時間のバスチーユ02
僕が悪夢の内容を語り尽くした時、ちょうど僕らはトレーズ学園の正門をくぐる瞬間だった。
正門をくぐると同時に、
「なるほどね。あのアハト先輩とデートして、その途中でアハト先輩が死んだ……と」
百目鬼が納得したようにそう繰り返した。
「そゆことそゆこと」
コクコクと僕は頷く。
「しかし聞けば聞くほどリアルな夢だな」
「……ぼくが起こしに行った時……九十九ちゃん……本当に夢と現の違いがわかってなかったみたいだからね……」
「いやお恥ずかしい」
僕は照れて鼻先を掻いた。
「しっかし……アハト先輩とデートした記憶の残留か。何を考えてんだかな」
くつくつと百目鬼は笑う。
「何を考えてるって……アハト先輩と付き合いたいって妄念が夢として具現化しただけのことだと思うけど……」
「そういう意味じゃねえよ」
「じゃあどういう意味さ」
「なんでもねえ」
あっさりと会話を打ち切って百目鬼は足を進める。
僕と四月朔日と百目鬼は昇降口について外履きを脱ぎ、上履きに履き替える。
僕は上履きを履いてトントンと床を爪先で蹴って具合を確かめると同時に、昇降口から通じる通路を向いた。
そして、
「……っ!」
絶句した。
金色の長髪はシルクのよう。
青い瞳は宝石のよう。
白い肌は白磁器のよう。
総じて日本人らしくない異国美人がその通路を通った。
すなわち……アハト先輩が僕の視界をよぎった。
アハト先輩が生きている。
夢の中で死んでしまって……僕を絶望の底に叩きつけた……誰より僕にとって大切な……アハト先輩が生きている……!
僕は衝動に駆られてアハト先輩の背中を追いかけた。
「アハト先輩……!」
僕は通路に飛びだしてアハト先輩を呼びとめる。
アハト先輩は金色の髪を揺らして僕へと振り返る。
その様さえまるで芸術である。
アハト先輩は憂いを含んだ青い瞳で僕を見て、
「なんでしょう?」
と問うた。
僕はといえば、
「あ……う……」
とアハト先輩を前にして緊張して言葉が出ない。
「……九十九ちゃん……」
「九十九……」
四月朔日と百目鬼が僕の名を呼ぶ。
しかしそんなことはどうでもいい。
僕は僕の鼓動に従って動くのだ。
だから僕は言った。
「アハト先輩……!」
「なんでしょう?」
「好きです! 僕と付き合ってください!」
思いっきり大声で叫んでしまった。
宣言してしまった。
ザワリと周囲がざわめいた。
衆人環視が僕とアハト先輩とを交互に見つめて、僕の愚行と……それに対するアハト先輩の反応を見逃すまいと緊張した。
ゴクリと息を呑む音が伝わってくる。
「…………」
アハト先輩はといえば……、
「…………っ」
その憂いに満ちた碧眼から……、
「うう……うううう……」
宝石のような涙を流して呻きだした。
「うううううううう……」
呻くように……悔やむように泣くアハト先輩だった。
それはまるで祈りに思えた。
イエスの磔に祈りを捧げるそれのように思えた。
まるで悔やむような涙。
何故……何故悔やむのです?
しかしてそんな問いをすることはせず、僕は、
「すいません! 泣かせるつもりはありませんでした! ごめんなさい! 僕ごときが先輩に告白すべきではありませんでした!」
あわあわと慌てた。
しかして、
「違います……」
とアハト先輩は否定した。
「違います……。そういうことではありません。この涙は……九十九を否定する涙ではありません」
そう……なのかな……?
「そう……なんですか……?」
「はい。それは……信じてもらうしかありません……」
「信じます……信じます……」
僕はブンブンと首を縦に振る。
「よかった……。急に泣き出して……変な女だと思ったことでしょうね……」
目をこすりながら照れ笑いをしてみせるアハト先輩。
その照れ笑いは、超常的なアハト先輩の美しさに、人間味を付与する……アハト先輩が人間だと証明する笑みだと思えた。
だから僕は言った。
「ともあれ泣かせてすみませんでした。さっきの告白は忘れてください」
けれどアハト先輩は、
「その告白……お受けします」
信じがたい言葉を口にした。
……はい?
僕はわからず首を傾げた。
「ですから、お付き合いをしましょうと言っているんです」
愚かなガキを諭す大人のような口調で先輩はそう言った。
「アハトが告白を受け入れた……?」
「あのアハトが……?」
「こんなこと初めてじゃない……?」
僕とアハト先輩の告白劇を目にした衆人環視が信じられないものでも見る目で僕とアハト先輩を見て、そしてそう呟いた。
「アハト先輩……僕の告白を受け入れてくれるんですか?」
「何を今更。あなたから言い出したことでしょう?」
それはそうなんですけど……。
でも……ねぇ?
プリティフェイス四月朔日やクールガイ百目鬼ならともかく……凡百たる九十九の十把一絡げな告白を、あのアハト先輩が受け入れるなんて……。
僕、明日死ぬのかな?
幸福すぎてそんな考えをおこしてしまう僕だった。
いや、だって……夢ならともかく今は現実だ。
僕はとっさに夢の中の慕情に導かれてアハト先輩に告白しただけなのに肯定されるなんて……誰が思う?
「……では……これから私と九十九は両想いということで。よろしくお願いしますね……九十九……」
憂いの瞳をそのままに、表情だけで笑うアハト先輩だった。
「……九十九ちゃん……」
四月朔日が呆然としてそう呟き、
「ケラケラケラ」
百目鬼は面白そうに笑っていた。
「「「「「…………」」」」」
衆人環視は何が起こったのか理解できないという顔で沈黙した。
それはこの状況を理解しがたいという意味の沈黙だった。
ついでに僕にも理解できなかった。
五分ほど昇降口は沈黙の帳に支配されるのだった。




