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終末で少女は現実《ディストピア》の夢を見る  作者: ヘリウム4
一日目 『昨日からの別離』
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一日目 夜の3


‐ ??????? ???? ‐

 

 それは、奇妙な感覚だった。まるで、子宮の中から産まれ出でるような……暖かい、だが暗くて窮屈な産道から、冷たいが明るく、手足を自由に動かせる空間へと出る感触。

 

「うわああああっ、うわああああ……」

 

 そして俺は、産まれたばかりの赤ん坊と同じ反応を見せた。即ち、手足をじたばたさせながら思う存分泣いたのだ。生きているという実感を、喜びをかみしめるように。

 

「生きてる、生きてるぞぉぉぉ……」

 

 …………

 

 正気に戻ると、そこが現代日本でないことを実感せざるを得ない光景が広がっていた。……だが、お約束というべき剣と魔法のファンタジー世界ではないことも同時に理解できる。

 

 目の前には倒壊し、砂風に削られた近代的な建造物が何棟もその無残な姿をさらしていた。そして、信号機もその役目を果たすための通電が行われることもなく、支柱の中央から折れ曲がっている。

 

 かってここは都市空間だったのだろう。冷たいコンクリートの感触が背中から伝わってくる。

 

「これは……」

 

 俺は自分の手を、腕を見た。ヒョロくか細いオタクの俺の肉体ではありえない、筋肉の塊がそこにあった。

 

 ヒョイっと立ってみると、身長だけはどうやら元の俺と同じくらいらしい。茶色い、袖が半分破れたジャケットと白いシャツ、ズボンを着ているようだ。

 

 とりあえず、周囲を観察しながら歩いてみる。

 

 辺り一面には近代文明の残骸たちが転がっていた。ヘッドライトが割れてひしゃげた車、鉄骨がむき出しになり無残な亡骸を晒すオフィスビル、かっては煌々と広告を垂れ流していたパチンコ店の液晶ディスプレイも、今やただの黒い板となっている。

 

「誰か、いないのか……」

 

 埃っぽくて喉がむせそうだ、まさかここまで酷い世界に転生するとは思わなかった。これはまるで……

 

 

『ヒャァーハハハハハハハハ!!!逃げろ逃げろーッ!!!』

 

 

 突如、俺の聴覚を揺さぶる耳障りな声。俺は声のする方へ駆けた。やがて路地の突き当りに4人の人間の姿を確認すると、俺は気づかれないようひとまず建物の影に隠れながら状況を伺う。

 

 4人のうち一人は少女、恐らくは中学生ぐらいだろう。亜麻色のボブカットの髪が印象的だが、彼女のカーキ色のジャケットから少し覗くシャツは血がにじんでいる。

 

 他の3人は大の大人で、モヒカン刈りに肩にパッドを付け、派手に胸元の開いた黒皮のジャケットを着込む。

 

 モヒカンたちの手にはこん棒やら鎖鎌やら、つまり文明レベルの低い武装が握られていた。どうやら3人が少女を路地に追い詰めたところのようだ。

 

 モヒカンの一人が鎖鎌の逆側に付いた分銅をブン投げると、彼女の右腕から左肩にかけて鎖が巻き付き体の自由を奪う。

 

「いたッ……」


 少女の体に食い込む鎖、もはや彼女の命は風前の灯火に思えた。

 

「亜麻色のシリューもここまでだな!安心しな、お前の臓器(パーツ)は俺達が舐め回すほど再利用してやる!」


 鎌の部分を舌なめずりしながらモヒカンA(一応、この見るからに雑魚な連中をA、B、Cの個体に分類してやった、ありがたく思え)がふざけた台詞を放つ。

 

「てめえの腕は俺が四本目の腕にしてやるよ!!」

 

 こん棒を持ったモヒカンBは何と3本腕だ。雑魚キャラにしては豪華な仕様だぜ。

 

「俺達こそ、神に選ばれた代替人間(オルタナティブ=ヒューマン)なのだ!」

 

 この状況でどっちに付くか?流石に決まっているだろう。丁度クロスボウ持ちのモヒカンCがお約束のセリフを吐いたので、俺もこのジャンルの先駆者である親父の愛読書から言葉をチョイスし、奴らの前に躍り出た。

 

「俺は選んだ覚えはないぞ」

 

「誰だッ!!」


 モヒカンCが振り向く。奴の顔に埋め込まれた4つの目が俺の顔を凝視した。……こいつら本当に人間なのか?

 

「……死神だ」

 

 ……えーと、セリフが決まったのはいいんですけど、俺中身は某一子相伝の暗殺拳の伝承者じゃなくて単なるオタクですよ?ひょっとして俺やっちゃいました?

 

「訳分からねぇこと言いやがって。往生しやがれッ!!」

 

 モヒカンCは俺にクロスボウを向ける。

 

「…………」

 

 ボウガンの矢など止まった木の棒に過ぎん……ってそんな訳あるかよ。俺は恐怖ですくんで返事も出来ない。

 

 武器はないのか、武器は!!武器、武器をくれっ!俺はあの博士とやらを恨んだ、こともあろうにこんな世界に転生させるなよと……

 

 その時だった。武器という言葉がFPSで使っていたM1ライフルの像を脳裏で像を結ぶと、俺の手の中に突如ずっしりとした重みが感じられた。

 

 ……馬鹿な、こいつは……

 

 

 モヒカンCがクロスボウを撃つより早く、俺はそれの、突如手の中に出現したM1ライフル(銃剣付き)の引き金を引いていた。

 

 直ちに撃針がスプリングフィールド弾の底面の発火薬を叩き、7.62ミリの超音速の死の具現化がモヒカンCの眉間をぶち抜いた。

 

 

「……現実拡張……!?」

 

 

 少女が何か口走るがよく聞こえない。モヒカンA、Bもこちらに向き直し、目の前の光景にあっけにとられている。

 

 俺は……強烈な反動(リコイル)の前に倒れそうになっていた。何とか両の足を踏ん張って耐える。

 

 そしてモヒカンCは、頭から血を流してその場に崩れ落ちた。……なんかこいつ、血が白いんですけど。その事実は、俺にとって『初めて人を殺した』という罪悪感を薄れさせていた。

 

「野郎ッ」

 

 モヒカンBがこちらに向き直り、3本の腕で持つこん棒を振りかぶる。

 

 モヒカンAは当惑した様子ながら、まずは獲物をしとめようと鎖鎌を少女の方へ放り投げようとする。

 

「コイツッ!!」

 

 俺は体勢を立て直すと、そのままモヒカンAをヘッドしようと狙い、M1のトリガーを引く。

 

 耳に響く発射音。きつい反動(リコイル)。モヒカンAの頭部にあっさりと風穴が開く。だがすでに鎌は奴の手から解き放たれていた。放物線を描いて自分の方へ飛んでくる鎌を、見据える少女。

 

「間に合わなかったっ……!?」



― 刹那



 鎖鎌は、少女の頭上、僅か数センチ上を通過して地面に突き刺さった。……まるで、少女の顔面を自ら避けるかの如く。

 

 御者の力を失った鎖が緩む。

 

「うわっ」

 

 不意に拘束から解放された少女だが、くるっと一回りするとバランスを崩さずに綺麗に尻もちを打つ。

 

 

 

「銃だと……!ふざけやがって!」

 

 少女の顛末を気にしている間に、モヒカンBは俺の目の前まで迫っていた!!

 

「ぶっ殺してやらぁあ!!」

 

 モヒカンBが3つのこん棒を一斉に振り下ろす。

 

「おっとっと」

 

 俺は風にあおられた柳の木のごとく身をそらしつつバックステップし、Bの攻撃をかわした。

 

「今度はこちらの番だ」

 

 そのまま体勢を立て直す間もなく、腰だめの状態でM1の引き金を引き続ける。耳をつんざく発射音と共に、次々と鉛玉が銃口から飛び出ていく。

 

 しかし……実銃の反動がこんなにすごいなんて……至近距離の相手なのに銃口がぶれて全然当たらない!

 

「なんて、ヘタクソ……」

 

 丁度流れ弾が少女の近くに着弾し、弾からの土煙をあびた彼女が毒づく。ヘタクソで悪かったな!!

 

 

 そして……

 

 

 ぴーんッ

 

 

 無情にも、乾いた音ともにM1の弾薬クリップが飛び出した……それは、弾切れの合図であった。

 

 

 

*モヒカン 起継君の父の愛読書のせいで雑魚キャラ扱いが決定的となってしまった人達。治安が悪くなると何処からともなく湧いて出てくる。


*鎖鎌 鎌と分銅を鎖でつないだトリッキーな武器。基本的には分銅が付いたほうを投げて敵の動きを封じ、それから鎌で切りつける使い方をするらしい。マイナーな武器のはずだが、某国民的RPGの3作目の序盤に店で買える武器として登場したためそれなりの知名度がある。


*クロスボウ 機械的に弦を巻き取って発射する弓。銃火器のない中世欧州においては鎧を貫通する強力な威力を持ち、禁止令すら出たことも。一方和弓が発達した日本では廃れている。


*銃剣付き 銃の先端にナイフやスパイクを付けて槍として使用できるようにした形。意外に発明されたのは遅く、銃が戦争の道具として一般的に使用されるようになってから1世紀ほどたった17世紀の事だった。当初、銃兵は装填の隙をなくすために槍兵とセットで運用されていたのが、銃剣の発明により全ての兵士を銃兵とすることが可能になった。自動火器が広まった第二次大戦以降は仮想敵である騎兵の消滅もあって、重要視されない傾向にあるが、現在の軍用ライフルにも着剣する場所はほぼ必ず存在する。


*こん棒 某国民的RPGでひのきの棒の次に弱い武器扱いされている武器。

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