絶望のバスチーユ07
「……昨日の『聖痕のガングリオン』は面白かったね」
同日。
登校中。
昨夜のアニメの話をふってくる四月朔日。
僕には一年近く前の話だけど。
一人だけ歩幅が違う四月朔日はよちよちと歩行と走行の間で必死に僕らに並ぼうとしているのがまた可愛らしい。
「ああ、ガングリオンが暴走して敵を吸収するところなんかマジで興奮したな」
百目鬼が話に乗る。
こっちはこっちでジャラジャラと歩くたびにシルバーアクセサリーが鳴る。
「来週ガングリオンの覚醒でしょ? 楽しみだね」
僕がそうしめる。
もっとも……来週が来るのかも怪しい次第だけど。
それから作画があーだこーだ。
OPの歌手があーだこーだ。
EDのコンテがあーだこーだ。
そんな些末事を語りながら僕らは歩き、トレーズ学園に辿り着き、その正門をくぐる。
時間は八時十五分。
僕と四月朔日と百目鬼は昇降口で上履きに履き替えてる途中だった。
そこに金髪碧眼の美人さん……アハト先輩が通りかかった。
僕はそんな先輩に愛の告白をし、アハト先輩は受け入れてくれた。
*
昼休み。
僕とアハト先輩は学食で昼食をとっていた。
嫉妬の視線が気になるけど今は構っていられない。
「つまり今回は百一回目の金曜日……ということですか?」
「はいな」
僕は頷く。
「それ故にスーパーパワーによって時間が遡行していると?」
「そういうことですね」
僕は頷く。
「誰がそれを?」
「今までは僕だと思っていました。でも僕が死んでもリセット現象は起きるんです。つまり僕は当事者じゃない」
「死後発動するタイプのスーパーパワーと言う可能性は?」
「あります。しかして百回目の僕はそんなことを望んでいませんでした。全てを諦めていました。ですから僕にスーパーパワーはありません。まぁそんなことはどうでもいいんです。先輩……明日、映画を見に行きませんか?」
「どこにです?」
「カルテジアンシネマです」
「はぁ……まぁいいですけど」
アハト先輩は躊躇いがちだった。
「それじゃあハリウッド映画を見に行きましょうか? ロマンス映画は見飽きたでしょう?」
「そうですね。さすがに飽きがきているのは否定できません……」
「…………」
僕は沈黙した。
そして一息ついてから
「先輩……」
僕は先輩を問い詰める。
「なんで先輩は《過去に先輩と行った映画の内容を覚えている》んですか?」
「それは……!」
あたふたとするアハト先輩。
「先輩……だったんですね……。リセット現象を起こしていたのは……」
「……はい」
意外にもあっさりと先輩は頷いた。
先輩は周囲を見渡して、それから、
「場所を変えましょうか」
そう提案した。
*
「さて……どこから話したものでしょう……」
アハト先輩は風に金色の髪を揺らしながら考え込むような表情を作った。
僕とアハト先輩は屋上に来ていた。
他にも生徒はチラホラいるけど学食ほど混雑はしていない。
「まず先輩がどこまで知っているのか……を教えてもらえませんか?」
そう提案する僕に、
「そうですね。そこから話しましょうか」
先輩は同意してくれた。
「先に言っておくと私は全てを記憶しています」
「過去百回の三日間を……ですか?」
「いいえ」
フルフルと首を横に振るアハト先輩。
「過去千百回の三日間を……です」
「…………」
千百回の三日間……?
なんだそれは?
なんだその数字は?
千……百回……?
「九十九が知らないのも無理はありません。九十九風に言うところのリセット現象において九十九の記憶を継続させたのは千一回目からですから」
「……つまり、それ以上の過去があった……と?」
「そういうことですね」
アハト先輩は頷く。
「でもなんで……それなら過去千百回の僕の記憶を継続させなかったのですか? あるいは千一回目から僕の記憶を継続させ始めたのですか?」
「諦めたからです」
「諦めた……って……何をです?」
「生きることを」
「なんで……!」
「だって何をしても私は死ぬんです過去千百回……一度たりとも私は十月十四日の月曜日を迎えることはなかった……」
先輩は絶望を吐露して、
「それはあなたも良く知るところでしょう?」
「それは……」
たしかに僕の知るところだ。
過去百回……何をしても僕は先輩を助けられなかった。
密室の部屋にこもっても……樹海に隠れ潜んでも……それでもアハト先輩は当然のように死ぬのだ。
「九十九もそれに絶望して自殺したのでしょう?」
「はい……」
肯定する他に何があろう?
確かに僕は百回の絶望の繰り返しに屈して自殺した。
結論としてアハト先輩の起こしていたリセット現象故に、またやり直しとなったわけだけど……。
アハト先輩は肩をすくめる。
「私なんか九十九の比ではありませんよ。何せ千百回も自分の死を繰り返しているんですから……」
「…………」
「過去百回の九十九が私を助けようと図ったくれた保護行為なんて既に自身で試した後ですし……」
「ピエロですね」
自虐する僕に、
「はい。道化です」
先輩は断言した。
「じゃあ何で先輩は千一回目から僕の記憶を継続させたのですか?」
「あなたに納得させるためです」
「納得……?」
「はい。納得です」
「と……言いますと……?」
せかす僕に、
「その前に言わなければならない事実があります」
先輩は話題を変えた。
「何でしょう?」
「過去千百回の繰り返しにおいて……九十九は一回の怠りもなく私に愛の告白をしています」
「……それはまた」
「まぁ私の美貌をもってすれば不自然なことではありませんが……ともあれ九十九は私に告白をしてくるんです」
「お恥ずかしい」
人差し指で頬を掻く僕。
先輩は言った。
「それ自体はどうでもいい話でした」
「ひどっ!」
「しょうがないでしょう? 身も知らぬ有象無象の男子生徒の一人に告白されたからって請け負う私ではありません」
「それは……そうですね……」
納得である。
むしろ当然と言えるだろう。
「それでは何ゆえ一回目……じゃないですね……千一回目から僕の告白を受け入れたんですか?」
「九十九の本気を汲んだからです」
「僕の本気?」
「はいな」
…………。
「どういうことです?」
「言ったでしょう? 千百回も九十九は私に告白した……と」
「そうらしいですね」
僕は覚えてないけど。
「千回も告白されれば情もうつるというものです」
「単純接触効果って言うんですよ……それ」
「単純接触効果?」
「繰り返し同じ情報を提供し続けるとその情報に好意を抱く法則のことです」
「へえ。まぁそうかもしれませんね。でも悪い気はしないんですよ? 千百回も私に告白してきた九十九の心意気は嬉しかったですし」
「恐縮です」
僕は謙遜した。
「でも九十九の本気は私の予想を超えていました」
「……?」
クネリと首を傾げる僕だった。
「どういうことです?」
「九十九は私に告白をして……それから私が死ぬと……その一週間以内に必ず後追い自殺をするんです」
「何故それを死んだ先輩が観測できるんです?」
「悪魔が教えてくれるんですよ」
「悪魔……」
また妙な単語が出てきた。
まぁスーパーパワーよりはマシか。
「残留思念とでもいうのでしょうか……。ともあれ私は死んだ後も意識があって……九十九の行動を観測できるんです」
「それは信じましょう。それで?」
「私は千百回も九十九から告白されて千百回も九十九に後追い自殺をさせているのです。ある意味で私が九十九にとっての死神です」
「…………」
まぁ実際百回目に後追い自殺をした僕だから否定はできないけど。
「私はもう生き続けることを諦めました。たとえ私がどうあろうとも私は悪魔に殺される。それはどうしようもないことです。ですけど九十九まで運命を共にする必要はないと思うんです」
「…………」
「何故千一回目から九十九の記憶を継続させているか……という問いでしたね。答えは簡単です。私と九十九との間に思い出を作るためです」
「思い出……?」
「はいな」
肯定するアハト先輩。
「千一回目から九十九の告白を受け始めたのもそのためです。私と九十九の……共通の思い出を育むためです」
「そんなことに意味はあるんですか?」
「だって放っておいたら九十九は後追い自殺をしてしまうんですもの。それなら……私を諦めてもらうしかないでしょう?」
「そのための思い出作り……」
「はいな。『アハトとの思い出は心の内にある。だからアハトが死んでも関係ない』って九十九に思わせるために……後追い自殺をさせないために私は千一回目からあなたと付き合いだしたんです」
アハト先輩は憂いの瞳で僕を射抜く。
「そんな……」
まさか……。
「そのために……私は悪魔との契約を続けているんです」
そんなことって……。
「その悪魔って……なんですか?」
やっと絞り出した言葉がそれだった。
「悪魔は人の願いを叶えてくれる存在です」
「それなら悪魔に死の運命から逃れられるように願えばいいんじゃないですか?」
「それがそうもいかないのです」
はふ、と吐息をつくアハト先輩。
「悪魔が叶えてくれる願いは……自身を含めた誰かの《絶望になるような願い》でしかありえないんですよ……」
「じゃあ先輩を生き返らせるという願いは……」
「無理ですね。誰も絶望しない」
そんな……。
「だから……」
だから……。
「先輩は時間を巻き戻してるんですか……?」
「そういうことです」
アハト先輩は頷いた。
「とは言っても先の通り私自身の生存はもう諦めています。悪魔に抵抗できるとは思ってはいません」
肩をすくめるアハト先輩。
「九十九が後追い自殺さえしなければ私は素直に死ねるんです」
「なんでそんなボロボロになってまで僕のことを……」
「九十九が好きだからですよ」
あっさりとアハト先輩は言った。
「九十九には生きていてほしいんです。たとえ私を失ったとしても。それがたとえ単純接触効果に因るものだとしても……」
…………。
「僕は先輩が好きです」
「知ってますよ」
「だから僕は先輩です」
「知ってますよ」
「だから先輩が死ぬなら僕も死にます」
「それについては折り合いをつけましょう?」
「無理です」
「無理じゃありません。そのためなら私はリセット現象を百回でも千回でも一万回でも繰り返しますよ。ええ、お付き合いしますとも。膨大な時間の果てに九十九が私を諦めることを信じて……」
「それじゃ先輩が救われない……」
血を吐くように絶望を述べる僕に、
「いいんです。私はもう諦めていますから」
深い憂いの瞳に作り笑いを乗せて微笑むアハト先輩だった。
そうか……。
先輩の瞳がいつも憂いに満ちていたのはこういうことだったのか……。
それがわかったからってどうしようもないのは事実なのだけど。




