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時間のバスチーユ01


 何故……朝日は昇るのだろう……。


 僕にはそれがあまりに憎らしくてしょうがなかった。


 何故……小鳥はさえずるのだろう……。


 僕にはそれがあまりに疎ましくてしょうがなかった。


 何故……雲や風は流れるのだろう……。


 僕にはそれがあまりに煩わしくてしょうがなかった。


 だってそうじゃないか。


 これじゃまるでアハト先輩が死んでも世界は変わらず廻り続けるのだと証明されたようなものじゃないか。


 それがあまりに真実で、残酷で、僕は泣きたくなる。


 今日は十月十四日の月曜日。


 アハト先輩は死んでも学校は平然と運営される。


 アハト先輩が死んでも学生は平然と運営される。


「ちくしょう……」


 僕は布団の中で呪詛を吐いた。


 そうでもしなければやっていられなかった。


 昨日までは確かにいたのだ。


 昨日の映画館では肌の温もりを感じるほど僕らは連れ添ってロマンス映画を見たのだ。


 アハト先輩はそこにいたのだ。


「うう……ああああ………………!」


 アハト先輩……!


 アハト先輩!


 何故急遽アハト先輩に惚れたのか。


 それはこの際どうでもいい。


 でも僕はアハト先輩に惚れたのだ。


 それがいったいどれほど世界にとっては無意味なものでも……僕は……僕だけはそれを大切にしたい。


 だから落ち込む。


 だから悲しむ。


 だから悼む。


 繰り言になるけど、そうでもしないとやってられない。


 僕は痛む節々を無理矢理曲げて布団の中で丸くなる。


 今日にもアハト先輩の通夜は行われるだろう。


 でも僕は行く気はなかった。


 もし僕と違って大した付き合いもない人間が悲しむ素振りでも見せれば撲殺しかねないからである。


 僕にとって先輩が一番で、最初で、最後の恋人だ。


 それ以上の付加価値なんていらない。


 通夜なんてくだらない。


 葬式がどうした。


 そんなことが死者の弔いになると思っている人間こそ馬鹿げている。


 だから僕は布団の中で丸くなろう。


 一人……自分勝手にアハト先輩を悼もう。


 そうすることで僕は僕を慰めよう。


 このまま緩やかに衰弱しよう。


 僕だけが僕だけの先輩の悼み方を表現しよう。


 それがきっと……僕の鎮魂歌だ。


 そんな風に悲哀に魂を染めているところに、ガチャリと僕の私室の扉が開く音がした。


 入ってきたのは当然、


「……九十九ちゃん……朝だよ……起きて」


 四月朔日だった。


 どうせいつものプリティフェイスで僕を起こしにきたのだろう。


 でも、


「起きない」


 僕は断固として拒否した。


「……九十九ちゃん……我が儘は駄目だよ。……学校行かなきゃ」


「行かない」


「……何で? ……眠いから?」


 わかってるくせにとぼけてくれるなよ。


「気が乗らないから」


 僕はここでゆるゆると衰弱する。


 繰り言になるけどそれが僕のアハト先輩への鎮魂歌だ。


「……でも……学生は勉学が本分で……」


「いい加減にしろよ!」


 僕はベッドからガバリと起き上がって四月朔日を恫喝した。


「僕のアハト先輩が死んだんだよ! それがどれほどのことか四月朔日にはわからないっていうの!」


「……アハト……先輩……?」


「そうだよ! アハト先輩が死んだんだよ! アハト先輩がいなくなったんだよ! それなのに僕に学校に行けなんて言うの! 四月朔日は!」


「……九十九ちゃん……アハト先輩と知り合いなの……?」


 …………。


「……はぁ?」


 僕は呆れてそう答えた。


 こいつは何を言ってるんだ?


 僕とアハト先輩が土日にデートしたことも忘れたってのか……。


 しかして四月朔日は、


「……アハト先輩が死んだってどういうこと? ……アハト先輩は死んだの? ……なんでそれを九十九ちゃんが知ってるの?」


「何を言ってるのさ四月朔日……」


「……何を言ってるの九十九ちゃん」


 僕らはどうやら認識を大いに違えているらしい。


「四月朔日……」


「……なに? ……九十九ちゃん」


「僕とアハト先輩が恋仲だったのは知っているだろう?」


「……え?」


 四月朔日はポカンとした。


 そして、


「……えええええええええええっ!」


 盛大に驚いた。


「……九十九ちゃん……アハト先輩と恋仲なの!」


「金曜日にそう言ったじゃないか」


「……金曜日って先週の? ……そんなこと言ってたっけ?」


「言ったどころか土日にはデートまでしたじゃないか……。もしかして覚えてないの四月朔日……?」


「……覚えてないも何も……」


 四月朔日は驚愕しながら言った。


「……先週の土日はぼくと九十九ちゃんと百目鬼ちゃんで新しいゲーム……ドラグーンクエストで遊ばなかった?」


 …………。


「……はぁ?」


 僕は困惑と呆れの吐息をついた。


 それは……ドラグエで遊んだのは……先々週のことだ。


「先々週の話じゃないよ」


 僕は懇切丁寧に説明する。


「先週の金曜日の話だよ。僕とアハト先輩が付き合い始めた日のことだよ」


「……え? ……先週の金曜日に九十九ちゃんはアハト先輩と付き合いだしたの?」


「覚えてないの?」


「……覚えてるも何も……初耳だよ……」


 若年性アルツハイマーにでもかかってるのか……四月朔日は……。


「四月朔日と百目鬼には散々話したじゃないか」


「……そう……だっけ……? ……先週の金曜日ってことは十月四日のことだよね。……やっぱりぼくと九十九ちゃんと百目鬼ちゃんとで遊んだ覚えしかないなぁ……」


 ポリポリと人差し指で頬を掻きながら四月朔日。


 何を言ってるんだ四月朔日は……。


 僕はわけがわからなくなって眩暈を起こした。


 先週の金曜日が十月四日?


 それは先々週の金曜日だよね?


「それは先々週の金曜日だよね?」


「……先週の金曜日は……ぼくの記憶違いじゃなければやっぱり十月四日だよ。……一緒にドラグエしたよね?」


「四月朔日……それじゃあ四月朔日は今日が何日で何曜日だって言うの?」


「……十月十一日……金曜日でしょ?」


「…………」


 ……はい?


 ちょっと待った。


 ……ちょっと……待った。


「十月十一日……? 金曜日……?」


「……うん。……ほら」


 四月朔日は情報端末のトップ画面を表示して僕に見せた。


 そこに記されてあった月日と曜日は……確かに……、


「十一日……金曜日……!」


 まさか!


「っ!」


 僕はベッドの端に置いている情報端末をひったくる。


 そして月日と曜日を確認して、


「……っ!」


 絶句した。


 僕の情報端末もまた十月十一日の金曜日と表示していた。


 十月十四日の月曜日ではない。


 十月十一日の金曜日だ。


 どういうことなのだろう……。


 時間が巻戻った?


 四月朔日にかつがれてる?


 壮大なドッキリ?


「……どうしたの九十九ちゃん……顔色が悪いよ?」


 四月朔日は真剣な表情で僕の心配をする。


 そこに演技は感じられない。


「四月朔日……」


「……なに?」


「今日は何月何日の何曜日だと思う?」


「……またその質問?」


 はふ、と吐息をついて、


「……十月十一日の金曜日だよ」


 律儀に答えてくれた。


「……それより九十九ちゃん。……アハト先輩と恋仲ってどういうこと? ……いつのまにそんな進展があったの?」


 ふくれっ面で問うてくる四月朔日。


 しかしてそんなことに構ってられない。


 僕は私室を飛びだしてダイニングへと顔を出す。


 そこには味噌汁をすすっている百目鬼がいた。


 百目鬼はお椀をテーブルに置くと、


「よう。おはようさん九十九」


 箸を持っている方の手を挙げて朝の挨拶をしてくる。


「百目鬼……!」


「なんだ?」


「今日は何月何日の何曜日?」


「十月十一日の金曜日だろ?」


「…………」


 …………。


 沈黙していると百目鬼が問い返してきた。


「お前は何日だと思ってんだ?」


「十月十四日の月曜日……。間違ってる?」


 答える僕に、百目鬼は目を見開いて、


「……マジか? ……それとも寝ぼけてんのか?」


 驚愕した口調でそう聞いてきた。


 まぁ驚くのも無理はない。


 僕の言動は気が狂っているとしか思えないモノなのだから。


 次に僕はリビングへと戻りテレビを見た。


 朝のニュースは今日が十月十一日の金曜日だと伝えてきた。


「…………」


 四月朔日がかつごうとしているならわからないでもない。


 百目鬼がそれに加担している可能性も無くはない。


 けれど……さすがにテレビ局まで僕一人を騙す必要はないだろう。


 いつの間にか僕に歩み寄ってきた四月朔日が心配そうに、


「……九十九ちゃん……大丈夫? ……熱があるなら病院に行こうか?」


 そう提案してくる。


「いや、大丈夫だよ……。どうやら寝ぼけてたみたいだ……。四月朔日……心配かけてごめん……」


「……本当に大丈夫? ……無理してない?」


「してないよ。ちょっと悪夢を見てね。動揺しただけ」


「……アハト先輩と恋仲になったとか……そういうの?」


「そ。あはは。我ながら笑っちゃうよね。あのアハト先輩と恋仲になる夢なんて……」


「……ううん。……アハト先輩、綺麗だもんね。……夢に出てきてもおかしくないよ」


「まったくまったく」


 自己完結して頷く僕に、


「おい九十九」


 と百目鬼が声をかけてきた。


「なに? 百目鬼……」


「どんな悪夢を見た? 教えろ」


「う~んとね。今日の……つまり十月十一日の朝に僕がアハト先輩に告白して……それから……」


 と僕は滔々と悪夢の内容を語りながら朝の準備を始めた。


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