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時間のバスチーユ03


 僕とアハト先輩が付き合いだしたという情報は、その日の内に校内を駆け巡った。


 当然だろう。


 今年の二学期から転校してきて話題を掻っ攫った張本人である。


 そのアハト先輩が僕という凡人の告白を受けた。


 噂話としてこれ以上のエンターテイメントはあるまい。


 僕の教室には、


「あのアハトさんと付き合い始めたのはどこのドイツだオランダだ」


 という興味本位で顔を出す野次馬であふれた。


 そして僕を見て、


「…………」


 沈黙するのだった。


 まぁ気持ちはわからないでもない。


 何故僕ごときの告白を先輩は受け入れたのか。


 それは僕にもわからない。


 けれど夢の続きだろうとなんだろうと僕はアハト先輩と付き合いだして、恋仲になったのだった。


「…………」


 僕は衆人環視の侮蔑と嫉妬の視線を無視して、机に頬杖をついた。


 すると、


「……九十九ちゃん」


 と四月朔日が声をかけてきた。


 ちなみに今は昼休み。


 四月朔日の手には重箱が。


 僕と四月朔日と百目鬼のお弁当である。


「……お昼……食べよう?」


 と言って、四月朔日は重箱を僕の机に置いた。


「九十九……」


 と百目鬼も僕の机に寄ってくる。


「マジでビビるわぁ。あのアハト先輩をおとすなんて」


 心底面白そうに百目鬼はからんできた。


 まぁ僕とアハト先輩とではつり合いがとれないのは承知している。


 けれど、


「恋人なら百目鬼だっているじゃないか。それも二人も」


「そりゃあ……まぁそうだけどよ。そんな十把一絡げとは次元が違うだろう? アハト先輩は……」


 確かに。


 それは納得せざるを得ない。


 と、


「おーい。九十九」


 と、四月朔日でも百目鬼でもない声が僕らの教室に響いた。


 それは凛と鈴ふる澄み切った声だった。


 声のする方を向くと、


「九十九……」


 ヒラヒラと手を振るアハト先輩がそこにいた。


 相も変わらず美しい……金髪碧眼の異国美人。


 僕は四月朔日の重箱からアハト先輩に意識を移して、それからアハト先輩の待つ教室と通路の間の扉までふよふよと近づく。


 アハト先輩は屈託なく笑う。


「すみません九十九……。友達とお話し中でしたか?」


 そんなことを気にかけるアハト先輩に、


「いえいえ。単なる雑談です」


 僕は謙虚に答える。


「それで先輩……何の用でしょう?」


「九十九……」


「はいな」


「九十九と私は恋仲ですよね?」


「そうですね」


「ですからお昼をご一緒しましょう。これから私と学食でご飯を食べませんか?」


 それは心躍るご提案ですね。


「ちょっと待っててください。友人に話をつけてまいりますので」


 そして僕は一度だけ……僕の席について重箱を取り囲んでいる四月朔日と百目鬼の傍へと寄った。


「四月朔日……」


「……はい」


「百目鬼……」


「なんだ?」


「ごめん」


「……何が?」


「何がだ?」


「今日から僕はアハト先輩と昼食をとることにするから」


 僕は一礼した。


「だから……ごめん」


「……九十九ちゃん」


 四月朔日は悲しそうに僕の名を呼ぶ。


「恋人出来たら親友でも粗末になるって本当だったな」


 百目鬼は皮肉ってくる。


「この埋め合わせは今度必ずするから」


「……別にそんなこと望んでない」


 四月朔日は悲しそうな表情でそう言ってくれる。


「まぁ俺も恋人とデートとかして九十九や四月朔日との予定をすっぽかすことがあるから人のことは言えないんだけどな」


 百目鬼は苦笑しながらそう言ってくれる。


「ありがと」


 僕は言う。


「四月朔日と百目鬼と友達で本当に良かったよ」


 そんな僕の言葉に、


「「…………」」


 二者一様に沈黙する二人だった。




    *




「ではここに座りましょう」


 学食。


 時はいまだ昼休み。


 空いている席を見つけて僕とアハト先輩は対面するように座る。


 僕はカモ蕎麦を、アハト先輩は焼き魚定食を、それぞれもって腰を落ち着ける。


「……では」


 と言ってアハト先輩は一拍した。


「いただきます」


 僕も手を合わせて、


「い、いただきます」


 つっかえながらそう言った。


 そして僕らは食事を始めた。


 けれど味なんてわかりゃしない。


 なにせ極上の美人であるアハト先輩と昼休みを共にしている。


 緊張してしまうのはしょうがないと思う。


 さらに、


「「「「「…………」」」」」


 衆人環視の視線もまた緊張の一端を担っている。


 羨望。


 嫉妬。


 そんな感情が視線に乗って僕を刺す。


 気持ちはわかる。


 なんで僕みたいなとりえのない人間の告白なんかを、あの……学校一の美少女が受けたのだろうか。


 トレーズ学園七不思議に追加しておいてほしい。


「…………」


 何を話すでもなく僕は黙ってカモ蕎麦をすする。


 すると、


「その蕎麦……美味しそうですね」


 アハト先輩がそんな言葉を紡いだ。


「食べますか?」


「食べさせてくださいな」


 そしてアハト先輩は、


「あーん」


 と口を開いた。


「え?」


 僕の思考は真っ白になる。


 食べさせるって僕が?


 アハト先輩に?


 あーん……って。


 狼狽えながらも、僕は蕎麦を箸で掴んでアハト先輩の口へと持っていく。


「んぐ」


 とアハト先輩は蕎麦をくわえるとチュルルと吸った。


「美味しいですわね」


「……はぁ」


「お詫びに私の焼き鯖をあげます。はい、あーん」


 僕の口元まで鯖の身をつまんだ箸をもってくるアハト先輩。


「あの……」


「なんでしょう?」


「周りの人が見てます」


「気にすることでもないでしょう。私と九十九の邪魔が出来るわけでもあるまいし。私達を阻む者なんていはしませんよ。はい、あーん」


「……あ、あーん」


 僕が観念して口を開けるとアハト先輩は焼き鯖を僕の口に入れた。


「美味しいですか?」


「美味しいです……」


 本当は緊張で味なんてわかりません。


「そう。ならよかったです」


 そう言って食事に戻るアハト先輩。


「…………」


「…………」


 僕らはひととき食事にいそしむ。


 衆人環視は先ほどの行いに対してあらぬ想像を広げていた。


 だいたいカモ蕎麦の八割の食べ終えてから、


「あの、先輩……!」


 と僕はアハト先輩に話しかけていた。


「なんでしょう?」


「先輩はなんで僕の突然の告白を受けてくれたんですか?」


 下手をすればフェルマーの最終定理より難しいその疑問に、


「簡単なことですよ」


 アハト先輩はあっさりと言った。


「あなたの本気を汲んだからです」


「僕の本気?」


「はいな」


 夢の中でも聞いた気がするね。


「僕が本気で先輩を愛していると、先輩はそう言うんですか?」


「そうじゃなきゃ告白を受け入れたりしませんよ」


 そりゃそうだ。


「でも僕なんてただのミーハーですよ」


「それは雑多な人間どもの話です。九十九……あなたには適応されません」


 そんなものだろうか?


「そんなものです」


 心を読まないでほしいのですけど……。


「とまれ……私と付き合うことに九十九は抵抗があるのですか?」


 憂いの瞳そのままに、悲しそうにそう問うアハト先輩だった。


「いえいえもったいねえかたじけねえ」


 僕は首を横に振る。


「なら良かったです……。九十九……私と仲睦まじくしてくださいね?」


「はぁ……努力します」


 そう言って僕はチュルリと蕎麦をすするのだった。


 周りの視線が羨望と嫉妬のみならず憤怒まで混じってきた気がするけど、僕は気にしないことにした。


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