九十九とアハト02
「……昨日の『聖痕のガングリオン』は面白かったね」
登校中。
昨夜のアニメの話をふってくる四月朔日。
一人だけ歩幅が違う四月朔日はよちよちと歩行と走行の間で必死に僕らに並ぼうとしているのがまた可愛らしい。
「ああ、ガングリオンが暴走して敵を吸収するところなんかマジで興奮したな」
百目鬼が話に乗る。
こっちはこっちでジャラジャラと歩くたびにシルバーアクセサリーが鳴る。
「来週ガングリオンの覚醒でしょ? 楽しみだね」
僕がそうしめる。
それから作画があーだこーだ。
OPの歌手があーだこーだ。
EDのコンテがあーだこーだ。
そんな些末事を語りながら僕らは歩き、トレーズ学園に辿り着き、その正門をくぐる。
時間は八時十五分。
寝坊したにしては悪くない時間だった。
全ては四月朔日のおかげだろう。
トレーズ学園の昇降口にて僕と四月朔日と百目鬼は外靴から上履きに履き替える。
そして、トントンと爪先で床を蹴りながら上履きの具合を確かめた後、通路に目をむけた僕は、
「……っ!」
絶句した。
あるいは……絶句せざるをえなかった。
言葉もないとはこの事だった。
僕は昇降口に繋がる通路を歩く一人の女生徒に目を奪われてしまった。
その女生徒は……一切傷の無いブロンドのロングヘアーを持ち、憂いをおびた碧眼を持ち、そしてミケランジェロでも再現不可能なほどの美しき顔立ちを持っていた。
その現実離れした外国人らしき女生徒は紺色のブレザーに灰色のスカートというトレーズ学園の女子制服を着ていることからここの生徒であることは間違いなかった。
と、
「……っ!」
「…………」
僕と異国の女生徒とが視線を交わす。
金髪碧眼の美少女はペコリと僕にお辞儀をして、そしてまた廊下を歩き始めた。
僕はいてもたってもいられなくなって、
「ちょ……ま……!」
異国の美少女を追いかけた。
「……九十九ちゃん?」
「おい九十九」
そんな四月朔日と百目鬼の言葉を振り払って、僕は必死に異国の美少女を追いかける。
相手は歩いていたので追いつくのは簡単だった。
「あの……!」
僕は異国の美少女の名前もわからず半端な言葉で呼び止める。
異国の美少女は歩みを止めると、その長い金髪を華やかに振るって僕へと振り返り、
「なんでしょう?」
と問いかける。
「えと……あの……別に……用があるってわけではないんですけど……何言ってるんだろうな……僕は……」
しどろもどろに言葉を紡ぐ。
「わかっていますよ。落ち着いて話してくださいな」
異国の美少女はその碧眼を憂いに染めながら、僕に深呼吸を促す。
「すー……はー……あの!」
「なんでしょう?」
「放課後……屋上で待ってます……! ぜひ来てください……!」
一年分の勇気を振り絞って僕はそう言った。
いまどき屋上って……。
そんなベタな……。
なんてことを思いながら後悔の念は不思議とわかなかった。
異国の美少女はというと、
「放課後に屋上ですね。わかりました」
快諾して一つ頷き、
「では……」
と言って僕に背中を見せて歩き出す。
僕はその背中にさらに声をかける。
「あの……!」
そんな僕の言葉に、
「…………」
振り返りはしないものの異国の美少女は歩みを止めた。
「名前を聞いてもよろしいでしょうか?」
名前も知らないのに屋上に呼び出したのかよ、なんて思わなくもないけど……とにかく僕のカルテジアン劇場は灼熱の熱量でいっぱいになって、そんなことを考慮する余裕は僕にはなかった。
そんな僕のある意味失礼な誰何に、
「アハト……です……」
とだけ名乗って金髪碧眼の美少女……もといアハトさんは歩き去った。
「アハト……」
僕はアハトさんの名前を呼ぶ。
それだけで何か心臓の辺りがポカポカするのだ。
この感情は何だ?
なんと名前をつければいい?
なんで僕はアハトさんを必死に追いかけたのだろう?
なんで名も知らなかったアハトさんを僕は屋上に呼び出そうとしたんだろう?
わからないことだらけだったけど、不思議と悪い気はしなかった。
と、そこに、
「やるじゃねえか九十九! アハト先輩にこなかけるたぁな!」
百目鬼がそうからかいながら僕の首に腕をまわしてきた。
「アハトさんって先輩なの?」
「あ? お前アハト先輩が誰だかも知らないで声かけたんか? 制服のリボン見たろ。二年生じゃねえか。俺達一年生にしてみれば先輩……しかも高嶺の花だぜ?」
「アハト先輩……って……先輩なんだ……」
「お前……本当にアハト先輩のこと知らんの?」
「うん。今日初めて見た」
「マジか! 二学期に転校してきて話題掻っ攫った人だぞ? 本当に耳のはしにも引っ掛かってないのか?」
「うん。初めて知った。あんな綺麗な人がいたんだね」
「それなのにいきなり屋上かよ。結果はわかっちゃいるがその勇気には敬意を表するぜ」
「うう……」
後悔はないけど言い様もない不安で僕は低く唸る。
結局放課後に屋上へ呼び出して僕は何がしたいんだろうね?
いや、一つしかないんだけどさ。