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九十九とアハト04


 そして放課後。


 今日の放課後は特別なものだ。


 それは明日と明後日が休みだということでもあるけど……それ以上に僕とアハト先輩にとっては更に特別なものだ。


 僕が屋上へと赴くと、


「あ、九十九……」


 既にアハト先輩は屋上にいた。


 そして教えてもいない僕の名を呼んだ。


 どこからか漏れたのだろうか?


 僕なんて小さな存在の固有名詞を覚えるなんてアハト先輩は誠実で優しい性格なのだろうと思ってしまう。


 そして僕はというと、


「すみません」


 と謝る始末だった。


「なにがでしょう?」


 クネリと首を傾げるアハト先輩。


 その仕草は可愛らしかったけど、それはこの際問題じゃない。


「放課後のホームルームが長引いてしまって。こんな場所に待たせてしまって申し訳ありません」


 僕は頭を下げる。


 そんな僕に、


「ふふふ……」


 とアハト先輩は口元だけで笑う。


 ブロンドの長髪を風に揺らして、碧眼には憂いをおびさせて、しかして口だけでアハト先輩は笑う。


 それはまるで……彫像めいた笑いだと僕は思った。


 そんな口でだけで笑ったアハト先輩は、


「ふふ……変なところを気になさるんですね?」


 からかうようにそう言ってくる。


「変……でしょうか? 待たせてしまって申し訳ない、というだけのことですけど……」


「私と九十九の仲じゃありませんの……」


 不意に紡がれたその言葉に、


「え?」


 と僕は呆けてしまう。


 しかしてアハト先輩は憂いを帯びた碧眼を閉じて、


「いいえ……。何でもありません……」


 フルフルと首を横に振る。


 そして、


「それで?」


 と尋ねるようにそう言って首を傾げる。


「私に用があるんでしょう?」


「それは……その……そうなんですけど……」


「大事な用ですか?」


「どういう意味でしょう?」


「その用事というのは、私を屋上に呼んで二人きりでなさなければならないものなのでしょうか?」


「…………」


「あるいは私固有の時間を消費してまで付き合わねばならぬ用でしょうか?」


「すみません。そんな価値はありません」


 僕は素直に……あるいは愚かにそれだけを口にした。


「ここに先輩を呼んだのは僕のエゴです」


 だからできるだけ実直に、できるだけ素直に、僕は想いを言の葉に変える。


「ここに先輩を呼んだのは僕の傲慢です」


「…………」


「僕は先輩のことを何も知りません」


「…………」


「正直なところ先輩の存在を知ったのは今日の朝です」


「…………」


「だから……こんなことを言う資格は無いんです」


「…………」


「だから……こんなことを言う権利は無いんです」


「…………」


「だから……こんなことを言う必然は無いんです」


「…………」


「それを知って尚……言わせていただきます」


「……何でしょう?」


「アハト先輩の事が好きです。結婚を前提に付き合ってくれませんか?」


「…………」


 アハト先輩は返事をしなかった。


 してくれなかった。


 代わりに憂いの取れない深い青の双眸からツーッと涙を流した。


「……っ!」


 さすがに泣かれるとは思わず慌てふためく僕。


「すいません……! 申し訳ありません……! 僕ごときが口にしていい言葉ではありませんでした……!」


「違います……。そういうことではありません。この涙は……九十九を否定する涙ではありません」


 そう……なのかな……?


「そう……なんですか……?」


「はい。それは……信じてもらうしかありません……」


「信じます……信じます……」


 僕はブンブンと首を縦に振る。


「よかった……。急に泣き出して……変な女だと思ったことでしょうね……」


 目をこすりながら照れ笑いをしてみせるアハト先輩。


 その照れ笑いは、超常的なアハト先輩の美しさに、人間味を付与する……アハト先輩が人間だと証明する笑みだと思えた。


 屋上に、ヒュルリと一つ、秋風の吹く。


 五七七の詩みたいな情景描写をしてしまう僕。


 そして、アハト先輩が閑話休題する。


「そうですね。まずは急に泣いてしまって申し訳ありません。それから九十九の告白の件ですが……」


 スッと一息吸い込んで、


「喜んで受けさせてもらいます」


 …………。


 ……………………。


 ………………………………。


「…………はい?」


 アハト先輩は今何と言った?


「ですから結婚を前提に付き合わせてもらいます。今後ともよろしくお願いします」


 ありえないセリフを言って僕に一礼するアハト先輩。


 傷一つない長いブロンドが屋上の風に揺れる。


 憂いを含んだ碧眼が僕を刺し貫く。


 そして僕は、


「えーっと……恋人……に……なって……くださる……の……ですか?」


 現実を現実と認識できずに馬鹿な質問をした。


「そちらから言ったことじゃないですか。私は九十九の恋人になります」


「マジで?」


「酔狂で言えませんよ、こんなこと……」


 それは……そうでしょうけども……。


 こんなあっさりと……いいのだろうか?


 仮にも相手はトレーズ学園のアイドルだ。


 それは百目鬼に散々聞いた。


 四月朔日もまたアハト先輩がそういう存在だと言っていた。


 そんな高嶺の花が僕に靡く?


 ありえるのか……そんなことが……?


「キツネにつつまれた……と言った顔ですね」


「それはまぁ……衝動的に告白しただけですので断られること百パーセントだと……」


「九十九が私をどういう風に知っているかなんて、これから補えばいいじゃないですか。そうですね……。恋人同士になったのですから明日デートでもしませんか?」


「デート……?」


「デートです」


 そう答えてアハト先輩はアザレアのように笑うのだった。


 僕はというと、


「不束者ですが……よろしくお願いします……」


 そう答え返すことで精一杯だった。


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