エピローグ
百二十年近くの時が流れた多彩で単一のシークエンスの果てに、僕は十月十四日の月曜日を迎えた。
それはリセット現象の消滅を意味する。
百目鬼は発端ではあったけど罪はない。
僕は巻き込まれただけ。
アハト先輩も生きている。
ただ一人……四月朔日だけが罪を背負って壊れた。
そして時は流れ、十二月二十四日を迎える。
「おまたせ先輩……」
と僕が言う。
「いえ……大して待ってはいませんよ」
とアハト先輩が言う。
……ああ。
……ベタだ。
でもこれが僕の望んだ光景だ。
誰も死なず。
誰も傷つかず。
そんな世界。
「じゃあ行きましょうか」
僕はそう提案をした。
「はいな。九十九についていきますよ」
アハト先輩はそう頷いた。
僕とアハト先輩はこの街のデートスポットを巡って、電飾されたクリスマスツリーを眺めてイヴの日を過ごした。
それはもう全力で。
そうせざるを得なかった。
それが人を傷つけた僕の為すべきことだと信じているからだ。
だから僕はアハト先輩とクリスマスイヴにデートをしまくった。
これこそ僕の望んだ日常なのだ。
これこそ自然な形なのだ。
だから僕は精一杯この時間を楽しんだ。
それが四月朔日に対する抜け駆けだとしても。
*
イブを終えてクリスマス当日。
僕は大学病院に顔を出した。
いつも通り花束を持って。
ナースさんは勝手知ったると言った様子で僕をスルーする。
僕は四月朔日が入院している病室に顔を出した。
個室だ。
白を基調とした部屋。
その風景の良い窓際のベッドに四月朔日が座っていた。
「……あ。……九十九ちゃん」
と四月朔日は言った。
無論のこと、
「…………」
僕に……ではない。
四月朔日は自分が握っているテディベアに話しかけている。
「……九十九ちゃん……今日も来てくれたんだね」
テディベアに嬉しそうに話しかける四月朔日だった。
「……九十九ちゃん……ぼくのこと……好き?」
しかして、
「…………」
テディベアは何も答えなかった。
「……そっか。……九十九ちゃんもぼくのこと好きなんだ。……照れるね」
そう自己完結する四月朔日。
「四月朔日……」
僕はそう呟く。
けれど四月朔日は、
「……ぼくもね……九十九ちゃんのこと……だーい好きだよ?」
僕には目もくれずテディベアに話しかける。
「…………」
それが四月朔日に課された代償だった。
一万数千回もアハト先輩を殺し続けた四月朔日の贖罪だった。
四月朔日は本物の僕ではなく……テディベアを僕だと認識していた。
自身とテディベアだけの世界に没頭したのだ。
「……四月朔日? ……僕だよ?」
そう僕が話しかけても、
「……九十九ちゃん……僕も大好きだよ。……いつまでも一緒にいようね?」
四月朔日は僕を無視してテディベアにそう話しかけるのだった。
「……っ!」
僕は反射的に四月朔日からテディベアを奪い取る。
すると、
「……九十九ちゃん! ……九十九ちゃんを返してよぅ!」
と僕の握ったテディベアを四月朔日は奪い返そうとする。
僕が、
「四月朔日! 僕が九十九だよ! 九十九は僕だよ!」
そう言っても、
「……九十九ちゃんを返してよぅ!」
四月朔日には通じない。
四月朔日は完全に僕の手に収まっているテディベアを僕だと認識していた。
「……ごめん」
謝ってテディベアを四月朔日に返す僕。
「……うう……九十九ちゃん……よかった……!」
テディベアをギュッと抱きしめて安心する四月朔日。
それが四月朔日の世界だ。
僕しか愛せず……僕しか興味を持てない……。
そんな男の子の想いの最果てだった……。
「……ああ……九十九ちゃん……九十九ちゃん」
四月朔日は離すもんかとテディベアを抱きしめる。
それが僕では無いにしても僕だと信じて。
そんな四月朔日を見ていられず、
「それじゃあね四月朔日。また来るよ」
そうとだけ言い残して僕は病室を後にした。
「もう良いんですの?」
と病室の前の廊下に立っていたアハト先輩が声をかける。
「はい……」
と僕は頷く。
他の選択肢はとれなかった。
とれるはずもなかった。
「もう……いいです」
諦めたように答えざるをえない僕。
だってこれが最善の答えだと僕は諦めたのだから。
なら享受せざるを得ないじゃないか。
けれど、
「う……うう……」
心は納得していなかったのだろう。
自然と涙が溢れた。
「うううう……ううううううううう……」
堪えるように涙を流す僕に、
「泣いていいんですよ? 九十九……」
アハト先輩が優しく抱きしめてくれた。
「悲しんでいいんですよ? 九十九……」
どこまでも優しいアハト先輩。
「憂えていいんですよ? 九十九……」
そんな先輩の腕に抱かれて、
「僕は……最低だ……」
今更のことを僕は告白する。
「そんなことありません」
否定するアハト先輩。
「僕は……最悪だ……」
今更のことを僕は告白する。
「そんなことありません」
否定するアハト先輩。
「僕は……最弱だ……」
今更のことを僕は告白する。
「そんなことありません」
否定するアハト先輩。
「僕は……僕は……」
「大丈夫ですよ九十九……。あなたがどんなに自身を否定しても私が肯定してあげますから……」
僕の悲しみの全てを受け止めて、そう述べるアハト先輩だった。
「うううう……うううううう……」
僕はいつまでもアハト先輩の腕の中で泣き続けた。
それは絶望の檻のように思えた。
完結!
というわけで時間ループものでした。
どうでしたでしょうか?
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よしなに!




