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魔術師長と将軍

 "翡翠の魔術師"メイフィリス・レナード。

 サリエラ王国の王宮魔術師長にして、名門レナード家の当主だ。美しい翡翠の瞳から、"翡翠の魔術師"とも呼ばれる、当代きっての魔術師である。


 今でこそメイフィリスは一流の魔術師だが……子どもの頃の彼女は、魔術の訓練が嫌でしかたなかった。

 しかし、その時期に偶然出会った少年のおかげで、訓練も何とか頑張れるようになった。


 あの少年は、メイフィリスの恩人だ。どんなに苦しいことがあっても、彼のことを思い出せば耐えられたのだから。

 あれから十数年がたった。魔術師長とレナード家当主という二つの地位を父から引き継いで、メイフィリスはいま、国の魔術師の頂点に立っている。

 ────とはいえ。

 メイフィリスはまだ若い。そのせいか、何かというと厚い壁が立ちふさがるのだ。今も、また。




 +++++




 ────サリエラの若き魔術師長は、目の前の騎士をぎりっと睨みつけた。


「……もう一度言ってみろ」

「その頭は飾りか、と言ったんだ」

「貴様よくも侮辱したな……!」

「お前は頭脳職だろう。周りをよく見て動け、と言ってるんだ」


 翡翠の瞳を鋭く眇めたメイフィリスは、氷のような美貌も相まって、見えない槍で串刺しにするような迫力がある。その苛烈な視線を、男は涼しい顔で受けとめていた。


 騎士団を統括する将軍、オルレーン・ギウス。 腕は立つし頭も切れるが、メイフィリスには常に厳しくダメ出ししてくる、とことん嫌なやつだった。


「よく聞け、メイフィリス。長老方の顔も少しは立てろ。その方が円滑に進む」

「私の主張は正論だ!」

「主張が正しくとも、却下されたら意味ないだろう」


 口論の原因は、さっきの会議。

 メイフィリスは魔術師団の組織改変を提案したが、現状維持を望む長老たちと、真っ向から対立していた。

 オルレーンは見かねて声をかけたらしい。でも、それにしたって物には言い方があるはずだ。


「根回しが下手すぎる。まず穏健派のセルシオ殿と話しあえばいいものを」

「貴様の指図は受けない」

「そう意固地になるから、未熟だと言ってるんだ」

「いちいちうるさい!」

「頭が固い上に、直情的だな」


 この男むかつく……。

 ここが城でなければ、火炎魔術で灰にしてやるのに。

 肩をすくめた男を睨んで、「これ以上言い争っても時間の無駄だ」と吐き捨て、メイフィリスは踵を返した。




 ───歩きながら、はぁ、とため息をつく。足音荒く廊下を直進しながらも、徐々に頭は冷えつつあった。


 冷静に考えれば、やつの言いたいこともわかる。悔しいが、世の中を渡るための経験が足りないのも否めない。


 魔術ならきっと誰にも負けない。父と"水晶塔の魔女"から厳しい指導を受けた彼女は、その自負がある。

 しかし組織の長は、魔術の上手さだけではつとまらない。就任以来、メイフィリスは己の未熟さを痛感していた。

 オルレーンの指摘も頭では分かっている。だが素直に頷けない。あの口の悪さで、頭に血が上ってしまうのだ。


 メイフィリスは、また小さくため息をこぼした。

 言われた通りにするのは癪だが、背に腹は代えられない。顔を上げた魔術師長は、老セルシオの執務室に足を向けた。




 +++++




 それから一ヶ月後。

 ────老セルシオを説得し、味方につけたおかげで事態は好転した。ようやくメイフィリスは"水晶塔"……魔術研究棟の変革に手をつけることができる。


 彼女の目標は、魔術師を養成する学院を塔に併設し、広く人材を募って、優秀な魔術師を育てあげること。

 だが、これまでのやり方────徒弟制で後継を育ててきた魔術師たちは、彼女が提案した方針転換を受け入れがたかったらしい。

 難色を示され、議論は遅々として進まなかった。だが、セルシオを引き入れたことで光が見えてきた。




 ────ほっそりした手が、グラスをカウンターにコトリと置く。カラン、とグラスの氷が軽い音を立てた。


 城下の小さな酒場で、メイフィリスはひっそり祝杯を上げていた。

 自分の屋敷は、家令がうるさくてかなわない。あの老人は、メイフィリスを実の娘のように可愛がってくれているが、羽目を外すと容赦なく説教が飛んでくる。


 だが自分はもう大人だ。店で酒を嗜んで何が悪い。そう思って町に繰り出すことにした。

 知人がすすめてくれた店に足を踏み入れ、店内をざっと見回す。雰囲気は悪くない。メイフィリスはカウンターに腰を落ち着け、店主に花酒を頼んだ。




 それにしても────どいつもこいつも私を半人前扱いしやがって。グラスを傾けながら、腹が立って仕方ない。


 自分が未熟なのもあるだろうが、こうまで意見が通らないのは、年齢のせいなのだろうか。年をとればやりやすくなるのか……それとも、自分が女だからか。

 三杯目の花酒をくるくる回しながら、据わった目でグラスを見つめる、メイフィリスの顔色は変わらない。だが、かなり酔っていることに自覚がなかった。




「……お一人ですか?」


 近くの席にいた若い男が、さりげなく声をかけてきた。軽薄そうな優男は、彼女を上から下まで不躾に眺めた。

 ここでもまた侮られるのか……。相手を一瞥して、無視を決めこむ。


「失礼ですが、お名前をお聞きしても?」

「……」

「つれない方だ。でも、そうされると余計燃えますね」


 ……無視してるのに、男は隣に座ってしつこく話しかけてくる。


 潮時か。

 男を諌める店主を制し、勘定を払って立ち上がろうとして、足がふらついた。

 バランスを崩して倒れかける。すると目の前の男が、好色な色を浮かべて手を伸ばしてきた。だがその手は、メイフィリスに届く前に、誰かにピシャリと払われた。


「迎えに来た」


 後ろから自分を支えた男を見て、メイフィリスは翡翠の瞳を大きく見開いた。


「……なぜ、貴様がここにいる」

「"水晶塔の魔女"殿から連絡があった。あまり周りに心配をかけるな。あと飲み過ぎだ」


 そこに立っていたのは────オルレーンだった。




「送る。さっさと帰るぞ」


 どうして魔女はこいつに居場所を……と思う前に、くいっと腕を引かれた。


「っ、放っておいてくれ!」


 ぶんぶんと手を振り払おうにも、力強い掌はびくともしない。何とか逃れようと、酔った頭で思いついた適当な出任せを口にする。


「私はそこにいる彼と飲んでたんだ。彼に送ってもらうから離せ」

「彼とは誰だ?」


 低く問われて店内を見回す。さっき声をかけてきた若い男はいつの間にか消えていた。

 ナンパだからってもうちょっと根性入れろよ……とメイフィリスは内心悪態をつく。その頭上に低い声が降ってきた。


「俺でよければ、いくらでも飲み相手になる。ただし今度な」

「いらん!」


 拒絶すると男は緩く目を眇めた。数秒の沈黙が流れたあと、オルレーンは焦れたように無言でメイフィリスの腕を引く。


 ……なんだか注目を浴びている気がする。「痴話喧嘩?」とかいう囁きも聞こえたような。これ以上揉めたら、店に迷惑がかかるかもしれない。

 どうせ帰るところだったし……と自分に言い聞かせ、メイフィリスは手を引かれて、すごすごと店を出たのだった。



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