絶望のバスチーユ03
そして次の日。
十月十二日の土曜日。
僕は先輩とデートをした。
さらに次の日。
十月十三日の日曜日。
僕は先輩とデートした。
映画の帰り道……先輩はトラックに轢かれて死んだ。
*
時間は繰り返される。
死んだ先輩を想って寝て、起きたらやはり十月十一日の金曜日だった。
五回目である。
僕は先輩に告白して、受け入れられて、デートをして、劇場で先輩は包丁を持った男に襲われて死んだ。
*
時間は繰り返される。
死んだ先輩を想って寝て、起きたらやはり十月十一日の金曜日だった。
六回目である。
僕は先輩に告白して、受け入れられて、デートをして、喫茶店で四方山話をしていたらトラックが突っ込んできて先輩は死んだ。
*
時間は繰り返される。
死んだ先輩を想って寝て、起きたらやはり十月十一日の金曜日だった。
七回目である。
僕は先輩に告白して、受け入れられて、デートをして、路地裏の雑貨店にて時間をつぶしていたら店員さんが急に暴れ出して先輩を殺した。
*
時間は繰り返される。
死んだ先輩を想って寝て、起きたらやはり十月十一日の金曜日だった。
八回目である。
僕は先輩に告白して、受け入れられて、デートをして、高層ビルの屋上に身を置いた。
ここならトラックが突っ込んでくることも通り魔に襲われることもないと思っていたら……先輩がよっかかった金網が不備を起こして壊れた。
先輩は高層ビルの屋上から真っ逆さま。
地上に激突して死んだ。
*
時間は繰り返される。
死んだ先輩を想って寝て、起きたらやはり十月十一日の金曜日だった。
九回目である。
僕は先輩に告白して、受け入れられて、デートをして、廃墟ビルの二階に身を置いた。
ここならトラックが突っ込んでくることも通り魔に襲われることも落下して死ぬこともないと思っていたら、ビルが崩落して先輩は瓦礫の下敷きになって死んだ。
*
時間は繰り返される。
死んだ先輩を想って寝て、起きたらやはり十月十一日の金曜日だった。
十回目である。
僕は先輩に告白して、受け入れられて、そして遠出することにした。
場所は新幹線で二駅の場所にある観光地。
高級ホテルを予約して僕と先輩は部屋に引き籠った。
ここならトラックが突っ込んでくることもない。
部屋の扉には鍵をかけてるから誰かに殺されることもない。
墜落死することも瓦礫の下敷きになることもない。
今度こそ……と思っていたら先輩が胸を押さえて苦しみだした。
心臓発作だった。
先輩は心不全で死んだ。
*
時間は繰り返される。
死んだ先輩を想って寝て、起きたらやはり十月十一日の金曜日だった。
十一回目である。
僕は先輩に告白して、受け入れられて、そして遠出することにした。
場所は富士の樹海。
僕はアウトドア用品をかついで先輩と共にキャンプをした。
ここなら誰もいないし何もない。
でも先輩はやっぱり心臓発作で死んだ。
*
十二回目の十月十一日の金曜日。
「…………」
僕は絶望故に一睡もできなかった。
それでも朝はきて、小鳥はさえずり、風はなぐ。
チェックメイトだ。
大通りに面していればトラックが突っ込んできてアハト先輩は死に至る。
それを避けても近くにいる人が発狂して先輩を殺す。
それすら避けても不慮の事故で先輩は死ぬ。
それさえも避けたところで心不全で先輩は死ぬ。
「…………」
言葉もないとはこのことだ。
百目鬼は言った。
因果の逆転なんかあり得ない……と。
でもどんなに死因を排除しても最終的に先輩は十月十三日の日曜日の夕方に死ぬ。
どうしようもないことだ。
もし未来が無限だとしても……まるで「諦めろ」と宣告するかのように運命はアハト先輩を殺す。
これ以上……どうしろと言うんだ?
ああ、運命の神様……ここは地獄です。
*
十二回目の十月十一日の金曜日の朝。
「なるほどね……」
朝飯を食べながらこれまでの経緯を話すと百目鬼はそう納得した。
「やっぱり因果の逆転はあるんだよ」
僕は断言した。
だって何をしたところで先輩は死ぬ。
「時間の繰り返しが起こって先輩が十一回死んだと……」
シルバーアクセサリーを弄りながら百目鬼は言葉を紡ぐ。
「それを回避する方法は無いと……」
「うん」
「じゃあ先輩のことは諦めるか?」
「無理だよ……」
僕は疲れ切った声で、しかして反発した。
「先輩は……僕にとって大事な人で……死ぬことなんて……許せない……」
ギュッと拳を握って絶望に耐える僕。
「はふ……」
と百目鬼は吐息をついて、
「俺は運命否定論者だ」
と宣言した。
「それは聞いた」
「ああ。だろうな。だが言わせてくれ。俺は運命否定論者だ」
「うん。知ってる」
「だから先輩が死ぬことは絶対に運命のせいだとは思わない」
「…………」
「先輩の人生が十三日の死に収束しているとは思わない」
「…………」
「一挙手一投足の等しい運命が無いのなら、必ず先輩を助ける手段があると思う」
…………。
「でも……」
僕は言う。
「鍵をかけた部屋で引き籠っても……誰もいない樹海に潜んでも……先輩は心不全で死んでしまうんだ……」
「お前なぁ……。もうちょっと思考を柔軟にしろよ」
呆れたように百目鬼は言う。
「柔……軟……?」
問う僕に、
「ああ」
と頷く百目鬼。
「柔軟って……言われても」
「あのなぁ……何で先輩が死ぬのが運命のせいになってるんだ?」
「だって……どんなに死因を除いても先輩は死ぬんだ」
「だからそれが間違ってるって言ってんだよ」
…………。
「……どういうこと?」
「お前は……お前の記憶においては時間を繰り返してんだろ?」
「そうだね」
僕の……。
「僕の記憶だけがリセット現象から逃れられている」
何故なのかはわからないけど。
「それがお前の想いゆえなのか……それとも別の要因なのかはわからん。けれどお前は記憶をそのままに十二回も同じ時間を繰り返している」
「そういうことだね」
「はぁ……」
と盛大に溜め息をつく百目鬼。
「ここまで言ってまだわからんのか」
「?」
僕はクネリと首を傾げる。
「僕が好きなのはSFじゃなくて冒険活劇だよ? ファンタジー&バトル。勧善懲悪がモットーだ。小難しいことはわかんないよ」
「じゃあ問うが今お前は異常な状況に置かれているのはわかるか?」
「それはまぁ……」
……ねえ?
「僕の記憶だけが時間の繰り返しに適応していないのは不可思議だとは思うけど……」
「ならわかるはずだろ」
「何が?」
小難しいことを考える頭は持ち合わせていない。
「九十九……お前……リセット現象はお前自身のスーパーパワーによるものだと思っているんだろう?」
「そうだね……」
先輩の死を回避したいという僕の意志が時間を巻き戻していると考えるのが妥当なんじゃないかな?
「じゃあ先輩が死ぬのもスーパーパワーに因るものだとは思わんのか?」
そんな百目鬼の言葉に、
「……っ!」
僕は絶句した。
「それは……!」
考えてもいない考察だった。
「いや、でも……待って待って待って……!」
僕は慌てる。
「先輩の死がスーパーパワーに因るもの?」
「お前の言うスーパーパワーが万能なモノだとするのなら……可能性としての考慮には値するんじゃないか?」
味噌汁をすすりながら百目鬼はあっさりと言う。
「先輩を殺そうという意思があって……それ故に……だからこそ先輩は殺されてしまうって言うの?」
「その可能性もあるって話だ」
どこまでも淡泊に百目鬼。
「運命論よりよほど理にかなっていると俺は思うがね」
「…………」
沈黙する僕。
僕が先輩の死に納得がいかなくてやり直しているように……誰かが先輩の死を望んでいる……のだろうか?
「それなら……先輩がどんな状況で死ぬのも納得できる……」
「スーパーパワーがあると仮定したらの話だがな」
百目鬼はやっぱり冷静だ。
代わりとばかりに僕は焦る。
「いったい誰が! 何のために!」
問い詰める僕に、
「知るかよそんなもの」
百目鬼はシルバーアクセサリーを弄りながらあっさりと言うのだった。
ですよねー。




