時間のバスチーユ08
「というわけで……デートすることになりました」
「何が、というわけで、だ?」
「まぁ色々あって……アハト先輩がデートしようってさ……」
「ふーん」
興味無さそうに百目鬼はそう言ってカレーを食べるのだった。
「……九十九ちゃん……デートするの? ……アハト先輩と?」
「まぁねぇ~」
「どうせまた先輩が死ぬんだろ? 諦めれば?」
「そんな悲しいこと言わないでよ百目鬼。運命否定論者の言葉じゃないでしょ」
「と言われてもなぁ」
カレーを一口。
「仮想体験じゃないことが証明された時点で俺はお手上げだ。実際にお前の体験はあって、時間が巻き戻ったのか宇宙が再構築されたのかって有り得るか? そんなこと……」
宇宙の 法則が 乱れる!
「でも確かに僕は一回目の世界で初めて先輩を知ったんだよ?」
「アハト先輩は学園のアイドルだろう? お前の表層ではない無意識の記憶の中に先輩のソレがあったんじゃないか?」
それはまぁ……否定できないけど。
カレーを一口。
「ま、俺にはどうでもいいことだな。明日のデート……頑張れよ」
「あ、うん……その件なんだけど……」
「なんだ?」
「デート用の服って僕……持ってないんだ。この前みたいに貸してくれないかな?」
「そうか。これが初……じゃないか……三回目のデートだもんな。いいぜ。貸してやるよ。俺がお前を着飾らせてやる」
「友情に感謝するよ」
「なに。友達だしな……俺らは……」
僕と百目鬼はカレーを食べるのだった。
中略。
次の日。
「ピピピ! ピピピ! ピピピ!」
とがなり立てる目覚まし時計によって覚醒させられた。
「ん……」
僕はそんなうるさい目覚まし時計を沈黙させて、
「……くあ……」
と欠伸をした。
自分がベッドの上に寝そべっていることを確認して、
「おやすみなさい」
と独りごちて二度寝を決めた。
そこに、
「なにやってやがるアホウ」
なんて声と共に強烈な痛みが僕を襲った。
「くぁwせdrftgyふじこlp!」
僕は痛みに悶え苦しみ、打たれた人中を押さえた。
完全に目が覚める。
「何するのさ百目鬼……!」
不満を口にする僕に、
「今日は先輩とデートだろうが」
呆れながら百目鬼。
「そういえばそうだったね……」
僕は素直にベッドから降りて意識を確かにする。
「早くダイニングに来い。四月朔日が昼飯を用意してるぞ」
そんなこんなで僕は四月朔日の作った昼食を食べて、それから百目鬼の城に入り、百目鬼の勝負服を貸してもらった。
ついでに髪型もワックスで調整してもらい、いつもと違う自分になった。
そしてアハト先輩との待ち合わせである駅前に行く。
僕は集合時間の三十分前に着いたけど、既にアハト先輩は来ていた。
「待ちましたか?」
と問う僕に、
「いいえ」
と答えるアハト先輩。
それから僕とアハト先輩は電車に乗って一回目と二回目の時間にも来た水族館へと足を運んだ。
そこで和気藹々と水生生物を観察し、水族館を出た後、百目鬼に教えてもらったお洒落なカフェに腰を落ち着けて僕とアハト先輩は会話をした。
それは今日のデートのことだったりや時間の繰り返しのことであったり。
ともあれ僕はよく喋ってアハト先輩もよく喋った。
中略。
次の日。
十月十三日の日曜日。
僕はまた昼まで眠っていたところを百目鬼に叩き起こされて、意識を覚醒させた。
「お前、今日も先輩とデートだろ?」
「あー……そうだった。起こしてくれてありがとう百目鬼」
「わかりゃいいんだ」
僕はまた四月朔日の作ってくれた昼食を食べて、それから百目鬼に着飾ってもらった。
なんか友情に頼ってばっかりだなぁなんて僕が呟くと、「友情は見返りを求めない」と四月朔日と百目鬼が口をそろえて言うのだった。
そして僕と先輩はカルテジアンシネマの前で集合し、今流行のロマンス映画を見た。
艱難辛苦を乗り越えて、すれ違いもあったけど、ヒーローとヒロインは最後にキスをして……そこで映画は終わった。
カルテジアンシネマを出た後、
「いい映画でしたね」
と心底嬉しそうにアハト先輩が感想を述べた。
異論はない。
多少ハリウッドがかっていたけど悪くない映画ではあった。
「せっかくですからどこか店に入りませんか?」
というアハト先輩に頷いて、僕らは大通りを歩いた。
「スパイクナルドバーガーなんてどうです?」
「いえ、あそこは……」
止めましょうと言う僕。
わざわざ先輩が死んだ場所で食事する気にはならない。
「それもそうですね」
と納得してアハト先輩は大通りから外れた小路に歩を進めた。
そして……僕とアハト先輩が入ったのはとある雑居ビルの二階にあったメイドカフェだった。
二階ならトラックが突っ込んでくる事はあるまいという僕とアハト先輩の判断である。
僕と先輩はメイドカフェの席に腰を落ち着けて、メイドさんに日替わりケーキセットを頼んだ。
それから僕の時間ループについて……特に僕が何故記憶を継続できているのかについて話しあった。
ケーキを食べ、紅茶を飲み、話に結論が出ずに困り果てたところに、
「全員静かにしろ!」
そんな怒号と、それから銃声と共に強盗がメイドカフェに押し入ってきた。
僕とアハト先輩の席は窓際だ。
窓から地面を見下ろすとそこには警察が大挙して押し寄せていた。
「なんの冗談だろ……これ……」
焦る僕に、
「ただの籠城でしょう。すぐにかたがつくはず。気にすることではないですよ」
そう言ってアハト先輩は細々とケーキを食べ続けた。
そんなアハト先輩の言葉に、
「なんだとてめぇ!」
と強盗が過敏に反応した。
「俺は好きでこんなことしてるわけじゃねえんだぞ!」
そして強盗は自分がいかに恵まれないかということを熱弁した。
しかしてアハト先輩は、
「それならば正規の手順を踏んで救ってもらうべきでしょう? 銃を持って卑下しても意味はないですよ?」
恐いものが無いかのようにそう反論した。
「てめぇ! そんなに死にたいなら殺してやるよ!」
吼えた強盗が銃のトリガーを引いた。
そして額に穴をあけてアハト先輩がサクリと死んだ。
それからのことはあまり覚えていない。
ただアハト先輩の死に対して悲しみにくれてベッドに寝転んだ後の次の日の朝、予想通り……僕の情報端末は十月十一日の金曜日を示していた。




