絶望のバスチーユ01
こうなるともう信じざるを得ない。
時間が巻き戻ったにしろ宇宙が再構築されたにせよ、何かしらの原因があって世界がリセットされているということを。
四月朔日も百目鬼も今日が十月十一日の金曜日だと信じて疑っていない。
テレビを見ても十月十一日の金曜日だと表示する。
つまりこれは……今日は四回目の金曜日なのだ。
何故こんなリセット現象――(僕の造語である。念のため)――が起こるのか?
いくら頭を捻っても出てこない。
リセット現象であることは既に三回目の時点でアハト先輩から聞いている。
一回目に初めて先輩を知り告白したことを今でも鮮明に思い出せた。
そしてここに疑問が残る。
このリセット現象に置いて……何故か僕の記憶だけがリセットから逃れられているということだ。
何故だろう?
唸っても答えは出ない。
と、そんなことを考察しているとピンポーンと玄関ベルが鳴った。
出迎えると四月朔日と百目鬼が玄関に立っていて、そして四月朔日と百目鬼は僕が起床していることに心底驚いていた。
失礼な奴らである。
無論、気持ちはわからないでもないけども。
「……ちょっと待っててね。……九十九ちゃん……百目鬼ちゃん。……すぐ朝ご飯作っちゃうから」
エプロンを巻いて奥さんよろしく甲斐甲斐しく僕と百目鬼の世話をするのが四月朔日なのである。
そんな四月朔日が淹れてくれたインスタントコーヒーを飲みながら、僕は同じくコーヒーを飲んでいる百目鬼に話をふった。
「ねえ百目鬼」
「なんだ?」
「時間が可逆的だって言われて信じる?」
「信じるぞ」
「え? 信じるの!?」
目をむいて驚く僕だった。
「そりゃお前……時間に関して俺たち地球人類はまだ学問を成立させるに至れていない。なら可能性としてなら考察に値する」
なんとも百目鬼らしい言葉であった。
「じゃあさ」
僕は次の質問に移る。
「時間がリセットされるって現象を信じる?」
「可能性としてなら考察に値する」
同じ返答をする百目鬼だった。
「…………」
実際に時間がリセットされていることをどう話そうかと僕が悩んでいると、百目鬼がコーヒーカップを傾けながら問う。
「何かあったのか?」
鋭い。
「まぁ何かはあった……」
「何があった?」
「馬鹿げた話だから話半分に聞いてほしいんだけど……」
「前置きはいい」
「時間がリセットされてるんだ」
「ほう」
興味深げな眼で僕を見る百目鬼。
そして冷静に問うた。
「その根拠は?」
「僕はもう三回もリセットの憂き目にあってる」
「何故そう断言できる?」
「僕の記憶だけが時間のリセットから逃れているから」
「ちなみに今は何回目だ?」
「今日で四回目」
「何時にリセットされて何時に再スタートが始まる?」
「正確な時刻はわからない……ただ十月十三日の日曜日の夜にリセットされて、十月十一日の金曜日の朝に再スタートが始まる」
「その三日間がループしている……と?」
「そういうことだね」
「なんのために?」
「それは僕も知りたい」
諸手をあげて降参する僕に、
「ふぅむ……」
とコーヒーカップをダイニングテーブルに置いて、意味深な表情で悩むさまを見せる百目鬼だった。
それから百目鬼は言った。
「さらに問うぞ」
「僕のわかる範囲でお願いね」
「お前は何でリセットの適用から逃れられている?」
「わからない」
「じゃあお前は何か時間が戻ってやり直したいことはあるか?」
「……ある」
躊躇いがちに僕は言う。
「それは?」
「アハト先輩を救いたい」
「アハト先輩? 救う? 何から?」
「今までの三回における三日間でアハト先輩は十月十三日の日曜日の夕方に死んでしまっている……」
「ほう」
動じない辺りは百目鬼らしい。
「僕は先輩を救いたい」
「なして?」
「僕は先輩が好きだから」
「ラブ? ライク?」
「ラブだよ。愛してる」
「つまりなんだ……。お前が先輩を好きで、その先輩がまるで運命のように死ぬと。そしてお前はそれを助けたいと。愛故に」
「そういうことだね」
「ならお前が時間のリセットを行なっているのか?」
「そう考えるのが妥当ではあるけど……僕にそんなスーパーパワーがあるとはどうしても思えないところ……」
「そりゃそうだ」
ケラケラと笑う百目鬼だった。
他人事だと思って気楽に笑ってくれる。
いや……他人事なんだけどさ。
「まぁお前にスーパーパワーがあるかどうかは別にして、お前が基軸になっているのは間違いなさそうだな」
「なんでさ?」
「お前の記憶がリセットの対象になっていないから」
……それは……そうだけど。
「仮にだよ百目鬼……」
「なんだ?」
「僕にスーパーパワーがあったとして……それが原因でリセット現象が起こっているとしたら……僕は先輩を助けられると思う?」
「可能だろう」
…………。
「あっさりと言うね」
「だって俺は運命否定論者だからな」
「でも三回が三回とも失敗してるんだよ?」
「なら百回でも千回でも一万回でも繰り返せよ。そうするだけの状況がお前にはあるんだろう?」
「それは……そうだけど……」
「要するこれは根気の勝負だろう? お前が諦めるか……あるいは先輩を無事保護できるか……そのどちらかで決着のつく現象じゃないのか?」
「言われてみればそうだね……」
「ならやることは一つだろう?」
「うん」
一つだ。
僕は僕の愛しいアハト先輩を救う。
そしてリセット現象を止める。
そうする以外の道なんて無い。
僕は先輩の事が好きだから……。
それからアレコレと百目鬼と論じ合ってると、
「……九十九ちゃん……百目鬼ちゃん……朝ご飯だよ」
と四月朔日が朝ご飯を持ってきてくれた。
今日の朝ご飯は白米に味噌汁に納豆にサラダだった。
規則的な朝ご飯である。
僕らは、
「「「いただきます」」」
と合掌して、それから朝食に取り掛かった。
朝食をとりながら四月朔日が問うてきた。
「……九十九ちゃんと百目鬼ちゃん……難しい話してたね」
「まぁ色々あってね」
肩をすくめる僕。
「九十九に好きな奴が出来たらしいぜ」
からかうように百目鬼。
「……っ!」
四月朔日は箸を止めて驚いた表情を作る。
「……本当なの……九十九ちゃん?」
「本当だよ」
「……誰?」
「アハト先輩」
「アハト先輩って……あの……?」
「多分……その……」
「……アハト先輩……綺麗だもんね」
「うん。惚れるに余りあるね」
「……そっか。……九十九ちゃん、好きな人できたんだ」
「あはは。あくまで片想いだけどね」
「……想いを伝えたりするの?」
「うん。まぁ。今日告白しようかって思ってる」
「……早いね」
「先輩の事が好きで好きでしょうがないから。告白しないって道は選べない」
そうだ。
初めてアハト先輩を見た一回目の金曜日……。
僕はアハト先輩に心を奪われたのだ。
こんなにもアハト先輩は僕の慕情を攻めたてる。
まったく……罪深い感情である。
「……そっか。……九十九ちゃんが……アハト先輩を好き……か。……それは予想できなかったなぁ」
四月朔日はどこか憂いを帯びた表情でそう言うのだった。
僕は少し考え込んだ後、
「もしかして四月朔日も先輩のこと好きなの?」
そう問うた。
「……ううん。……別にそんなことないよ?」
フルフルと首を振って否定する四月朔日。
「そっか。悲しそうな顔をするから四月朔日もそうじゃないかって思っちゃった」
僕の先走りだったらしい。
「でもよかったよ」
「……何が?」
「四月朔日がライバルだったら僕なんか敵わないし」
「……そんなことない。……九十九ちゃんは……かっこいいよ?」
「お世辞でもありがとう」
「……世辞じゃないのに」
どこか不満そうに四月朔日。
「ま、これで九十九が色恋にふけってくれるならいい傾向になるんじゃないか? なんせ俺や四月朔日と違ってそんな経験がないからな」
耳が痛いよ……百目鬼。
僕は朝食をとりながら唸った。
「……でも……そっかぁ」
と、これは四月朔日。
四月朔日は感慨深げに言った。
「……九十九ちゃん……好きな人が出来たんだね」
「まぁね」
味噌汁をすすりながら僕。
「……じゃあ……これまで通りとはいかないのかな?」
「そんなことないよ……。四月朔日や百目鬼は僕の大切な親友だから蔑にすることはありえないよ……」
そう言う僕に、
「そんなことのたまう奴ほど慕情に沿って友情を蔑にするんだよな」
からかうように反論する百目鬼だった。
「…………」
僕は沈黙するしかなかった。
実際、二回目と三回目の金曜日の昼休みは……友情を蔑にして慕情を取ってしまったからである。
でもさ。
しょうがないことでもあるとは思わない?




