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終末で少女は現実《ディストピア》の夢を見る  作者: ヘリウム4
一日目 『昨日からの別離』
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序幕 黄昏の女神《ネメシス》


‐ 西暦2011年 7月某日 ‐


 空が、血の赤で染まる ‐

そんな月並みな表現が、朦朧とするおれの脳裏を支配していた。


 しかし、いくら川辺に見る夕暮れが赤くとも、おれの顔の上面を今流れ落ちている、どす黒い液体を比喩として用いるのは不適当だと思う。おれはおれの顔を自分で見ることは出来ないが、血と夕焼けの赤が大理石(マーブル)のようにそれを彩っていることは疑いない。


 ここに至るあらましは単純明快。放課後、野球部の大垣と口論になって、奴が震災の影響で職を失った父を罵倒したのだ。おれは先公共の介入を防ぐため、奴を河川敷に呼び寄せたうえで挑みかかった……そこまで気が利くのならば当然気付くべきことに気づかなかったのは、頭に血が上っていたが故だろう。クラブ活動もせずクラスでもドベの身長である俺と、大垣とでは圧倒的な体格差が存在することに。


 上にのしかかられて以降は、一方的に殴られ続けるだけだった。奴は気が済むまで俺を殴ると、そのまま立ち去っていく。


 おれは泣いた。自らの無力に、無策に、軽率な行動が招いた結果のみじめさに。


 頭が痛い。もう倒れそうだ。


 ……不意に、柔らかな感覚が右手から伝わってくる。


「見てたよ」


 鳥のさえずりのような淡い声。振り返ると、そこに同い年くらいの少女がおれの手を握っていた。


「こっち」


 そのか細い手からは想像もできないほど強い力に引っ張られ、近くの橋桁の下へと歩いていく。やがて橋脚のところへたどり着くと、彼女はおれをもたれかけるように座らせた。……どこからか救急箱を持ってきた彼女は、慣れた手つきで血をぬぐい取り、擦りむいた部分にチンキを塗り、頭に包帯を巻いていった。


「橋脚と橋の間に空間があって、そこを『武器倉庫』にしてるんだ」


「……」


「ねえ、悔しくないの?復讐したくないの?」


 悔しい、悔しいに決まっている。だけど、


「……なんで、『武器倉庫』なんか」おれは彼女に問うた。


「私も復讐するんだ。この世界に」



 笑顔だった。今だからこそ分かるが、それはおれの初恋だった。



 それから、夏休みに入る前日までの短い間に、二人の奇妙な共同作業が始まった。『復讐』の為の武器を『武器倉庫』に集めるのだ。はじめはハサミ、コンパス、定規などの先の尖った文具から始まった。やがてエアソフトガンや硬式野球のバットやボールなど、使いようによっては武器になりえるものも集められ始めた。……そして最後の日、彼女は護身用のものを元に出力を大幅に上げた改造スタンガンをおれたちの『秘密基地』に持ち寄ったのだ。


「これで、いっぱい世界に復讐できるよ」


 薄暗い橋桁の下で、青白いスパークを逆光に映し出される彼女の笑顔は本当に美しかった。この瞬間をおれは一生忘れることは出来ないだろう。


 当時のおれにとっては彼女にとっての『世界』が何を意味するのか、どうして復讐したいのかなんてどうでもよかった。ただただ、このおれの前に突如として現れた、夕日にたなびく赤毛が神々しささえ感じさせる、愛おしい存在の力になりたかったのだ。


 ……おれは、包丁を自宅から持ち出そうとしたところを父に発見された。


 以前、おれが大けがをして帰ってきた事から状況をすぐに察知した父さんは、普段の温厚さをかなぐり捨てて烈火のごとく怒り狂った。おれは、自分のしていたことが間違いであることをすぐに理解できた。そして彼女との逢瀬もそれきりとなったのである、まるで、ゆめか幻のように。



 彼女は、『黄昏のネメシス』(ギリシャ神話の『復讐』の女神……というのは誤解らしいが、響きがいいので今でもそう呼んでいる)は夏の夕暮れに消えた幻だったのか。


 今や、それを知る術はない。


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