一日目 昼の2
きーんこーんかーんこーん……
HRの後、1時限だけ授業があったものの、全く内容が頭に入らない。
そんな、あれは、あれは、……
「白木くん、白木くん、おーい、おーい」
後ろから呼ぶ声にひゃんとする。
「ひゃぁっ!!……み、瑞樹ちゃ……雨塚」
小柄な赤毛の少女、いままで強く憧憬の対象だった存在が俺を呼んでいた。
「人を勝手に名前で呼ばない!大丈夫?全然ノート取ってないじゃない。私の貸してあげようか?」
そういえば、彼女は俺の後ろの席になったんだった。昨日までの俺にとっては夢のようなシチュのはず……はずなのだが、俺は彼女の親切に即答できなかった。
「もう……あの子見てから上の空よ、ホント大丈夫?」
「あああ、いえ大丈夫です、大丈夫だから」
どう見れば大丈夫なのか、自分でも思いつつ答える。
「へー、それにしてもあの白木くんが一目ぼれかー、へー、やーけちゃーうなー」
言うまでもなく、これはその気がない人間の発言ですよね、雨塚さん。はぁ……
「は、はは……」
「ともあれ、ノート貸してあげるからちゃんと写してね。玲ちんもあんたやまきまきの成績のこと気にしてるんだから」
こういっちゃ悪いが、俺の成績は進学コース組の中で佐田妹と並んでドベである。
「あ、ありがとう雨塚、この埋め合わせはいつかするよ」
「愛とかそういうのはいらないから、ちゃんと物で返してよ」
そんなぁ……
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瑞樹ちゃんのノートを写し終わり、教室も閑散としてきた。卓真たちは用事があって先に帰ったらしいし、俺もそろそろ行くかな。というところで、嶺二が教室に入ってきた。
「おそよう、嶺二」
「お、おはようです起継。なんかさ、佐田妹ちゃんからこれを起継にって」
嶺二は俺に封筒のようなものを手渡すと、そそくさと教室を出て行った。
「?」
なんだ、アイツ?ちょっと挙動がヘンだったな。俺も人の事いえないけど。
人目の付かない階段の裏へ移動すると、その封筒を早速開封し、中の手紙を読んでみる。
「理科準備室で待っています 佐田真希」
……ラブレター?古風なことをするな。というかアイツは卓真が好きなんじゃないのか、よく分からん。
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理科準備室の扉の前に到着した。……誰かが嶺二を使ってからかっている可能性を考慮し、扉の上に黒板消しの罠がないか確認する。
慎重に、少しだけ扉を引くと、これといって仕掛けがしてある様子はなかった。
「白木起継だね、入りなさいな」
中から人の声、だが佐田妹のものではない。
「お邪魔します……」
部屋の中に入ると、そこには女子が3人いた。そのうちの一人、就職コース組の西田朋美が、俺が入ったなりに扉を閉め、鍵をかける。
奥には同じく就職コース組の東畑美樹が、……椅子に縛り付けられた佐田妹と共に待ち構えていた。
「白木くんッ!!」
「お、お前ら、何をしているんだ!?」
東畑は、嫌見たらしい顔で答える。
「ここに来たってことはあのラブレターを見たって事だろ、よかったな佐田真希、あんたみたいなカス野郎でも受け入れてくれて」
俺の背後の西田が、ねっとりとした声で囁く。
「さっ、王子様。お姫様に接吻をくれてやんなまし。もしくはそれ以上しちゃってもいいよ、ヒャハハハハ」
言うとともに西田は俺を佐田妹の方に蹴りだす。
「うわっ」
思わず佐田妹の方に突っ伏す俺。
「気に入らねぇんだよ。なんで赤点常連の手前らが進学コースに行けたんだっての」
そんなことかよ!そんなことで嶺二までダシに使って俺を呼び寄せやがったのか!
「それは、模試の結果だろうが!」
「ハッ、笑わせるな。あんたらが佐田玲子や先公のお気に入りだから行けたんだろうが」
「気に入られる程度の努力も出来ない奴らが何を言う!」
どだい前提がおかしい、こいつ等俺達を裏口でも使ったって思ってんのか。
「とりあえずキスだけでも済ましな。そうすりゃお前さんだけは出て行ってもいいぜ」
「キース!キース!」
東畑が囃し立てる。恐らくはウェブに写真を拡散し、俺達の立場をなくそうという魂胆だろう。
「ふざけるな!佐田妹……真希、お前も嫌だよな、こんな形で、卓真を差し置いてお前の唇を俺……」
「いいよ、白木くん」
佐田妹から意外な一言。
「白木くんが助かるなら、それでいいから」
「お前、もう少し自分を大事にしろ、こんな連中のいう事聞く必要なんかない」
俺はきっぱりと言いきった。
「ふーん、生きて帰れなくてもいいってことだね……」
西田が物騒な事を言い出す。命にかかわることだと?それだったらお前らも退学は免れないぞ。
「やっちゃおうか、美樹。アレを起動して」
「りょーかい、朋美」
そう言うと、東畑は背後のフラスコやビーカーの棚の中に手を入れ、何かのスイッチを押した。
ヴゥゥゥンッ!
ハム音と共に、東畑と西田の姿が変わっていく……!!
*理科準備室 科学実験用の教材が仕舞われている狭い部屋。監禁に丁度いい。
*黒板消しの罠 教室入り口のドアの上部、またはドアと敷居の間に黒板消しを仕込む罠。気づかず教室に入ろうとしたものを襲う定番のトラップである。