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九十九とアハト07


 午後一時にトレーズ学園近くの駅でアハト先輩と待ち合わせ。


 それがデートプランの最初の予定だった。


 僕は十二時四十分に駅前に着いた。


 が、意外なことにアハト先輩は既に駅前に着いていた。


 金髪のロングに憂いを秘めた碧眼。


 間違えようもなくアハト先輩だ。


 僕の心臓の鼓動は早くなる。


 僕ってこんなに惚れっぽい人間だったっけ?


 それともアハト先輩が特別なのだろうか?


 とまれ、


「お待たせしました先輩」


 と謝罪をしながら僕はアハト先輩へと歩み寄る。


「いえ、全然待っていませんが……」


 アハト先輩はベタな返答をくれた。


 待ちましたか、に、待ってない、という返答。


 これこそデートの本道だね。


 僕は明後日な感動を胸に秘めて、それから、


「まずは相手の服を褒めること」


 という百目鬼の言葉を思い出す。


「……先輩、素敵な服装ですね」


 アハト先輩のカジュアルではあるが上品な服装を褒めると、


「姉さんから借りたモノなんです。イタリアのブランドだと聞いています」


「お姉さんがいらっしゃるので?」


「はい。姉さんは日本人ですが」


「ですか……」


 それ以上は追及できずに僕は言葉を差し控えた。


「そういう九十九も……」


 ジロジロとアハト先輩は僕を見ながら、


「いつもよりお洒落ですね。髪も整えてあって秋らしい服装ですし」


「友人のおかげです」


「百目鬼さん……ですか?」


「知っているんですか?」


「はい。プレイボーイという噂は耳にしています」


「否定はできませんが……」


 そう言われるのは不本意ではある。


「すみません。悲しい気持ちにさせましたね」


 ペコリと謝ってくるアハト先輩だった。


「大丈夫です。気にしてませんから」


「でも似た者同士ですね私達」


「?」


「私は姉さんにコーディネートしてもらって……九十九は百目鬼さんにコーディネートしてもらって……お洒落に他人を介在させていることが……」


「お恥ずかしい。今までそういう機会に恵まれなかったものですから」


「それは私も同じです」


 そう言ってアハト先輩は苦笑した。


 その笑みはとても可愛らしくて、僕の鼓動はさらに早まる。


 落ち着け、僕。


 明鏡止水だ。


「………………では行きましょうか」


 僕は恥じらいながらそうとだけ言った。


「ええ。行きましょう」


 そして僕とアハト先輩は駅に入ると、切符を買って、電車に乗り、近場の都会へと繰り出した。


 電車では僕とアハト先輩は終始無言だった。


 それも手伝ってか……駅から水族館へと行く道のりでも僕はあまり話題作りをできはしなかった……。


 そもそも僕は昨日までアハト先輩の事など知らなかったのだ。


 どんな話題を振れというのだろう?


 てきとうに世上のニュースの話をしながら水族館へと歩く僕ら。


 水族館に着いたのは午後の一時五十分。


 入館チケットを買って、水族館へと入る。


「ふわ……」


 と感嘆の吐息をついたのはアハト先輩。


 水族館の中は暗く、最低限の照明しかなかった。


 そして通路の左右にはやけに明るく照らされた水槽が設置してあった。


 アハト先輩はふらふらと……まるで幼児が玩具屋さんのあれやこれやに興味を持つように……浮き足立って水族館を見て回った。


「九十九、九十九……タカアシガニです」


 興奮気味にそう言うアハト先輩。


「でか……」


 タカアシガニの巨大さに驚く僕とは正反対に、


「美味しそうですね」


 と感想を述べるアハト先輩。


 一瞬聞き間違いかと思ったけど、


「どんな味がするんでしょうね?」


 というとどめの言葉で僕は納得せざるをえなかった。


 水族館の展示物を、


「美味しそう」


 とはまた斬新な発想である。


 そんな感じで水族館をまわる僕とアハト先輩。


「九十九、マンボウです。大きいですね」


 寄生虫だらけらしいですよ、とは僕は言わなかった。


「九十九、ラッコですよ。貝を割ってますね」


 目方を変えれば残酷な映像ですけどね、とは僕は言わなかった。


「九十九、リュウグウノツカイの標本ですよ」


 長いですね、と僕は言った。


 そんな感じで水族館を回る僕とアハト先輩だった。


 アハト先輩は始終興奮しきりで僕はそんなアハト先輩に連れまわされて色んな魚を見て回った。


 デートってこんなに疲れるものなんですね。


 無論、本人には言えないけどさ。




    *




「ああ……興奮してしまって申し訳ありません。デートがこんなに楽しいものだとは知らず……」


 そんなアハト先輩の言に、


「いえ、楽しんでもらえたならこれ幸いです」


 僕はフォローする。


 時間は午後三時半。


 僕らは百目鬼が紹介した水族館から比較的近いお洒落な喫茶店に腰を落ち着けた。


「なんだかすみません。私ばかり楽しんだみたいで……」


「そんなことはありません。僕も先輩と一緒に楽しめて感無量といった心地です」


「そう言ってくだされば安心です。けれど私に至らぬ点があったとしたら是非忌憚なく申してほしいです」


「楽しかったですよ」


 僕は心からそう言う。


 そんな僕の双眸を覗きこむように見つめ……それからアハト先輩は安心したように安らかに、


「なら良かったです」


 とニッコリ笑った。


 と、


「ケーキセットをお持ちしました」


 と喫茶店のウェイターがケーキと紅茶を持ってきた。


 苺のショートとアールグレイだ。


 アハト先輩は、苺のショートをフォークで崩して口に入れ、


「美味しい……」


 と呟いた。


 僕も苺のショートを食べてみる。


 繊細なクリームの味に苺の酸味がマッチして味覚を刺激した。


「美味しいですね……」


 忌憚なくそう評する僕。


 それから僕とアハト先輩は同時に紅茶を飲んで吐息をつく。


「今日はとっても楽しかったです。これも九十九のおかげですね」


「過大評価です」


 僕は両手を挙げて謙遜する。


「デートなんて初めてでしたけど、案外悪くないものです」


「光栄です」


 と、そこまで言った後、


「デートが初めて……?」


 僕はクネリと首を傾げた。


「はい。初めてです」


 しっかと頷くアハト先輩。


 いやいや。


 待ってほしい。


「先輩ほどの美人がデートは初めてなんですか?」


「誘われたことはありましたけど今までは応じなかったもので」


 苦笑する先輩だった。


「先輩なら男なんてより取り見取りでしょうに……」


 なにせ美少女だ。


 金髪だ。


 碧眼だ。


 異国美人だ。


 これで惚れなきゃ嘘というものである。


 アハト先輩は苦笑して言う。


「たしかに私の容姿は美しいです……」


 肯定する僕。


「性格もそんなに捻じ曲がってはいません……」


 肯定する僕。


「でも……チヤホヤされるのは嫌いなんです……」


「…………」


 無言に徹する僕。


「だからこういうのは初めてでして……」


「僕が初めてのデート相手なんですか?」


「恥ずかしながら」


 否定しなかった。


 照れ隠しからか頬を掻くアハト先輩だった。


「…………」


 不自然だ。


 だから僕は問うた。


「ならなんで僕の告白は受けたんです?」


「…………」


 先輩は無言で紅茶を飲み、そして、


「あなたの本気を汲んだからです」


 そう言った。


「僕の本気?」


「はい」


 しっかと頷くアハト先輩。


「あなた……九十九は私を本気で愛してます」


 ……本人に言われると気恥ずかしいですけど。


「だから私もまた誠実であろうと決めているのです」


「でも僕の恋愛感情は……言ってしまえば一目惚れですよ?」


 僕は何故アハト先輩に告白したかを明快に説明した。


「そんなことはありません。九十九は確固たる意志を持って私を好きになってくれた。それは揺るぎない事実です」


「過大評価です」


「いいえ、私はそれを知っている」


 断定するようにアハト先輩はそう言った。


「だから僕の告白を受けたんですか?」


 紅茶を飲んだ後、そう問う僕に、


「はいな」


 と簡潔に頷くアハト先輩だった。


「もし……九十九さえよければ……明日もデートしませんか?」


 明日……十月十三日の日曜日もアハト先輩とデート……。


 幸せすぎる。


 僕は明日死ぬんじゃなかろうか?


 そんなことを思いながらも、


「……喜んで」


 明日のデートを受諾する僕だった。


「あは。よろしくお願いしますね九十九……」


 恒星にも負けない輝かしい笑顔で喜ぶアハト先輩だった。


 その瞳だけは憂いに染めながら。


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