一日目 夜の4
「あ、あああああ……」
引き金を引く、引き金を引く、引き金を……
しかし、もう鳴るのはかちゃかちゃ音だけだ。
「死にさらせぇッ!!」
モヒカンBが再びこん棒で俺の顔面を狙う。
「うわああああッ」
俺はとっさにM1を構えなおし、モヒカンBの喉元を銃剣でぶち抜いた。
ドスッ……グチョリ……
骨に刃がブチ当たる、嫌な感触。奴の白い血が派手に吹き出し、銃剣を伝ってしたたり落ちる。
「こ、これでどうだ……」
だが奴の体の力は抜けない。力任せに振るわれたこん棒は紙一重で顔をそらして回避するが、俺の柔肌が少し削れ、血が噴き出す。
ふつう、これだけ血が出れば失血性ショックで死ぬだろ!?
「馬鹿な、さすがにもう死んでるはず!?」
左右の奴のもう2本の腕から、こん棒が俺の頭蓋骨を陥没させのに十分な速度で迫る。もう回避しようがない!
思わず俺は目をつぶった。
― 刹那
俺の耳に聞こえた音は、俺の頭にこん棒が叩きつけられる音ではなく……
パンッ
乾いた、銃声だった。
目を開けた時、あの亜麻色の髪の少女が、右手に白煙を銃口から上げる拳銃のようなものを持ち、モヒカンBの頭部に突き付けて撃ちぬいていた。拳銃のようなものと言ったのは、それがあまりに異形の存在だったからだ。
「FP-45リベレーター……か?」
前にウィキペで見たことが有る。拳銃というより、単なる「弾の出る機械」だ。まともな塗装もされず鉄色むき出しの武骨な外観は、しかし今は日の光を浴びて鈍く煌めき、不思議と美しく見える。
FP-45は役目を終えると、少女の手からいつの間にか消えていた。
「うっ、ぐ……」
体から緊張感が抜けると、突然、激しい頭痛が俺を襲う。
「グわああああッ!!」
俺の手からM1が零れ落ち、銃剣が地面に突き刺さった。
「オートマチックライフルなんて複雑で情報量の多いものを、無理に現界させるから……脳が演算負荷でパンクしてるから、早くそれを消して」
「消すって、グッ、あが、どうやって……」
頭を抱え、みっともないポーズのままで少女の返答を待つ。
「消えろと考えるだけでいいよ」
「わ、分かった」
俺がパンク寸前の脳で『消えろ』と念じるとともに、M1ライフルはゆっくりフェードアウトするかのように消え、それと共に俺の頭痛も収まっていった。
「……死神、だったっけ。あなた何者なの?」
少女はぶしつけに、俺に問う。埃と血で薄汚れた顔だが、よく見れば結構かわいい。エメラルドグリーンの瞳がじっとこちらを覗く。
「助けられておいてその言い草はなんだ、問いたいのはこっちだよ」
「助けられたのはお互い様でしょ、……布浦シリュー、ほら、名乗ったよ」
そういえば、モヒカンの一人が彼女の名前を言っていたな。俺、転生者であることを言ってもいいのかな?いや、こういう時のお約束で言わない方がいいか。
「俺は……単なる、旅人だ」
「旅人ならなんで複製の弱点を知らないの、アイツらは頭部の中にある『フォークト型現実拡張装置』を破壊しない限り活動を止めないよ」
「現実拡張装置?」
なんだそりゃ、現実のVR技術の更に拡張か?この世紀末に?
「あいつらは生物じゃないの。人間の体を部材に使った殺人機械。あなたやあたしが行使した力、それを奴らは生命活動の維持に使っているの」
俺が、行使した力、か……俺は意識的に力を行使したわけではないんだけどな。
「複製の血を見たでしょ。奴らの体液には本来生命を維持するために必要な免疫機構がないの。ゆえに臓器を取り換えても一切の拒絶反応を起こさない」
免疫機構を持たない?それってウィルスとかに感染したらすぐ死んじゃうんじゃないのか?……だけど、まあ彼女の言葉の文脈からするに、
「それはつまり、どんな人間の、どの臓器や肉体を繋ぎ合わせても」
「複製は神経を接続し、自分のものにしてしまうの……そしてあたしやあなたも危うくそうなりかけた」
人間というか生き物なのかそれ?……いや、さっき生物ではないって言ってたか。
「それで……えと、シリューでいいか?」
「いいよ」
「シリュー、それが可能な現実拡張の力って、いったい何なんだ」
シリューはそれを問われるとは思っていなかったのか、少々きょとんとした感じだった。
「あ、あたしも、原理はよく分かってないの。その、脳が何かを演算して、その像を実体にする力、あるいは飛び道具とかに別の速度を上書きしたりして回避したりとか、利用できる形で利用しているだけ」
さっきの鎖鎌、やっぱり『躱してた』のね。それにしてもこの子も原理は分からない、か……なら、誰か知っていそうな人間と出会なきゃ駄目だな。そうでないとこんな力、危なっかしくて使えたもんじゃ無い。
「このまま立ち話もアレだし、助けたよしみで安全な所に案内してくれないか?いつ、奴らの追手が来るかも分からないだろ?」
俺がそういうと、シリューは少し首をかしげて考えるしぐさを見せたが
「……ま、仕方ないね。少なくともあなたは複製でないことは間違いないようだし」
ふぅ、一応は信頼されているよう、かな?
「じゃあ、行きま、あ、いてて……」
長々と話している間、彼女は怪我をしているのを忘れていたようだ。シャツににじんだ血のシミが少し広がっている。
「どうやら、向かう前に手当の必要がありそうだな」
「な、何よこの位。追手がいる可能性もあるからここから離れるのが先」
「無理していることくらい俺でも分かる、……見せてみろ」
「わ、分かったよ、はい」
シリューがジャケットを脱ぐと、脇の下あたりに切り傷が見えた。俺は自分のシャツを千切って包帯を作り、そこに巻き付ける。
「これで何もしないよりはマシだろ。血を失えば意識も朦朧としてくる、逃げるどころじゃなくなるぞ」
「…………ごめん、ありがと……そ、その……本当、助かったよ」
彼女は儚げな笑顔を作った。俺はその時、遠い日の思い出を掘り起こされたような気がした。
俺達は、そのまま荒野を進み始めた。口数は少なく、しかし確かな足取りで。彼女と一緒なら、どこまででも行けるような気がした。
*FP-45 第二次大戦中、米軍が某自動車メーカーに極秘裏に開発させたレジスタンス支援用単発銃。拳銃弾を発射するための最低限度の機構を、たった23点の部品で実現している。銃身にライフリング(弾丸を回転させて弾道を安定させるための、銃身内部に掘られた溝。推理ドラマで施条跡という言葉が頻出するが、これは弾丸がこのライフリングを通過するときに刻まれる痕跡である)が刻まれておらず精度は劣悪、一発撃ったら薬莢を付属の棒でひっかき出す必要があるなど本格的な使用を一切考慮されてない銃で、「コイツで敵兵を奇襲してその武器を奪う」前提で設計されたという。欧州前線のレジスタンスには普通の銃が行き届いているために実戦使用されず、アジア前線にばら撒かれ、偶然拾った味方のはずの米兵に「日本軍の自決用拳銃だな」と呼ばれるありさまだった。
*現実拡張 コンピューターによる演算を利用し、人間が(見る、聞くなどで)知覚する現実の情報を加減算する技術。作中の超能力じみた能力とは本来違い、物理的に現実へ干渉するものではない。