時間のバスチーユ04
さて……。
気付けば放課後。
僕と百目鬼は僕の城のリビングで格ゲーをしていた。
コントローラーでキャラを操りながら僕は言う。
「あのさぁ百目鬼」
「なんだ九十九……」
「僕……明日アハト先輩とデートするんだけどさ」
「ほう」
「僕、デートに行く服持ってないんだよね」
「あいわかった。俺の服を貸してやる。が……服だけじゃ駄目だな。アクセサリーも見繕ってやるよ……」
「感謝」
目を伏せて礼の代わりをすると僕は二十七連コンボで百目鬼のキャラを撲殺した。
「やっぱりゲームじゃ九十九には敵わんな」
それ以外に取り柄が無いもので……。
そんなこんなでゲームに興じていると、ダイニングから声が聞こえてきた。
「……九十九ちゃん……百目鬼ちゃん……御飯だよ」
四月朔日の声だ。
僕と百目鬼はゲームを中断してダイニングへと足を運ぶ。
ダイニングからは香ばしいにんにくの香り。
見れば今日の夕食はペペロンチーノだった。
「わ、美味しそう」
これは僕の感想。
「食欲をそそるな」
これは百目鬼の感想。
そして、
「「「いただきます」」」
と僕と四月朔日と百目鬼は犠牲となった命に感謝を捧げる。
ペペロンチーノを食べていると四月朔日がおずおずと問うてきた。
「……九十九ちゃん」
「なにさ?」
「……本当にアハト先輩と付き合うの?」
「うん……まぁ……現実味はないけど……」
「……アハト先輩のこと……好きなの?」
「うん。大好き」
そう言って僕が二カッと笑うと、
「……そう」
とだけ言って納得する四月朔日だった。
「明日デートするらしいぜ」
と百目鬼。
「……え……本当なの……? ……九十九ちゃん……」
ぽややんと四月朔日は驚愕する。
だから僕は、
「本当だよ」
正直に告げた。
「……どこに行くの?」
「未定」
「……デート……」
「そ、デート」
ペペロンチーノを食べながら僕。
「……九十九ちゃん……格好いいもんね」
「…………」
……はぁ?
「それは嫌味かい?」
「……違う……よ?」
「あてつけ?」
「……それも違う」
「お姉様がたにモテるプリティフェイス四月朔日が言うと皮肉やあてつけにしか聞こえないんだけど……」
「……そんなこと……ない」
「はい。今月四月朔日が告白された回数は?」
「……三回」
「はい。今年僕が告白された回数は?」
「……零回」
「何か言うことは?」
「……ごめんなさい」
よろしい。
「そう言えば四月朔日……今までお姉様がたに告白されたのに一回も受け入れたことないよね……」
「……そうだね」
「僕は偶然と奇跡が重なってアハト先輩っていう恋人が出来た。百目鬼は今二人の女子と付き合ってる」
「…………」
「この際だから四月朔日も恋人作れば?」
「………………うん」
躊躇うように頷く四月朔日だった。
その瞳に映るのは憂いの表情だ。
「僕、何か酷いこと言った?」
「……ううん。……九十九ちゃんは悪くない」
「ならいいけど……」
それならなんで……。
「それならなんで四月朔日は悲しそうなの?」
「……うん。……まぁ。……色々あって」
「悩みがあるなら相談に乗るよ?」
僕がそう言うと、
「馬鹿かお前は」
と百目鬼が僕を貶めた。
「百目鬼……馬鹿って何さ?」
「誰にも打ち明けられない悩みだから四月朔日は抱え込んでるんだろうが。それも察せないで偽善に走るんじゃねえよ」
「…………」
その通りだった。
「ごめん四月朔日。僕が浅はかだった」
謝る僕に、
「……ううん……九十九ちゃんは悪くない……だよ。……明日のデート……頑張って」
そう答えて寂しそうに笑う四月朔日だった。
*
そして次の日。
十月十二日の土曜日。
僕とアハト先輩は水族館でデートをした。
そのデートの最中、僕はアハト先輩に僕の悪夢を語った。
それは希望と絶望の吐露だ。
僕はアハト先輩を屋上に呼び出して告白したこと。
アハト先輩がそれを受け入れてくれたこと。
そしてデートをしたこと。
……そして……アハト先輩が死んだこと。
全てを語った。
アハト先輩は文句も言わずに滔々と語る僕の言葉に耳を傾けた。
僕とアハト先輩は百目鬼が教えてくれたお洒落な喫茶店に腰を落ち着けて、それから僕は悪夢の内容にピリオドを打った。
「私と付き合って、私と死別した夢ですか」
「はい」
否定しようもない。
「良い夢でしたか?」
「結末以外は。最後のせいで悪夢となりましたけど」
「ならよかったです」
アハト先輩はニッコリと笑った。
金髪のロング。
憂いの碧眼。
ブランド物のカジュアルな服装も似合っている
やっぱりアハト先輩は完璧だ。
「それにしても……私が死ぬ夢……ですか」
「夢だから良かったですけど」
「もし夢じゃなかったら?」
「僕もウェルテル効果に魅せられます」
「困ったなぁ」
ポリポリと人差し指で頬を掻くアハト先輩。
「できれば九十九には死んでほしくないのですけど」
「なら先輩も死なないでください」
「極力努力はします」
そう言ってアハト先輩はニッコリと笑うのだった。
その碧眼に憂いをたたえたまま。
*
また次の日。
十月十三日の日曜日。
僕とアハト先輩はやっぱりデートをしていた。
幸せの悲鳴とは僕のためにある言葉だ。
とまれ、
「九十九はゲームが得意ですのね」
「他に取り柄が無いんですよ……我ながら笑っちゃいます」
ゲームセンターで僕らはデートを楽しんだのだった。
「いえいえ。サブカルチャーを楽しむのは人生の基本則の一つですから」
そう言ってウフフと笑うアハト先輩。
それから、腕時計で時間を確認しながら、
「いい時間ですね」
とアハト先輩は言う。
「どこかに入って落ち着きましょうか」
「はい……」
そして僕らは繁華街の大通りを歩く。
「あそこなんてどうでしょう?」
そう言ったアハト先輩が指定したのは、
「スパイクナルドバーガー……」
パックの愛称で有名なハンバーガーチェーン店だった。
「いや、あそこは止めましょう」
狼狽えながらそう言う僕に、
「……?」
クネリと首を傾げるアハト先輩。
「何故です?」
「僕が見た悪夢の内容は話しましたよね」
「はい」
「あの店は……アハト先輩が死んだ場所なんです」
「なるほど。それは縁起が悪いですね」
「はい……。ですから別の場所にしてもらえると……。万が一にも夢の内容が実現してしまうと僕としても立ち直れそうにありませんし」
「見捨ててくれて……見切ってくれてもいいんですよ?」
一瞬、
「…………」
アハト先輩の言ってることがわからなかった。
それを理解した後、
「まさか……」
僕はハンズアップをした。
「先輩は僕の全てです。僕は先輩を愛しています。先輩が死ぬなら僕も死にます」
それほどまでに僕は先輩を愛してしまっている。
「ではフライドチキンにしましょう」
先輩はフライドチキンのチェーン店を指し示した。
同意する僕。
スパイクナルドバーガーと同じく大通りに沿った店だった。
僕とアハト先輩はフライドチキンを頼んで席につく。
フライドチキンを頬張って僕とアハト先輩は「美味い」と評した。
それからアハト先輩が聞いてきた。
「どうでしたか? 九十九……」
「何がでしょう?」
「私とのデート……のことですけど」
「光栄でした」
「そうですか。私も光栄でしたよ?」
そう言ってニッコリと微笑んだアハト先輩の……その席に向かって……巨大なトラックが突っ込んできた。
アハト先輩はその大質量の突貫の前に……幼児の癇癪によって壊された人形のように……関節をありえない方向に曲げて……血を吐き出して……死んでしまった。
えーと……え……?
どういうこと?




