絶望のバスチーユ08
考えれば簡単な話だったのである。
僕がアハト先輩に恋心を持っているから四月朔日は悪魔と契約してアハト先輩を殺す。
それは《僕とアハト先輩の絶望》になるから悪魔は嬉々として願いを履行するだろう。
そして先輩は自身の死をやり直したいがために悪魔と契約して時間を巻き戻す。
それは死を繰り返すという《アハト先輩の絶望》に即しているから悪魔は嬉々として願いを履行するだろう。
時間と絶望の監獄で、僕らは不器用にもがくのだ。
*
百一回目の……いや……千百一回目の夕方。
僕と四月朔日と百目鬼はもつ鍋をつついていた。
夕食をとりながら僕は隠さずありのままの現状を二人に伝えた。
全てを話し終えると、
「……ふえ……」
と四月朔日が混乱して、
「なるほどね」
と百目鬼は頷いた。
「……そんなことが……あり得るの?」
懐疑的に四月朔日。
「じゃあ聞くけど……もし悪魔と契約して罪悪感を覚えずに先輩を殺せるなら四月朔日はどうする?」
「……殺すね」
即答する四月朔日だった。
「まぁよくできてるもんだと感心するね」
百目鬼はケラケラと笑った。
いや……まぁ……。
「たしかにチェックメイトだけどさ……」
しぶしぶと頷く僕だった。
「それでさ。どうすればいいのかなって百目鬼に相談したいんだけど……」
「アハト先輩を諦めろ」
「それは無理」
僕は即答した。
「……無理……なんだ」
憂いの表情で落ち込む四月朔日。
「でもお前が諦めれば万事うまくいくんだろう?」
「それは……そうだけど……」
「なら方法は一つだと思うがな」
「……九十九ちゃん……先輩のことは諦めて」
それが出来れば苦労はないよ四月朔日……。
「四月朔日……」
「……ふえ……なに……九十九ちゃん」
「悪魔と契約しないで。先輩を殺さないで」
「……無理だよぅ」
「何でさ!」
「……だって九十九ちゃんはぼくの全てで……ぼくの希望だから」
「でも先輩を殺せば先輩の死後一週間以内に僕は自殺するんだよ? 四月朔日はそれでもいいの?」
「……それでも九十九ちゃんが諦めてくれるまでぼくは先輩を殺すと思う」
「お願いだよ……。殺さないで……」
すがるようにそう言う僕に、
「……無理……だよ」
困ったように四月朔日は答えるのだった。
*
そして千百一回目の日曜日の夕方。
アハト先輩はトラックに轢かれて、幼児の癇癪によって壊された人形のように壊されて死んだ。
*
千百二回目のシークエンス。
僕は四月朔日に、
「先輩を殺さないでくれ」
と頼んでリセット現象を繰り返す。
それでも四月朔日は悪魔と契約してアハト先輩を殺すのだった。
*
千二百回目のシークエンス。
僕は四月朔日に、
「先輩を殺さないでくれ」
と頼んでリセット現象を繰り返す。
それでも四月朔日は悪魔と契約してアハト先輩を殺すのだった。
*
千三百回目のシークエンス。
僕は四月朔日に、
「先輩を殺さないでくれ」
と頼んでリセット現象を繰り返す。
それでも四月朔日は悪魔と契約してアハト先輩を殺すのだった。
*
千四百回目のシークエンス。
僕は四月朔日に、
「先輩を殺さないでくれ」
と頼んでリセット現象を繰り返す。
それでも四月朔日は悪魔と契約してアハト先輩を殺すのだった。
*
千五百回目のシークエンス。
僕は四月朔日に、
「先輩を殺さないでくれ」
と頼んでリセット現象を繰り返す。
それでも四月朔日は悪魔と契約してアハト先輩を殺すのだった。
*
千六百回目のシークエンス。
僕は四月朔日に、
「先輩を殺さないでくれ」
と頼んでリセット現象を繰り返す。
それでも四月朔日は悪魔と契約してアハト先輩を殺すのだった。
*
千七百回目のシークエンス。
僕は四月朔日に、
「先輩を殺さないでくれ」
と頼んでリセット現象を繰り返す。
それでも四月朔日は悪魔と契約してアハト先輩を殺すのだった。
*
千八百回目のシークエンス。
僕は四月朔日に、
「先輩を殺さないでくれ」
と頼んでリセット現象を繰り返す。
それでも四月朔日は悪魔と契約してアハト先輩を殺すのだった。
*
千九百回目のシークエンス。
僕は四月朔日に、
「先輩を殺さないでくれ」
と頼んでリセット現象を繰り返す。
それでも四月朔日は悪魔と契約してアハト先輩を殺すのだった。
*
二千回目のシークエンス。
僕は四月朔日に、
「先輩を殺さないでくれ」
と頼んでリセット現象を繰り返す。
それでも四月朔日は悪魔と契約してアハト先輩を殺すのだった。
*
二千一回目のシークエンス。
その十月十一日の金曜日。
時間はトレーズ学園の昼休み。
「お疲れのようですね」
月見うどんをすすりながらアハト先輩がそう言った。
「疲れますよ……それは。四月朔日の奴……千回……いや、二千回近くも先輩を殺してるんですから」
「九十九が私を諦めれば済む話ですよ」
「それは無理だと何度も……」
と、そこまで言って、
「っ!」
僕は絶句した。
今まで思ってもみなかった連想が事実をもって僕に突き付けられた。
「どうしました九十九……?」
絶句した僕に心配そうに見やってアハト先輩は問う。
けど、僕はそれに答えなかった。
あ、なるほど。
そうか……。
「先輩……此度のシークエンスも死んでくれますか?」
「構いませんが?」
「じゃあ先輩……次のシークエンスの話なんですけど……」
僕はアハト先輩にとあるお願いをした。
*
二千一回目のシークエンス。
その十月十三日の日曜日。
アハト先輩はトラックに轢かれて死んだ。
*
来たる二千二回目のシークエンス。
僕は朝早く起きた。
先輩の死を千回も見てきたのだ。
……いや、二千回か。
目は冴えて、意識ははっきりしていた。
キジバトの鳴き声を聞きながら僕は私室のカーテンをシャッと開ける。
朝日が僕を迎えてくれた。
それから記憶だけを頼りに情報端末を弄っていると、
「……ふわ。……九十九ちゃんが……起きてる」
信じられないモノを見る目で僕を起こしにきた四月朔日が驚いていた。
「おはよう四月朔日」
「……おはよう……九十九ちゃん」
僕らは朝の挨拶をする。
「……朝ご飯出来てるよ。……九十九ちゃんの分も」
「そ。ありがと。ところで四月朔日……」
「……なに?」
「四月朔日は僕のこと……好き?」
「……え……ふえ……?」
狼狽える四月朔日。
そして四月朔日は可愛らしく赤面しながら、
「……好き……だよ?」
と言った。
「そ」
と僕は受け流す。
「それより今日の朝ご飯は?」
「……んとね……御飯と納豆とサラダと味噌汁」
「うん。美味しそうだね。ありがとう四月朔日」
僕は四月朔日に感謝した。
「……これくらい何ともない。……九十九ちゃんが喜んでくれるなら……これ以上の至福は無いよ?」
「それでもありがとう」
そう言って僕はニコリと笑う。
「……あう」
と四月朔日は顔を真っ赤にして照れるのだった。
可愛い可愛い。
*
同日登校中。
昇降口でのこと。
「…………」
「…………」
僕とアハト先輩はすれ違ったけどそこに言葉はなかった。
大丈夫。
これでいいのだ。
僕と四月朔日と百目鬼は『聖痕のガングリオン』について話しながら僕らの教室へと向かった。
ちなみに……さすがに千一回の記憶を持っている僕にしてみれば八年前の記憶だ。
話題に入りづらかったのは言うまでもない。




