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九十九とアハト05


「と、いうわけで……デートすることになりました」


 時間は十九時。


 場所は僕の城のダイニング。


 今日の晩御飯は冷製パスタ。


 もちろん作ったのは四月朔日。


 それを僕の城のダイニングで僕と四月朔日と百目鬼が顔を突き合わせて食べている……という構図である。


「で?」


 と百目鬼が話を進める。


「何が、というわけで、なんだ?」


「それが色々ありまして……」


 説明するのも難しく僕は、


「玉砕覚悟でアハト先輩にアタックしたら、すったもんだの末に結婚を前提としたお付き合いをすることになりまして……」


 忌憚なく事実だけを告げた。


 四月朔日と百目鬼は目をむいた。


「……本当なの……九十九ちゃん……?」


「マジで……?」


 そりゃあビックリだろう。


 僕もビックリだ。


「嘘だと僕も思いたい……」


 深刻そうに頷く。


「あのアハト先輩がお前の告白受けたってのか?」


 おそらく無意識だろう……ピアスを弄りながら百目鬼が再確認する。


「うん。思い切って告白したらなんか泣かれて……それで色々フォローというかアタフタしてるとアハト先輩が良いですよって……」


 喋りながら自分が何を言っているのかわからなくなる僕であった。


「あのアハト先輩が……お前を……。どういう心境の変化だ?」


「さあ?」


 僕は肩をすくめてみせた。


「そればっかりは神のみぞ知るってところじゃない?」


「そりゃそうだ。万に一つの奇跡もあるもんだな」


 感嘆を交えてそう述べる百目鬼。


 あっはっは。


 殺すぞ。


 いや、まぁ言いたいことはわからないでもない。


 僕はいたって冴えない人間である。


 四月朔日のようにお姉様がたに慕ってもらえる可愛さを持ち合わせてはいない。


 百目鬼のように同級生や下級生を籠絡するようなイケメンでもない。


 重ねて言えば成績も運動能力も芸術センスも下の上。


 自信を持って……そして自慢できることでもないけど……言えるけど将来性も無い。


 これほどの悪質な物件は他に例を見ない。


 正直なところ壮大なドッキリの演出だと思った方がまだ気が楽だというものである。


 でもアハト先輩の見せた涙。


 あれだけは本物だと信じたい。


 あの憂いを帯びた碧眼に嘘はないと信じたい。


「……まぁそんなわけで明日アハト先輩のデートすることになったんだけど……二人の知恵を貸してもらいたいんだ」


「三人寄れば文殊の知恵か?」


「まさしく」


 百目鬼の言う通りである。


「僕、誰かに告白されたこともないし色恋に関係したこともないからデートなんて未知の領域なんだよ。その分野では女子にモテる四月朔日や百目鬼ならそういうことに精通してるんじゃないかなって……」


 僕がそう言うと、


「……御馳走様でした……」


 と四月朔日が食事を終えた。


 ちなみに冷製パスタは半分も残っている。


「あれ? 四月朔日もういらないの? 美味しいよ?」


 作ってる本人に美味しいと評するのもどうかと思うけど。


「……ちょっと……食欲無い。……ぼく……今日は帰るね。……食事が終わったら……食器は水に浸けておいて。……明日洗うから」


 そう言ってヨロヨロと四月朔日は僕の城を出ていった。


 僕の城の隣にある四月朔日の城……一○二号室に戻ったのだろう。


「どうしたんだろう四月朔日……。何かショックなことでも?」


「お前がそれを言うか」


 ボソッと百目鬼がそう呟いた。


「どういう意味さ?」


「別に?」


 百目鬼はピアスを弄りながら、


「ただの独り言だ」


 とぶっきらぼうに言った。


「まぁ四月朔日に関して言えば……お姉様がたのアプローチをことごとく断ってるから恋愛経験はないだろうし……僕としても恋愛の達人たる百目鬼にこそ助言を頂きたかったんだけどね?」


「恋愛の達人……ねぇ……」


 達観したように百目鬼。


「百目鬼も日曜にデートするんでしょ? そのコースとか教えてくれない? そしたら僕としてもわかりやすいんだけど……」


「別にそんな特別なことはしねえぜ?」


「ともかく今は情報が欲しいんだ。僕の……初めて恋人が出来た初めてのデートなんだからさ。失敗するわけにはいかないんだ……」


「初々しいねぇ。ようがす。請け合おう。それで? どんなデートにしたいんだ?」


「いわゆるキャッキャウフフ的な雰囲気のデート!」


「漠然としすぎだ。言いたいことはわかるがな」


「だって僕は今日までアハト先輩のこと知らなかったんだもん。先輩がどんな趣味嗜好を持つのか僕は知らないんだ」


「んなもん俺だって知らねえよ」


 困ったような顔でピアスを弄りながら百目鬼。


「なんか定番とかある?」


「そうだな。ここからならカルテジアンシネマとか……足をのばして雪柳水族館って手もあるな。ロマンス映画とか水族館で可愛い水生生物を見るとかすれば普通の女子は喜ぶと思うぞ」


「アハト先輩はその普通のカテゴリーに入るかな?」


「難しい質問だな。なんならアハト先輩にどこに行きたいか聞けばいいんじゃないか?」


「なるほど……それは思いもよらなかった……」


「もし「何でもいい」って言われたらとりあえずはカルテジアンシネマに行ってロマンス映画でも見ればいいじゃないか。映画の間は黙って見てられるし、帰りは映画の話に花を咲かせられる」


「ふむふむ」


「後はそうだなぁ……もし本当にアハト先輩にその気があるんならモーテルにでも泊まればいいんじゃないか? どうせ明後日は日曜だし」


「それは……ちょっと……」


 モーテルて……。


 そんな高等技術……できゃしませんて……。


「何はともあれ……まずはアハト先輩と話し合って決めることだな。それで決まらなかったらまずは映画館。そんな塩梅でいいんじゃねえの?」


「うん。ありがとう百目鬼。さっそく話し合ってみるよ」


 そう言って僕は冷製パスタを食べ終えて、


「御馳走様でした」


 と一拍すると、今日交換したアハト先輩のIDに「デートはどこに行きたいですか」という文面でメールを送信した。


「楽しそうだな九十九」


 ニヤニヤと嫌な笑みを見せながら百目鬼。


「そりゃ初めて色恋だからね。興奮するのはしょうがないよ」


「しかしアハト先輩がねぇ……ふぅむ……」


 何か深刻なことを考察するように呟く百目鬼だった。


 と僕の情報端末が歌を唄う。


 着信の合図だ。


 僕は送られてきたSNSの文面を読む。


 無論、差出人はアハト先輩である。


「私はどこでもいいですよ……というのは無責任ですね。九十九さえよければ雪柳水族館に行きませんか?」


 そんな文面だった。


「百目鬼……」


「なんだ九十九?」


「水族館がいいって……」


「じゃ、後は緻密なデートプランを練るだけだな」


「デートプラン……?」


「おいおい。しっかりしろよ。水族館に行くにしても昼食や夕食……休憩どころの店をピックアップしなけりゃ始まらないだろうが」


「それは……そうだけど……」


 そんなことも考えなきゃいけないのか。


 言われてみれば納得だけど、デートって大変なんだなぁ……。


「まぁその辺のデータは俺が送ってやるよ」


「安心と信頼の百目鬼だね」


 持つべきモノは確固たる友情である。


 さっそく百目鬼のデータを送ってもらう僕。


「なるほど。このカフェはお洒落でいい感じだね」


 僕は雪柳水族館の近くにあるカフェのサイトを見て感嘆の吐息を漏らした。


「まぁここなら無難だな。とにもかくにも」


「ありがとう百目鬼」


「お礼を言われるこっちゃねえよ。こっちも楽しんでんだ」


「楽しんでるの?」


「ああ、すっごく楽しい」


「なんで?」


「だってあのアハト先輩がだぜ? 俺でも四月朔日でもなく九十九を選んだってのが驚きだ……!」


 ……そりゃそうかもしれませんが。


「さらにデートとな」


 まぁ不可思議な現象であることは異論をはさめない。


「上手くいって相思相愛になるか……それともデートが失敗して全てがご破算さぁて願いましてはってなるのか……実に興味深い」


 さいですか。


「つまり僕と先輩で遊んでるってわけだ」


「たまにお前は真理をつくな」


「だって百目鬼が言ってるのはそういうことでしょう?」


「否定はしないな」


 ケラケラと笑う百目鬼だった。


「僕としては一世一代の勝負だよ。必ず明日のデートを成功させなきゃ……!」


「そんな気負うもんでもないと思うけどなぁ」


 肩をすくめて百目鬼。


 僕は少しだけ不機嫌になる。


「そりゃ百目鬼ならデートに失敗したって余裕があるんだろうけど……」


 ふくれっ面で僕は言葉を続ける。


「あるいは四月朔日ならお姉様がたをより取り見取りで選べるだろうけど……」


 持たざる者の悲しさよ。


「僕はこれが最初で最後の色事になってもおかしくはないんだ」


 真実だった。


 否定しようのない。


 だけど、


「そうかな?」


 と百目鬼は疑問を呈してきた。


「なにか?」


「もし本当にお前が何も持ってないなら何でアハト先輩はお前を選んだのかって思ったんだ……。他意はない」


 十分他意があるような気がするんですけど。


 まぁそれを言っても始まらない。


「とまれ、明日のデートは気合入れにゃあ」


「お前デート用の服とか持ってるのか?」


 そんな百目鬼の言にピシッと空間にひびが入った。


「持ってない……そういえば……」


「ご愁傷様」


「助けて百目鬼も~ん」


「たかだかデートに世話を焼かせる奴だなぁ……」


「女子にうける服なんて持ってないよ……」


「わぁってるって。明日は俺の服を貸してやるよ。それなら大丈夫だろ」


「百目鬼が友達で本当に良かったよ」


「現金な奴め」


 はふ、と吐息をつく百目鬼。


「しかし四月朔日はどう思うかねぇ……」


「なんでそこで四月朔日の名前が?」


「知らないことは幸福だな」


 百目鬼の言っている意味がわからず


「?」


 首を傾げる僕だった。


「ま、お前が気にすることじゃねえよ。とりあえず明日のデート……頑張れよ」


 そう言うと、百目鬼は「御馳走様でした」と言って晩御飯を終了した。


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