九十九とアハト06
「ピピピ! ピピピ! ピピピ!」
目覚まし時計のアラームが鳴る。
十月十二日。
今日は土曜だ。
学業はお休み。
というわけで、
「うう……」
と不満げに呟きながら僕は目覚ましのアラームを止める。
それから、
「おやすみなさい」
と体を丸めた。
「むに……」
アラームによって強制的に起こされた意識を自然なソフトランディングで沈ませようと手放す。
そこに、
「こら」
と百目鬼の声が聞こえたかと思った次の瞬間、
「……っ!」
僕は人中に痛みを覚えて急激に意識を覚醒させた。
「……っ! ……っ! ……っ!」
僕は鼻の下を抑えてベッドの上でのたうちまわる。
やっとこ痛みが引いたところで、
「何するのさ百目鬼!」
抗議する。
「親切にも起こしてやったんじゃねえか。感謝しろ」
「人中打ちのどこが親切さ?」
「お前、今日アハト先輩とデートだろ」
「…………」
沈黙する僕。
そういえばそうでした。
ついつい、いつものように睡眠欲に負けてしまいました。
「……九十九ちゃん。……お昼御飯出来てるよ?」
「四月朔日、今何時?」
「……十一時」
「先輩との待ち合わせは一時だから、あと一時間は眠ってられるね。おやすみなさ~い」
そう言って僕は眠りにつこうとして、
「あほう」
百目鬼に二度目の人中打ちをくらった。
「……っ! ……っ! ……っ!」
僕は鼻の下を抑えてベッドの上でのたうちまわる。
やっとこ痛みが引いたところで、
「何するのさ百目鬼!」
抗議する。
「親切にも起こしてやったんじゃねえか。感謝しろ」
「人中打ちのどこが親切さ?」
「とまれ……昼食に三十分かけて……デート前の準備に一時間かけて……ここで起きなきゃ間に合わんぞ……?」
「それでも三十分余るじゃん」
「俺なら遅刻しても女は許してくれるがな……お前なら待ち合わせの十五分前には着いていないと不興を買うぞ?」
「…………」
一分一厘……反論の余地がない。
「わかったならとっとと起きろ。飯食うぞ」
「……はーい」
僕はあくびを噛み殺しながら立ち上がった。
そしてパジャマのままダイニングに顔を出す。
「四月朔日……今日のお昼は?」
「……高菜チャーハンだよ。……あとはワカメのお味噌汁」
「ん。褒めてつかわす」
僕は四月朔日の頭を撫でた。
「えへへぇ」
と心底嬉しそうにはにかんだ。
可愛い可愛い。
それはともあれ、
「いただきます」
と一拍して僕は食事を開始した。
結論から言えば食事は美味しかった。
そりゃ今まで僕と百目鬼の食事事情に精通しているのだから四月朔日の料理にぬかりはないんだけど……。
僕は昼御飯を食べ終えて、それから歯磨きおよび顔洗いをして目を覚ます。
ここからは百目鬼の出番だ。
「じゃ、俺の城に行くか」
百目鬼はそう言って僕と四月朔日を百目鬼の城……一○五号室に招いた。
「とりあえずコレとコレ……着てみろ」
渡されたのはカエルのプリントがされたグアム産のティーシャツに長袖の小豆色のジャケットにダメージジーンズ。
「まぁ着るけどさ」
僕はそう言って百目鬼に渡された衣服を着る。
それから百目鬼の私室にある姿見で自分を確認する。
「おお……」
いつもと違う自分を発見する僕だった。
「服を変えるだけでも違うもんだろ。それからコレとコレ」
百目鬼がさらに渡してきたのはネックレスと腕時計。
「ネックレスって僕に合わないと思うけど。腕時計も情報端末があるから時間確認に不備はないよ?」
「お洒落だよ。お前は今まで色恋に縁がなかったから知らないだろうが、こういう小物も必要なんだよ」
「まぁ百目鬼に言われるなら否やは無いけどさ……」
僕はサイコロのデザインのネックレスと多機能の腕時計を身に付けた。
「さて、後は髪だな」
百目鬼はワックスを取り出して僕の髪を弄る。
どれだけ固いワックスだったのか……鳥の巣頭がツンツンはねたイケメンっぽい髪型になった。
「変われば変わるものだね」
姿見を見ながら僕。
そこにはそこそこイケている僕の姿が映っていた。
いつもの冴えない僕ではない。
ちょっとだけお洒落な僕がいた。
そんな僕に四月朔日が心配そうに言葉をかけてくる。
「……九十九ちゃん……本当にデートするの?」
「そうじゃなきゃここまで気合入れないよ」
「……そう」
悲嘆に染まった声でそう言う四月朔日。
僕はポンと四月朔日の頭に手を乗せた。
「大丈夫。僕と四月朔日と百目鬼の関係は変わらないよ。アハト先輩の恋人にはなったけど四月朔日を蔑にはしないから」
「……うん」
哀惜の表情で頷く四月朔日だった。
「大丈夫。僕と四月朔日と百目鬼の悪友関係はこんなことで破綻したりはしないよ」
「……友達……なんだね」
「うん。友達だ」
そう言ってニコッと笑うと、四月朔日も苦笑と憂いの間の表情で微笑んだ。
ちなみに現時刻……十二時半。
「じゃ、僕は待ち合わせの駅に行かなきゃ。四月朔日、百目鬼、ありがとね」
そう言って僕は百目鬼に指定されたバッシュを履いてアパートを飛びだした。