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絶望のバスチーユ09


「ところで九十九さ……」


「ん~? 何さ?」


 同日昼休み。


 僕は四月朔日のお弁当をつつきながら百目鬼の質問に耳を傾けた。


「お前、好きな奴とかいないのか?」


「なにさ、いきなり?」


「いや、ただの興味本位」


「ふ~ん」


 僕はから揚げをつまむ。


「……九十九ちゃん……好きな人……いるの?」


 おずおずといった様子で四月朔日が聞いてくる。


「まぁ……いるよ」


 認める僕。


「……誰……かな?」


「四月朔日」


「……ふえ……? ……ぼく……?」


 狼狽える四月朔日だった。


「冗談だって。そんな嫌そうな顔せんでも」


 ケラケラと僕は笑う。


「……嫌じゃ……ないよ?」


 さいですか。


「誰が好きなんだ? 言ってみろよ」


 百目鬼がそう問うてくる。


「ひ・み・つ」


 唇に人差し指を当ててウィンクする僕。


「何だよ。ここで言っちまえよ」


「やだ」


 快刀乱麻にそう言って僕は昼食に戻った。


 百目鬼の焦る姿は僕に一つの確信を与えた。




    *




 同日放課後。


「じゃ、僕今週末は姿を消すから」


 アウトドア用品をリュックに詰め込み背負って、僕は片手を挙げて敬礼をとった。


 パチクリと瞳を瞬かせながら問うは四月朔日。


「……どこかに行くの九十九ちゃん?」


「うん。まぁ……愛の逃避行」


「……誰と?」


「秘密」


「……どこへ?」


「秘密」


「……そう」


 寂しそうに四月朔日は納得する。


 まぁ気持ちはわからんでもないけど……だからといって汲んでやるような余裕は僕には……当然ながら無い。


「どこに行くかぐらい言えよ」


 とこれは四月朔日の淹れたコーヒーを飲んでいる百目鬼だ。


「残念だけど無理」


「駆け落ちか?」


「まぁそんなところ」


 あながち間違っちゃいない。


 僕とアハト先輩が恋仲だと四月朔日に気付かれなければ四月朔日が悪魔と契約してアハト先輩が殺されることもなくなる。


 だから駆け落ちと言う百目鬼の言葉は的を射ている。


 無論……本質は別にあるのだけど。


「何を企んでいる?」


 アクセサリーを弄りながら、ストレートにそう聞く百目鬼に、


「別に何も」


 と肩をすくめてみせる。


「ともあれ月曜の朝には帰ってくるから心配しないで。それじゃ」


 そう言って僕は、


「……九十九ちゃん」


 と僕を呼ぶ四月朔日と、


「……九十九」


 と僕を呼ぶ百目鬼とを振り払ってアハト先輩との駆け落ちを実行するのだった。


 待ち合わせ場所は駅前。


 行く先は富士の樹海だ。




    *




 富士の樹海でテントを張って僕とアハト先輩はキャンプを楽しむ。


 そしてアハト先輩は日曜日の夕方に心臓発作で死ぬのだった。


 ……信じたくはなかったけど……やはりそういうこと……か。




    *




 二千三回目のシークエンス。


 十月十一日の金曜日。


 僕は登校中の昇降口でアハト先輩に告白して、それからアハト先輩と恋仲になって、そして……、


「ごめんね百目鬼……呼びだしちゃってさ」


 と昼休みに百目鬼と一緒に屋上にいた。


 ちなみに僕と百目鬼の手には缶コーヒーが。


 僕らはそれを飲む。


 まずい。


 四月朔日が淹れてくれたコーヒーの方が百倍美味い。


 まぁ薄利多売の商品に文句をつけてもしょうがないけど。


「お前から相談があるとはな。珍しいこともあるもんだ」


 百目鬼はくつくつと笑うのだった。


 そんな百目鬼に、


「なんでこの状況を作り上げたの?」


 と僕は問うた。


 百目鬼は、


「なんの話だ?」


 ととぼけた。


 なんの話かって?


 それを僕に言わせるのか?


「四月朔日に先輩を殺させて……先輩にリセット現象を起こさせている……。そのことについて何か思うところはないのかって聞いてるんだけどな……」


「なんのことやら」


「じゃあ何で四月朔日は前回のシークエンスでアハト先輩を殺せたのさ? 前回のシークエンスでは……僕は僕とアハト先輩が恋仲になっているなんて情報を四月朔日に教えてなんかいないよ?」


「…………」


 沈黙する百目鬼。


「そしてこのリセット現象に関係しているのは僕と先輩と四月朔日と……それから百目鬼……君だけの話なんだ」


「…………」


 やっぱり沈黙する百目鬼。


「しかし罪悪感の関係から四月朔日が記憶を継続している可能性は薄い。僕や先輩が先輩の死を望むわけもない。なら……答えは一つしかないでしょ?」


 そう言ってみせると、


「……ははっ」


 と百目鬼が笑って、


「なるほどね。全て理解してるってわけか」


 自らの罪を認めた。


「しかしな。何故前回のシークエンスでお前と先輩は不干渉を貫けたんだ? 俺は《九十九がアハト先輩に惚れるように悪魔に願った》はずなんだが」


「金曜日の朝の段階で先輩にメールで告白したんだよ。そして校内では恋仲であることを明らかにしないという協定を結んだんだ」


「なるほどね」


 素直に感心する百目鬼だった。


 僕は苦汁を噛みしめているような気分だ。


「じゃあやっぱり百目鬼が主犯だったんだね……」


「おいおい。主犯と言うのは語弊があるぜ。俺はただ《九十九がアハト先輩に惚れるように悪魔に願った》だけだぞ?」


「でもそのせいで四月朔日は悪魔に魅入られてアハト先輩を殺す……。アハト先輩はそれをどうにかしたくて悪魔と契約する……。そして僕はそんなアハト先輩にたいして後追い自殺をする……。何か言うことは?」


「何もねえよ」


 簡潔にそう言う百目鬼だった。


「で? どうするわけ? 俺を殺すか?」


「そんなことに意味はないでしょ」


 リセット現象がある限り。


「いやいや……意味はあるぜ? 俺を殺して口封じをしてからアハト先輩と駆け落ちすればいい。そうすりゃお前もアハト先輩も死なずに済む」


「原因は百目鬼が悪魔を使って僕に先輩へ惚れさせたことでしょ? それを撤回すれば万事解決だよ。誰も死ななくて済む」


「それが出来れば苦労はしねえよ」


「……どういうことさ?」


「俺が悪魔と契約して二千二回ものシークエンスを繰り返している。悪魔にしてみれば絶望を喰らえるから、この状況は申し分ないのだろうが……人間である俺には少々飽きがきてな……。正直なところ、もう二千回も繰り返してるからお前と四月朔日と先輩の絶望に飽食気味なんだ……」


「じゃあ取り消してよ……。僕を先輩に惚れさせないでよ……。百目鬼ならそれが出来るでしょう……?」


「無理だ」


「なにゆえ?」


「俺が悪魔と契約したのが十月十日の木曜日の深夜だからだ」


「……っ!」


 僕は絶句した。


 せざるをえなかった。


「じゃあ……!」


「ああ、アハト先輩のリセット現象の範囲外で俺の願いは満たされている。俺はもう《九十九がアハト先輩に惚れるように悪魔に願った》ことをリセットできない」


「なら話は簡単だよ。アハト先輩の悪魔との契約によるリセット現象をもうちょっと過去に伸ばしてもらえばいい」


「それを悪魔が承知すると思うか?」


「どゆこと?」


「悪魔が叶える願いは《自分を含めた誰かが絶望する願い》でしかありえない。この状況を打破する願いを悪魔が叶えるわけないだろう?」


「……それは……」


 確かに……。


 そうだ。


 悪魔は絶望する願いしか叶えない。


 じゃあこのまま僕や先輩や四月朔日や百目鬼は飽くることない絶望の牢獄に縛り付けられるの……?


「だがまぁチェックメイトには程遠いな」


 …………。


 ……………………。


 ………………………………え?


 クネリと首を傾げる僕に、百目鬼は言った。


「この状況を打破する方法は三つある」


「三つも?」


「ああ。一つはお前が先輩を諦めること」


「それは無理」


「だろうな。そうするように俺が仕組んだからな」


「もう二つは?」


「俺を口封じして四月朔日の目から逃れることだ」


「却下」


「だろうな。お前は俺を見捨てるなんて出来ないだろうよ」


「最後の案は?」


「――――――――」


 百目鬼は最後の最後に悪魔的な案を提示した。


「それは……」


 僕は狼狽える。


「そんなこと……」


 僕は狼狽する。


「出来るわけないよ……」


 僕は血を吐く思いでそう呟いた。


「それなら気の済むまでこの時間を繰り返せばいい。結局のところ……お前がとれる選択肢は多くないんだ……」


 あっさりとそう言う百目鬼だった。




    *




 …………。


 ……………………。


 ………………………………。


 …………………………………………。


 もう何度リセット現象を繰り返しただろうか?


 アハト先輩に尋ねると一万回を超えたそうだ。


 つまりそれだけ僕は先輩の死を認識したのだ。


 つまりそれだけ先輩は自身と僕の死を感じたのだ。


 つまりそれだけ四月朔日はアハト先輩を殺したのだ。


 つまりそれだけ百目鬼は絶望を飽食したのだ。


 もう限界だった。


 もう臨界だった。


 だから僕は一万数千回目のシークエンス……その金曜日の放課後においてアハト先輩と四月朔日と百目鬼を屋上に呼び出した。


 そして全ての事情を全員にぶちまけた。


 無論のことアハト先輩と百目鬼は承知している話だ。


 一人四月朔日だけが狼狽えた。


「……本当なの?」


 そんな四月朔日の言に、


「本当だよ」


 と僕は答える。


 そして、僕は話しかけた。


 誰に?


 悪魔に決まっている……!


「悪魔……見てるんでしょ……? この状況を……」


 僕が虚空に向けて放った言葉に、


「いやはやバレているとは。ご慧眼恐れ入りやす」


 悪魔が答えた。


 姿は見えない。


 けれど確かに僕の認識に悪魔は割り込んできた。


 その声が悪魔のものだと……僕は信じて疑わなかった。


「取引だ。僕が深い絶望を与えるからリセット現象を起こさないでほしい」


「それは魅力的な取引でやんすな」


 くつくつと笑う悪魔だった。


「――――――――」


 僕は悪魔に悪魔的な提案をした。


 そして悪魔は、


「かかっ。なるほど。いいでやんしょ。それほどの絶望が得られるのならこれ以上はありやせん」


 そう言って納得したのだった。




    *




 そして一万数千回のシークエンスの彼方の日曜日の夕方。


 四月朔日は悪魔と契約してアハト先輩を殺した。


 そして僕はアハト先輩の死体を置いて自分の城……アパートへと戻った。


 そして悪魔に言う。


「準備はいい?」


「もとより反対なぞする必要もない案件でさぁ」


 悪魔は快活にそう答えた。


「……どうしたの……九十九ちゃん?」


 と僕の城のキッチンで料理をしていた四月朔日が問うてきた。


 そんな四月朔日に、


「四月朔日……君……悪魔と契約してアハト先輩を殺したでしょ?」


 追及する僕。


「……!」


 絶句する四月朔日。


 だから僕は……。


「だから僕はここに宣言する。だから僕はここで悪魔と契約する。《四月朔日がこれまで先輩を殺したシークエンスの全ての記憶を植え付けて、なおかつその証拠としてアハト先輩をここに生き返らせろ》……と」


「聞きとげやしょう」


 という悪魔の言葉とともに自然法則が崩れる。


 死んだはずのアハト先輩が僕の城のキッチンにて無病息災の状態で復元される。


 そして一万数千回の四月朔日の罪が四月朔日の脳に刻み込まれる。


「……ああ……! ……あああああ……!」


 四月朔日は突然脳にぶち込まれた罪の証を処理できなくて吼えた。


「あああああああああああああああ……!」


 それは嘆きの叫び。


「ぼくは……! ぼくは……!」


 それは哀惜の慟哭。


「ぼくは……! ぼくは……!」


 僕の気を引きたいがために無実の人を一万数千回も殺した記憶が四月朔日の脳に刻みこまれる。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……!」


 全てを否定できずに……そして被害者たるアハト先輩がその場にいるせいで四月朔日は罪から目を逸らすこともできずに……苦しんだ。


 そして一万数千回のリセット現象に終止符が打たれる。


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