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絶望のバスチーユ05


 十二回目の金曜日の夕方。


 僕は先輩と話した内容を四月朔日と百目鬼に話しながら夕食をとっていた。


 今日はキノコ鍋だ。


 原木椎茸の香り高さに驚きながらハフハフと食べる僕。


「…………」


 四月朔日は憂いの表情で僕を見ていた。


 食欲がないのか箸が進んでいない。


 百目鬼は舞茸を食べながら思索にふけっていた。


「で……」


 僕は問うてみる。


「どう思う?」


「どう思うも何もなぁ……」


 百目鬼は呆れたようだった。


「本気でそんなこと思ってんのか?」


「でも……だって……スーパーパワーによる先輩の殺害を是とするなら、それは先輩を憎んでいる人間に因るものでしょ?」


「んなわけあるか」


「証拠は?」


「先輩が一定の時間に死んでいることだ」


「一定の時間?」


「お前からの話を聞く限り……先輩はお前と日曜日に一緒にいて夕方頃に死んでいるんだろ?」


「そうだけど……」


「もし脈絡のない悪意がそれを成すなら死亡時間に幅が出るはずだ」


 …………。


「前後即因果で考えろ。原因があって、初めて犯人は先輩を憎む。故にその原因を特定することが必要だ」


 ……えーと。


「その原因って?」


「わからんの?」


「だから僕は勧善懲悪が好きな思考停止野郎なんだって」


「はぁ……疲れる……」


 うんざりとそう言ってエノキを食べる百目鬼。


「そんなこと言わずにさぁ……。友達でしょう?」


「お前の告白以外に何がある?」


「へ……?」


 ……。


 …………。


 ………………。


 ……………………。


 はあ……?


「なにをいってるの百目鬼は?」


「だからさ。お前がアハト先輩と恋仲になって面白くない人間がスーパーパワーとやらで先輩を殺してるんじゃないのか?」


「そんな……」


 だって……。


「それはないよ」


「なんで断言できる?」


「だって先輩と付き合うことで僕を憎むならともかく先輩を憎む人間なんているものか。僕はそこまで自惚れられない」


「そうか? じゃあ聞くが何故先輩はお前に惚れたんだ?」


「何でだろう? 僕も不思議……」


「謙虚なのは美徳だが行き過ぎると皮肉だぞ」


「そんなものかなぁ」


 いまいちピンとこないんだけど。


「じゃあ僕のことを好きな人がいて、その人が先輩に嫉妬している……と?」


「それが一番妥当だな」


 …………。


「余計混乱してきたよ」


 僕を好きな人がいる?


 そいつがアハト先輩を殺している?


「じゃあもはや犯人の様相すら予想できないね」


「いや。そうでもない」


「なんで?」


「お前、お前の言う一回目の……先輩への告白の状況を覚えているか?」


「うん。それは、まぁ……」


 僕は先輩を屋上に呼びだして告白して、OKしてもらったのだ。


「それがどうしたの?」


 そんな僕を無視して百目鬼は問い重ねる。


「じゃあ二回目以降は?」


 先輩を見かけた瞬間に告白している。


「それがどうしたの?」


「わからんのか?」


「わからない」


 両手を挙げて降参する。


「二回目以降は衆人環視の前でお前は告白している。そして学校中に知られている。翻って一回目は金曜日の放課後に誰もいない屋上で告白している。次の日は休みだから噂の広まりようもない」


「続けて」


「つまりだ。二回目以降はともかく一回目の段階でお前と先輩が恋仲なのを知っているのはお前と先輩と……それからお前から打ち明けられた俺と四月朔日だけってことにならないか?」


「……っ!」


 僕は絶句した。


 絶句するより他なかった。


「まさか百目鬼……」


「俺がお前に恋人が出来たくらいで相手を殺すもんか」


 それなら……。


「四月朔日……?」


「……ふえ……ぼく……?」


 食欲無く鍋を見つめるのみだった四月朔日が僕と視線を交差させる。


「……ぼくが……先輩を……殺したの?」


 首を傾げて疑問形で言う四月朔日。


 うーん。


 プリティフェイス。


「まぁ……四月朔日だろうな」


 百目鬼は断定した。


「ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って」


 僕は百目鬼の言葉を止めた。


 えーと……え……?


「どういうこと?」


「だから、先輩を殺してるのは四月朔日だってことだよ」


 容赦なく事実を突きつける百目鬼。


「……ぼく……先輩を殺してない……よ?」


「本人がこう言っていますが?」


「そりゃリセット現象の対象に当てはまっているからな。四月朔日は当然だが記憶の継続を行なえてないはずだ」


「そもそも論法がおかしいよ。なんで僕に先輩っていう恋人が出来たくらいで四月朔日が先輩を殺すのさ?」


「本人に聞いてみればいいじゃないか」


 聞くって……。


 何をさ……?


「おい四月朔日……」


「……なに? ……百目鬼ちゃん」


「お前さ。もしスーパーパワーがあって罪悪感無しでアハト先輩を殺せるとしたら……先輩を殺すか?」


「……罪悪感を覚えないの?」


「ああ、実際の因は別にあるからな」


「……スーパーパワー……」


「そう。スーパーパワー」


「……だったら……殺すかも」


 …………。


 沈黙する以外に反応があるのなら教えてほしい。


「えーと……殺しちゃうの?」


 問う僕に、


「……うん。……十中八九」


 コクリと頷く四月朔日だった。


 ……。


「なして?」


「……だって九十九ちゃんはぼくのモノだもん」


 ……はい?


「ワンモアセイ」


「……だって九十九ちゃんはぼくのモノだもん」


「百目鬼……通訳お願い」


「だからさ」


 百目鬼は到底信じられないことを言った。


「四月朔日は九十九に惚れてんだよ」


「…………」


 言葉の無い僕に、


「……あう」


 赤面して恥じ入る四月朔日。


 ちょっと待った。


 ちょっと待ったちょっと待った。


 ちょっと待ったちょっと待ったちょっと待った。


「四月朔日が僕に……惚れてる……?」


「そう言っとろうが」


 あっさりと百目鬼に、


「……あう」


 顔を赤くしてプシューと湯気を出す四月朔日。


「でも……四月朔日は男だよ?」


「今時同性愛なんて珍しくもないだろ」


 エノキを食べながら百目鬼。


「本当なの? 四月朔日……」


「……うん。……ぼくは……九十九ちゃんが……好き。……九十九ちゃんのことを……誰より愛してる」


「なんでさ?」


「……九十九ちゃんは……初めてにして唯一……ぼくの女顔を……否定しないでくれた人だから……」


「…………」


 それは……そうだけど……。


 四月朔日はプリティフェイス故に小学校の頃イジメにあっていた。


 それを庇ったのが僕である。


 その後僕らは友達となった。


「……あの時のことに……ぼくがどれだけ救われたか九十九ちゃんにわかる? ……ぼくがどれほど報われたか九十九ちゃんにわかる? ……アレがあったから今のぼくでいられるの。……アレがあったからぼくは前を向けるの」


 でも僕の方は全きの友情で……、


「……だから……ぼくから九十九ちゃんを奪った先輩を……ぼくは許せない」


 四月朔日は愛情だったのか……。


「だから四月朔日は先輩を殺したの? 十一回も……!」


「……そんなに殺してないし……殺す予定もないよ? ……もしもスーパーパワーがあるのならその範疇じゃないけど」


 そうか。


 四月朔日はリセット現象によって毎回記憶を一新されるのだ。


 後悔なんてしようが無く、罪悪感なんて覚えようが無い。


 それ故……四月朔日は躊躇いなく人を殺せる。


 恋敵を……殺せる……!


「は、ははは……」


 なんだこれは?


 世界はどこまで残酷に出来てるんだ?


 四月朔日の殺人。


 そして僕のリセット現象。


 スーパーパワーによる無限の輪廻。


 脱獄できない絶望の監獄。


 そんなものに僕らは囚われている。


「例えば……例えば四月朔日……」


「……なに? ……九十九ちゃん……」


「僕が『お願いアハト先輩を殺さないで』って言ったら先輩を助けてくれる?」


「……無理……だと思う」


 躊躇いがちにそう言う四月朔日。


 それはどこまでも真摯で、熟考された答えだった。


 四月朔日は僕に惚れているらしい。


 しかもベタ惚れだ。


 それは事実で、真実で、現実で、故にアハト先輩を殺してしまうのだろう。


 自身の罪悪感も覚えないままで。


「じゃあ僕が『先輩を殺したら四月朔日のことを嫌いになる』って言ったら?」


「……それでも……殺すと思う」


 おずおずと四月朔日は言う。


「だって……きっとぼくは……九十九ちゃんが先輩を諦めるまで先輩を殺し続けると思う。……その時間の繰り返しが存在して……スーパーパワーが存在するなら……だけど」


「……そっか」


 僕はうんざりとして天井を仰いだ。


 チェックメイトだ。


 もし四月朔日もまたリセット現象から乖離した存在なら説得のしようもある。


 けれど四月朔日は対象外だ。


 毎回新鮮な気持ちでアハト先輩を殺すのだろう。


 なら僕に出来るのは諦めないことだけじゃないか。


 無限の輪廻のその果てに……四月朔日がアハト先輩を殺さない可能性を見つけることだけじゃないか。


 …………。


 ……そんなことが可能だろうか?


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