時間のバスチーユ06
朝食を終えると僕と四月朔日と百目鬼は学校制服に着替えてトレーズ学園に向かって登校した。
「……九十九ちゃんは……じゃあ二回もアハト先輩を失ったの?」
「まぁ夢の中で……だけどね」
「……そんなに九十九ちゃんはアハト先輩のこと……」
「うん。大好きだ」
僕は頷く。
「……そう」
寂しそうに四月朔日は呟いた。
校門をくぐって昇降口へと歩みを進める僕ら。
そう言えば一回目の夢も二回目の夢も僕は昇降口でアハト先輩と出会ってがむしゃらに告白したんだよね……。
そう思って上履きを履きながら昇降口から繋がる通路に目をやると……僕はそこで僕の想い人を見つけた。
金髪のロングは繊細なシルクのよう。
憂いの碧眼は宝石のよう。
白い肌は白磁器のよう。
総じて完成された女性としての美を持った美人……アハト先輩がそこにいた。
「……っ!」
アハト先輩が生きている。
それだけで僕の鼓動は早くなる。
ああ……あの映像は現実ではなかった。
だってここにアハト先輩がいて……呼吸をしているのだから。
ふと、
「…………」
「…………」
僕とアハト先輩との視線が交錯した。
そしてアハト先輩は笑った。
それは……その笑顔は……ミケランジェロでも再現不可能な美の集大成とでも言うべき微笑みだった。
「……あ……」
と四月朔日がアハト先輩に気付く。
「ほう」
と百目鬼がアハト先輩に気付く。
僕はというと、
「……っ!」
自分でもどうしようもない衝動に従って、
「先輩!」
とアハト先輩を呼びとめた。
アハト先輩は歩みを止めて僕を見つめる。
交錯した視線を心地よく感じる僕。
アハト先輩の憂いの瞳に吸い込まれそうになる僕に、
「何でしょう?」
とアハト先輩は問うてきた。
「あ……えっと……その……」
僕は躊躇いながら言葉を探し……そして探し当てた。
「アハト先輩……!」
「はい」
「好きです。付き合ってください」
僕がそう言うと、
「……九十九ちゃん」
と四月朔日が、
「九十九……お前……」
と百目鬼が、それぞれ驚いて僕を見た。
そして、
「「「「「……っ!」」」」」
衆人環視が絶句した。
まぁ朝の登校風景に対してサプライズを起こしたのだ。
見知らぬ生徒らがざわめくのはどうしようもないことだろう。
「「「「「……告白?」」」」」
「「「「「……告白だよな?」」」」」
「「「「「……告白だ!」」」」」
衆人環視は僕とアハト先輩に注目し、ざわめきを止めようとしない。
傍観者となる腹づもりらしい。
まぁそれはどうでもいいんだけどね。
僕が欲しいのは衆人環視の評価ではない。
ただアハト先輩の愛だけが欲しい。
肝心のアハト先輩はといえば、
「……うう……うううう……」
碧眼を憂い一色に染め上げて……その瞳から真珠のような綺麗な涙をツーッと流して泣きだした。
あわわ……!
「ごめんなさい! 泣かせるつもりはなかったんです! 僕ごときが言って良い言葉ではありませんでした!」
しかして、
「違います……」
とアハト先輩は否定した。
「違います……。そういうことではありません。この涙は……九十九を否定する涙ではありません」
「そうなんですか?」
「ええ。嘘はつきません。私の愛しい九十九……」
「先輩……僕のことを……!」
「ええ。知っていますよ九十九……。いいですよ。九十九の告白……お受けします」
……はあ。
「その……ありがとうございます……。これからよろしくお願いします……」
「恋人に対して恐縮してどうするのです。もっと遠慮ない言葉でいいんですよ?」
「はあ……」
ポカンとする僕だった。
そしてそれは衆人環視もだった。
「「「「「え……?」」」」」
「「「「「アハトが告白を受けた」」」」」
「「「「「それって……」」」」」
平々凡々の僕と学園のアイドルアハト先輩が恋人になった瞬間だった。
僕もまた信じられないのだけど……やっぱりあの夢は予知夢か何かだったのかな?




