一日目 昼の1
‐ 西暦2017年 4月6日 ‐
目が覚めた時、そこは俺の部屋だった。
……あれ?たしか、シリューに人里に案内されて……ええ!?
とりあえず上体をベッドから起こし、俺の腕を見る。……見慣れた、ほそっこい白木起継の腕だ。
これはつまりあれだ、夜食を買い出しに行ったところから全部ひっくるめて夢オチだったって事かよ……
ボロイ畳の4畳半である俺の部屋の下では、母さんが朝食を作る音が聞こえてくる。携帯を開くと時計は7:30を回っていた。
こうしちゃいられない、着替えなきゃ……
―――――――――――――――――――――
父さんと一緒に食パンと目玉焼きを頬張りつつ、デジタルチューナーつきのブラウン管テレビを横目に見る。とくに気を引くようなニュースはやっていない。
母さんはガスコンロでレトルトのミートボールを温めていた。今日の俺と父さん、そして母さんの弁当のおかずだ。
「今日から新学期でしょ?また夜更かしして……いよいよ受験生なんだからもう少し自覚を持ちなさい」
やれやれ、朝からお説教か……クリーニングしたばかりの制服から漂う、日向の匂いをかいで嫌な気分をごまかす。
「分かってるよ。少なくとも専門学校に受かる程度の勉強はしとく」
「そうやって勉強を舐めてるから赤点をとるんじゃない。私達、学費の援助は一円たりとも出来ないから、ちゃんと奨学金が当たる程度の点数はとっておきなさいよ」
「バイト代をちゃんと貯金しておけと言ってたじゃないか」
父さんの言い分ももっともだ。去年、夏休み全部を使って貯めたお金を、ほとんどゲーミングPCに使ってしまったとあっては。……でも、
「俺の稼いだお金は俺の稼いだお金です。使い道は俺が決めます」
そう言い返すと、父さんも納得したようだ。
「ふふ、言うじゃないか。そこまで言うなら学費は大丈夫だろう、お前なりに道筋を立てなさい」
「ちゃんとお勉強も頑張るのよ」
「へいへい」
ささやかな家族団らんの時間。朝食を食べ終えると、俺は藤堂卓真の家へ寄りつつ学校へ向かった。
―――――――――――――――――――――
「いでよ、バハムーチョ!!」
ギャオオオオオオッ!!
高らかなるバハムーチョの雄たけびと共に卓真と佐田真希のスマホの画面が大爆発を映し出し、佐田真希が1ターン目から必死に作り上げたクリーチャーの戦列が崩壊する。コイツら登校途中にスマホでカードゲームなんぞやりおって……
「たっくん酷い……」
やられた方の佐田妹(俺はこう呼び分けてる)の方はかなり不満気だ。ムスッとした顔も結構かわいい、紫がかった(少し染めているのか?)長髪とすらっとした体躯の美少女だ。まあ俺は瑞樹ちゃん一筋なので、卓真から寝とろうなんぞとは思ってないが。
「今の環境でロイヤルなんか使ってる方が悪いんだよ」
悪びれずに言う卓真。こいつこの性格でよくモテるよなぁ、人にはこだわりってもんがあるだろうに。
「はいはいそこまで。二人ともゲームなんかにそんな入れ込んでどうすんのよ。さっさと学校行くわよ、ね、白木君」
そこで俺に話を振ってきたのは佐田妹とおそろいの少し紫がかった髪をショートヘアーにまとめた少女……彼女の双子の姉、佐田玲子だった。妹より少し低い背に、やや引き締まった体は文武両道を絵にかいた彼女の能力に説得力を持たせている。
「クラス委員長どののお達しだ。あんまり入れ込むと遅刻するぞ」
まだ新学期初日なので委員長は決まっていないが、まあコイツにほぼ確定だろう。他に引き受ける奴もいないだろうし。ちなみに今いるメンツは一応全員進学コースで、うちの学年は2クラス、進学コースと就職コースで1クラスずつなのでもう同じクラスなのは決まっている。
「まだドラゴンで3勝のミッションが残ってるんだよ」
卓真は子供のように頬を膨らませた。女受けのいい端正な顔が台無しだぞ。
「ミッション消化なら後でやれるだろ」
「ちぇー、こいつスマホも持ってない癖に」
ムカ。こいついつか友達なくすぞ……
―――――――――――――――――――――
新学期の始業式も終わり、最初のホームルームでさくっと佐田姉がクラス委員長に任じられた。
「……遅刻ギリギリだったせいで嶺二とあいさつする間がなかったな」
有栖川嶺二は就職コースの方である。チャットで明日学校でと言われておいてちょっと気に病むな。
教壇には担任の増島忍先生が今後の予定を話していた。美人で優しい、理想の女教師と男子に人気がある。俺はちょっと化粧がケバくて好みじゃないが。
「それでは、最後に3年次からの転入生を紹介します。ルイ君の親戚ですが、皆さん仲良くしてあげるように」
お、転入生がいるというのは初耳だな。ルイっていうのは布浦ルードヴィヒ=ヘンツェルっていうハーフの子で、佐田姉と並び学年トップクラスの成績を誇る。……布浦?ああそうか、今朝の夢の布浦シリューって子、アイツの血縁者だって設定なんだろうな。
「フィルバーンさん、入ってきてください」
忍先生に促されて教室に入ってきたのは……え、ええ……と、亜麻色の髪を黒いリボンでツーサイドアップに束ねた、翡翠のような緑色の瞳が煌めく美少女だった。
思わず息をのむ。瑞樹ちゃん一筋だった俺が、一目で心を射抜かれた。窓から差し込む朝日が、たなびく髪を煌めかせる。まるで新雪の如き透明感のある白い肌が、世界そのものを明るく照らし出しているようだ。
やがてあることに気づき、冷や汗が全身の毛穴からにじみ出る。強烈な既視感……布浦シリュー……彼女が、成長したら、したらららら……
「静流=フィルバーンです。よろしくお願いします」
流ちょうな日本語と共に、彼女はペコリとお辞儀をした。その相貌が一瞬、俺の方をちらと伺ったような気がした。
心拍数が急上昇する。な、情けない……多分真っ赤っかになった顔を彼女に見られちゃったな、あーあ。
*スマホでカードゲーム 本作で卓真と真希がやっているゲームのモデルは『DCG』といい、紙の『TCG』のゲーム性を簡単にしてコンピューターゲームに落とし込んだものである。TCGではプレイヤー同士の(余分な)カードの交換を前提としたデザインがなされているが、DCGはその代わりとして、余分なカードやダブったカードを何らかのポイントに変換し、いくらか溜まると好きなカードと交換できるシステムが導入されていることが殆どである。作中の年代当時(2016年後期~2017年前期)に最も流行し、その後新カードパックごとのゲームバランス調整の失敗やリアルイベントでの失態などを原因として人が離れていった。