時間か」


 そうだ。子どもじみた喧嘩をしてる場合ではない。仕事だ仕事。


 ぐっすり寝たおかげで二日酔いはない。メイフィリスの方は時間があったので、いったん屋敷に帰ることにした。そして二人はその場で別れたのだった。

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