九十九とアハト01
バッドエンドに向かってまっしぐらに進行します。
苦手な方はご注意を。
「ピピピ! ピピピ! ピピピ!」
うざったい音が耳朶を蹂躙する。
「うう……。うるさい……」
僕は毛布にくるまって騒音からなるたけ逃避する。
「ピピピ! ピピピ! ピピピ!」
それが目覚まし時計のアラームだと認識したのはその五秒後だ。
「目覚まし……起きねば……ねばねば……」
僕は目覚まし時計に手を伸ばす。
そしてアラームを止める。
「これでよし……。おやすみ……」
そしてまた夢の世界に行こうとした僕を、
「……だめだよ九十九ちゃん。……早く起きないと遅刻だよ」
誰かの声が妨害する。
鈴鳴るようなボーイソプラノ。
その声の主は僕の毛布を取り払って、
「……早く起きる九十九ちゃん。……もう朝食出来てるよ」
「うう……いらない……寝かせて……」
「……駄目だよぅ。……今日で今週の学業も終わるから頑張って……!」
「君は僕のオカンか……」
「……違うよ。……ぼくは四月朔日だよ」
んなこたーわかっとる……。
僕は眠気に抗ってまぶたを押し上げる。
黒髪ショートの年齢不相応に幼い外見の十六歳の美少年の顔が網膜に飛び込んできた。
「四月朔日……」
「……うん。……四月朔日だよ」
ニッコリと笑う幼い美少年こと四月朔日だった。
「僕は眠い。寝かせて……」
「……駄目だよぅ。……九十九ちゃんの管理もぼくの仕事の内なんだから。……九十九ちゃんの生活態度を改善するように九十九おばさんにも頼まれてるし……」
「あんなオカンの言うことを愚直に守らんでも」
「……百目鬼ちゃんもダイニングで待ってるよ」
「先に行けって言っておいて」
「……だーかーらー……駄目だって」
四月朔日はペシペシと僕の頬を叩きながら何とか僕を起こそうと努力する。
「……ほれ起きて。……やれ起きて。……さあ起きて」
「金曜日くらい休んだって誰も文句言わないよ。僕は三連休を楽しむ」
「……てい」
と四月朔日は僕のみぞおちに肘を打ち込んだ。
「げうっ」
とっさに呼吸が逆流して僕は完全に目を覚ました。
「何するのさ!」
「……こうでもしないと九十九ちゃん起きないでしょ。……気つけ代わりだよ」
「…………」
たしかに起きれたけども……。
それは無いんじゃない四月朔日さん?
「ほら起きる。朝食出来てるからすぐにダイニングに来てね」
四月朔日はその可愛らしい表情にウィンクを乗せて僕の個室を出ていった。
「ったく。災難だ……」
などと愚痴りながらも僕は立ち上がる。
私室からダイニングに顔を出すと、四月朔日と百目鬼が熱い茶を飲んでいた。
ちなみに茶葉を買って僕の部屋に置いているのは四月朔日だ。
故に「勝手に飲むな」とは言えない立場である。
「よう九十九……遅いご起床だな」
茶を飲み目だけで苦笑するという離れ業を見せながら百目鬼が皮肉る。
百目鬼は一言で言えばチャラ男と呼ばれる人種だ。
ツンツンはねた髪は茶色に染まり、トレーズ学園の制服から多数のシルバーアクセサリーをジャラジャラとぶら下げて、耳にはピアスまでしている。
しかもそんなナリながら成績は超がつくほど優秀というたわけた奴だ。
僕こと九十九と、四月朔日、百目鬼は中学からの付き合いのある……良く言えば幼馴染……悪く言えば悪友だ。
僕は鳥の巣頭に冴えない顔立ちのトレーズ学園の男子生徒。
四月朔日は先にも思った通り、男にしては可愛らしい顔立ちの童顔な同学園の男子生徒で僕のクラスメイト。
百目鬼は先にも思った通り、チャラ男の同学園の男子生徒で僕のクラスメイト。
僕らは三人つるんで馬鹿をやる仲だ。
これまでもそうだったし、これからもそうだろう。
だから親友で悪友だ。
「……はい九十九ちゃん……お味噌汁」
「ん。ありがと」
僕は四月朔日の渡してきた味噌汁の入ったお椀を受け取りダイニングテーブルの席につく。
ダイニングテーブルを見やると朝食が並べられていた。
白飯、焼き鮭、サラダ、そして味噌汁。
簡素だが丁寧で日本的な朝食風景がそこにはあった。
「いただきます」
と犠牲となった命に感謝して僕は朝食を開始する。
「四月朔日ぃ……俺、お茶のおかわり」
「……うん。……百目鬼ちゃん……何のお茶がいい?」
「うめこぶ茶」
「……はいはい」
と言って四月朔日は百目鬼の湯呑みを手に取ってキッチンへと消えていった。
そして既に沸かしてある湯を注いでうめこぶ茶を作る。
できた茶を百目鬼へ。
僕の城のキッチンには無数のお茶のパックや粉モノが常備されている。
全て四月朔日が買ってきて保管しているものだ。
ちなみに僕は自身の城にある自身のキッチン事情をよく知らない。
何故かって?
朝食も夕食も家庭的な四月朔日が作ってくれるからだ。
僕と四月朔日と百目鬼は、幼馴染の縁から三人そろって同じアパート……シルバーハイツに部屋を借りている。
僕が一○三号室。
四月朔日が僕の部屋の隣の一○二号室。
百目鬼が僕の部屋の隣の一○五号室。
僕の部屋を挟むように四月朔日と百目鬼は部屋を借りているのだった。
そして朝食と夕食は僕の部屋……僕の城のダイニングで三人そろって食べるのが通例だ。
ちなみに朝食および夕食を作るのは四月朔日。
四月朔日は僕らの中で家事担当となっている。
日曜日には僕と自身と百目鬼の部屋の掃除をするくらいの奉仕っぷりである。
今日は僕が寝坊したせいで四月朔日も百目鬼も朝食を先に済ませたみたいだけど、本来ならいつも皆で朝食を食べるのだ。
…………。
……うん。
見栄はりました。
三日に二日は寝坊するのでそんなには朝食を御一緒できない僕である。
それでも四月朔日も百目鬼も茶を飲みながら僕を待ってくれている。
素晴らしきかな友情。
僕が足を引っ張っているだけという反論は受け付けない。
閑話休題。
僕は手早く朝食を済ませて私室に戻りトレーズ学園の制服……紺色のブレザーに灰色のパンツ……に着替えると鏡を見る。
冴えない一男子学生が鏡に映った。
四月朔日は可愛らしいから年上のお姉様に人気がある。
百目鬼はチャラ男だがたしかに格好いいので同級生の女子に人気がある。
しかして僕はうだつのあがらない体裁で、恋路に無縁の男子だった。
ちょっと友人にジェラシー。
ま、もう摩耗しているジェラシーだけどさ。
鏡を見て鳥の巣頭をどうにか矯正できないかと弄るも早々に無理だと諦める。
この髪とも十六年の付き合いだ。
……どうしたって僕のアイデンティティとして確立されているのは言うまでもないことである。
「……九十九ちゃーん。……学校いくよー」
ダイニングからそんな声が聞こえてくる。
ちなみに僕らの借りているアパート……シルバーハイツは1LDKである。
僕は学生鞄の中身をあらためて、それから私室から出て、リビングを通り、ダイニングを通り、キッチン兼玄関へと歩を進める。
玄関では四月朔日と百目鬼が待っていた。
今日は十月十一日の金曜日。
今週最後の登校だ。
「……じゃ……いこっか」
四月朔日がそう言う。
「そうだな」
百目鬼がそう言う。
「ん」
僕が頷く。
そして僕らは登校するのだった。