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命が散っていくサクラ

作者: T.HARUKI

 冷たい風が強く俺の体を叩き、体の芯まで冷えて来る。

 周りに人々が行ったり来たりしているが、俺の目ではまるで、世界が俺しかいないようだ。

 灰色の駅前が俺を包み、俺に失望という言葉を教える。

 人生初めての恋、俺は……失敗した……

 この恋愛の始めは春だった。

 学校からいじめを受けて、登校拒否になった俺の居場所は自分の部屋だった。自分を小さい部屋に閉じこもって、人の接する拒絶した。そんな俺でも恋がしたい。彼女いない歴=年齢の俺でも、本当の俺を見てくれる人が欲しい。だから俺はネットから恋愛サイトを見つけて、恋人探しを始めた。そこでサクラさんと出会えた。

 恋愛サイトに課金し、サクラさんに話かけた。本当の俺を知ったサクラさんは優しく俺を励ましてくれる。何もできない、ロクでなしな俺を一人の人間として、男として接してくれた。また誰かと話して嬉しいと思った。

 サクラさんはまるで窓から注いでくる光のようだ。自分を閉ざす部屋を照らし、外の世界を教えてくれた。だから例えリアルで会ったことなかったとしても、やはり嬉しい。

 それからサクラさんとチャットで話すのは日課になった。大金を使ってしまったが、後悔はしない。金より俺はもっとサクラさんと話したいからだ。

 気づいたら、俺は恋した。サクラさんに

 俺はサクラさんに告白と決めた。嫌われるでもいい、話してくれなくてもいい、それでも俺は本当の気持ちをサクラさんに伝えたいんだ。

 一か八かの決意で、サクラさんに告白した。サクラさんからオッケーをもらえるとは夢でさえ見なかった。

 人生初めての告白が成功し、俺はサクラさんと付き合うことになった。だけど、付き合うとは言え、チャットで他愛のない話ばかりするだけだ。サクラにどんなにお願いしても、リアルで会う許しを貰わなかった。

 そんな遠距離恋愛の日々を過ごし、いつの間にか白い雪が降る季節がやってきた。

 サクラさんに会うとお願いを言ったのは何度目何だろう? やっとサクラさんから会う許しを貰った。今まで頑張った甲斐があった。まるで夢が叶ったように嬉しかった。こんなに嬉しいのは、サクラさんと付き合った時からだ。

 それから俺は毎日毎日カレンダーを眺め、約束の日にカウントダウンした。約束の日に近づくに連れて、胸が騒いでいく。

 しかし、そんな幸せな日々は長く続かない。

 約束の日がやっとやって来た。俺は約束の場所の駅前でサクラさんを待った。いくら待ってもサクラさんらしい姿は見えない。それでも、俺は待つことを選んだ。

 一時間、また一時間……

 時間の流れはいつもより遅い気がする。待てば待つほど不安になってくる。サクラさんは何かの事件に巻き込まれてしまうじゃないかって、サクラさんの代わりに、何度も自分に言い訳した。

 鮮やかな駅前が黒くなり、登校した学生達はもうとっくに家に帰った。隣で笑い声で俺の心を叩くバカップルももうそこにいない。

 朝飯しかとっていない俺の胃袋は痛み続いて、今はもう何の感覚もない。

 何度もサクラさんにメッセージを送ったが、返事は来てない。

 それでも俺は待ち続けると心から決めた瞬間、携帯からチャットの着メロが耳に届いた。

 やっと来たと思う俺は嬉しくて、チャットを確かめた。でも、目に入ったのは四文字、『ごめんね』と

 俺はたった四文字のメッセージを眺め、涙がポロリと一滴携帯の画面に落ちた。

 例えサクラさんがどんな理由で遅刻したとしても、俺は許すと決めたが、まさか俺に話したのは、ごめんね、だけとは想像もしなかった。

 いや、きっと最初から想像した。サクラさんが来てくれないのも分かったはず。俺はただそんなことを考えたくないだけだ。

 俺は袖で零れた涙を拭けて、一人で黒く染まった帰宅道を踏み出した。


「ただいま……」

「あんた、朝から危険が良かったじゃないの? どうしてそんな顔しているの? お、おい、ちょっと! 人の話を聞けよ!」

 ただいまと言い捨てて、妹のの言葉を聞き流し、自分の部屋に戻った。

「そんなんだからアニキのことが大っ嫌いんだ。そうだ。また引き篭もれ! 朝から恋をしているような顔がキモイんだ。どうせ、失恋でもしただろ? その方があんたに似合うんだ。一生出て来るなよ! べーだ」

 ドアの向こうから妹の文句が耳に入る。別に妹のことを怒っているわけじゃないが、妹の推理が当たったことに胸が痛い。

 俺の心を弄んだ相手の写真を眺め、悔しくて悲しくて、切ない気持ちが溢れる。だけど、なぜか一つあるはずの感情は感じていない。それは怒りだ。

 まさか俺はサクラさんのことを憎んでいないのか……? いや、きっと憎んでいるはずだ。ただ憎むより、サクラさんに会いたいって気持ちがよりよく強く感じている。



 *      *


 サクラさんから一枚の写真も貰っていない。あるのはチャットのアイコンの写真だけだ。俺はサクラさんのアイコン写真を見つめ、今までサクラさんとの出来事が走馬灯のように、頭に思い出す。

 サクラさんのアイコンを見て、いつの間にか目蓋が重くなった。気付いたらカーテンの隙間から日差しが俺の頬に当たっていた。日差しの温もりが俺の眠気が吹き払った。

 もう朝か……

 ピロリピロリ……

 着メロを聞いて、俺は携帯を確かめた。

「ッ!」

 サクラさんからだ。サクラさんからの電話は初めてだ。

 俺の指を空中で止まって、しばらく悩んだ。

 俺はサクラさんのことが怖い。もうサクラさんと関わりたくないはずなのに、でもサクラさんのことを知りたい。もう一度サクラさんと話したい。

 俺は自分の意志を決めて、空中に止まった指をスマホの画面に届いた。

「……もしもし……ケイ君ですか?」

 初めてサクラさんの声を聞いた。なんだか怖がっているみたい。

「あ、俺だ……」

 電話で話すのは初めてだ……緊張しているせいで、俺達はしばらく静かに沈んだ。

「あの……私に会いたいですか?」

 突然のことだが、俺は迷わずにサクラさんに答える。

「もちろん!」

 会いたい。サクラさんに会いたい。生まれて初めて好きになった女性に会いたい。

「でも、私はケイ君が思ったような人間じゃありません。可愛くないし、スタイルもよくありません」

「俺は好きなのはサクラさんだ! どんな顔だとしても、何があっても俺の気持ちは揺るがない。だって、俺が好きなのはいつも俺を励ましてくれる、優しいサクラさんだ!」

 元々俺達は顔も知らない人だけど、それでも俺はサクラさんのことを好きになった。だから、俺は会いたい! いつも支えてくれるサクラさんに会いたいんだ!

「はぁ……分かりました。星の病院の304号室に来てください」

「ちょっと待って、病院?」

「うん……来たら分かるでしょう……」


 俺はサクラさんから聞いた住所に来て、304と書かれた扉の前に立っている。気持ちを整理するため、手で胸を撫で下ろす。そして、扉へ手を伸ばした。

 すると、出迎えてくれるのはサクラさんじゃなく、とても長い白髪をしている女の子だ。

 降り積もった雪のような白肌をしている。まさに病んでいる肌だ。彼女は患者さんの白い服を着て、ベットに腰を掛けている。

 白い髪で白い肌、白い服で白い布団。まさに彼女の存在すら白いように、何もないようだ。

 彼女はまるで俺が来ることを知っているかように、驚く顔もせず、少し微笑んでいる。

 いつもの俺ならこの時は笑顔で返す。だけど、今の俺にとっては無理な話だ。理由は相手がサクラさんじゃないことじゃなく、またサクラさんに騙されたことでもない。俺がここまで何一つ反応も出せない理由は、俺があまりにも見たくない真実、彼女がサクラさんだってことだ。

「初めまして、私の彼氏さん」

「……」

 口から何の言葉もできなかった。

 サクラさんのアイコン写真は短い黒髪で、元気の女性だった。見た目は俺より年上のはずだった。しかし目の前にいる女性、いや、女の子の方が似合うだろう。どう見ても俺より年下にしか見えない。

 彼女はまた口を開いた。

「ごめんなさい。信じたくないと思うが、私がサクラです。ずっと騙していてごめんなさい。騙しつもり……だったが、それは仕事でしたから……で、でも今は違います。本当にあなたと、ケイと、私の彼氏と仲良くなりたいんです!」

 と、俺に頭を下げた。彼女の体は少しビクビクして、足を被っている布団が濡れ始めると共に、彼女の声も弱くなっていく。

 そうなんだ。サクラさんは営業の人だったんだ。いわばサクラってやつだ。本当、文字通りだったんだ。

 サクラとは出会い系サイトで客に紛れ込み、男の客といっぱい話して、メッセージの料金を取るための者だ。日本では犯罪と見ている。

 どうやら俺もその中の犠牲者みたいだ。サクラさんと話すために、俺は何十万円もかけちゃった。

 初めっから騙されたのか……

 俺はテープのように謝りを無限ループしているサクラさんの姿をしばらく眺め、後ろ手でしまっていた扉を開き、この二人しかいない空間から立ち去った。

 廊下にいる間も彼女の鳴き声が聞こえる。でも俺は聞き流すことを選んだ。どんどんサクラさんの声が遠くなり、いつの間にか、もう彼女の声が聞こえなくなった。

 それでいいんだ、いや、それがいいんだ。俺はもうサクラさんと会うことがないんだろうと思い、俺はサクラさんをこの白い建物に残した。

 来た道で帰るはずなのに、さっきまで鮮やかな道だけど、どうして今はこんなに黒いんだろう。まるで色あせている写真のように、視線が届く所まで全部灰色になった。

 俺はこのまま重い気持ちを抱えたまま家を目指す。


 家に帰ってすぐ部屋に戻って、一人の空間で色々考えていた。ベットに横になったまま、枕を抱いた。

「そういや、一人で枕を抱きながら悩むのは久しぶりだな」

 いつからやめたか?

 そうだ。サクラさんと出会ってからやめたんだ。サクラさんはいつでも俺の相談相手になってくれて、俺を軽蔑しないで、俺の話を聞いてくれる。そしてか弱い俺を救ってくれた。それから俺は一人で悩む必要はなかったんだ。

 そう。サクラさんはいつでも相談してくれて、いつもケイの仲間だって言ってくれる。そして実行した。お金がないと相談した時、サクラさんは別の連絡方法を教えてくれて、お金をかけなくても連絡がとれた。それじゃ仕事になってないのに、それでも俺に連絡先を教えてくれた。逆に俺は? 何があっても気持ちが変わらないなど綺麗なことを言っていた俺がサクラさんのことを知って、避けることにした。

 どうすればいいんだ俺。ずっと騙したサクラさんと会わないことにするのがいい? それともそのままのサクラさんを受け入れるのがいい? どっちも正しいと思うんだけど……一つは自分が害になる可能性の人と距離をとる。もう一つは自分の言っていた約束を実行し、サクラさんに恩返しする。どっちも選び難いな……

 待って、昔も似たようなことがあって、その時、サクラさんはこう言っていた。そうだとしたら、未来の自分に後悔しない選択を選ぶ。だって、どっちも間違っていないから、どっちを選んだとしても正解だ。だから、そこは……

「心で選ぶ」

 そう考えた俺は答えが出た途端に、部屋から飛び出して、選んだへ駆け出した。

 白い雪が厚く積もっている道を走っている。寒い季節の中でコートも着ないまま走っている俺がバカみたい。でも俺はちっとも寒くない。むしろ熱い。走っているせいか、それとも一秒でも早くサクラさんに会いたいせいかは知らないが、すごくドキドキしている。ううん。ドキドキというよりワクワクかも。

 薄暗い白い道とキラキラしている鮮やかな星々がまるで俺の行先を照らしている。人の姿の見えない道の上を走ることは怖くない。たぶん、頭の中に一つしか考えていないからかもしれない。一刻も早くサクラさんに会いたいって。

 お見舞いの時間を過ぎた静かな病院を通って、まっすぐ304号室へ向かう。俺は大きく素早く扉を開く。

 すると、ベットに腰を掛けているままのサクラさんが今朝とは違って、びっくりしたような顔で俺を見つめた。

けい……どうッ!」

 俺はサクラさんの話より早く、彼女を抱いた。

「えッ? ちょッ!」

 いきなり抱かれたことに驚きながら、サクラさんは何をいえばいいか分からなくなってきた。

「ごめん。もう離さないから。絶対に……」

 俺の言っていることを理解できたように、サクラさんは俺を抱き返した。

「こちらこそごめんね。ずっとケイに嘘をつきました」

 と、サクラさんが言いながら、俺の肩に顔を伏せた。そして、肩から届くのが温かい水玉だった。



 *      *



 3月23日

 

 雪が溶けていき、大地が新たな季節を迎えてくる。俺達は新たな日常を一か月ぐらい送っていた。サクラさんの病気で、この空間を出ることは許されない。それでも、俺達は毎日こうして会うだけで満足だ。


「サクラさんおはよう!」

「いい加減、その『サクラさん』ってやめてもらえませんか? 私は という名前があるのです」

「いいんじゃ? いままで『サクラさん』って呼んできたんだし」

「だから、ちゃんと私の名前を呼んでほしいんです!」

「そんなにサクラという名前が嫌いのか? じゃどうしてその名前をしたの?」

 サクラさんは、笑顔が消えて、切ない顔で言った。

「私は、桜と似ていると思うからです」

「どこが似てるのか? まさか同じく綺麗とは言わないよな」

 サクラさんの暗くなった顔を見て、わざとふざけて、笑顔を浮かばせる。俺の意図を読まれたのか、サクラさんは小さく微笑みを作ってくれて、言い続けた。

「そうじゃなくて。寿命が短い所が一緒です。しかも、私はもうすでに散る方です」

 サクラさんがとても切ない顔しているところを見て、手も足も出せない自分が悔しい。

 先生の話によると、サクラさんがかかっている病気は不明なやつだ。家族だけに移るらしい。特徴は体の免疫力を弱めること。だからサクラさんはこの部屋を出たら、命が危ない。

「バカなことを言うんじゃねえ。お前は桜のどこを知っているのか? 桜見たことねえ?」

 今のサクラさんはサクラさんらしくないから、俺は少し怒ってしまって、ちょっと強く言った。

「ううん。写真しか見たことない」

「だろう。お前は何も分かってない。お前の病気を治ったら、俺が花見に連れていてやるから。それまでに、変なこと考えるんじゃねえ」

 サクラさんは笑顔を作って、俺に答えた。

「分かりました。約束します。指切りでもしましょうか」

 俺達は小指を重ね、約束を交わした。

 サクラさんの病気が治ることは不可能に近いが、俺は治ると信じている。ううん。信じていたいんだ。そしてサクラさんにも信じさせたい。



 *      *      *

 


 3月24日

 

 今日町中で桜色の蕾をたくさん見かけた。春が訪れることを知らせのように、町を桜色に染めはじめた。朝から桜の蕾を見て、すぐサクラさんに見せたいと思って、たくさん写真を撮った。そのせいで今日はちょっと遅く病院に行った。流された時間を追うために、俺はサクラさんの居る白い空間まで走った。一刻も早くサクラさんに写真を見せたい。しかし、この写真が悪い知らせを呼んできた。


「はぁ、は、ごめん。遅れちゃった。はぁ」

「この声、ケイ?」

 ベッドに座っているサクラさんが無表情で俺を見つめてくる。白い肌のサクラさんの顔は逆光で、黑く染まる。逆光のせいで、よくサクラさんの顔が見えない。その代わり、顔にキラキラと光を反射する涙痕がはっきり見える。

 サクラさんは俺をずっと見つめているが、俺のことを声で分別している。

 おいおい、まさか……


「綺麗ですねえ。桜、好きになるかもしれませんね」

 しばらく経って、俺は部屋に戻り、サクラさんに桜の写真を見せた。元気を取り戻したようなサクラさんが大きく笑顔を作った。本当に嬉しがっているみたい。だけど俺は、その笑顔から感じたのは、温かくて切ないことだ。

 俺と会う度、サクラさんの体調が悪くなるかもしれないと先生が言ってた。理由ははっきり分からない。今の段階では外から細菌を持ち込んだと分かっているだけ。だから、これからこの秘密の白い部屋に入る前に、全身消毒を受けることにした。

「何その顔は? 気分悪いんですか?」

「ううん。何でもないよ」

 サクラさんは、俺に自分が一時的に目が見ないことを知られたかように、俺に声をかけた。俺は、サクラさんが心配しないように、無理やり笑顔を作った。

「早く見えるといいなあ、桜」

 見えるのかな、桜……

 昨日まで信じていた希望が途絶えた。サクラさんの目が見えなくなったことに、俺もサクラさんが元気になるという希望が見えなくなった。

「なぁ、もしこれから何も見えなくなるとしたら、お前はどうする?」

 笑顔が消えたことは知っているが、俺はもう笑えない。俺の切なさを感じるサクラさんは改めて笑顔を作り、こう言った。

「その時、ケイが私の目になればいいんです。私の彼氏でしょ?」

 と、言いながら、とても幸せそうに笑顔を作った。幸せが溢れるように笑顔が満ちている。その時、開いている窓から青い小鳥が飛んできて、窓側に立って鳴き始めた。それに気づいたサクラさんは俺から青い鳥に目線を移す。

「あっ!これって、まさか伝説の幸せを運ぶ青い鳥? 初めて見ました。ほら、青い鳥まで私に幸せを運んでくれるから、もう心配なことないんでしょ?」

 強いな、サクラさんは。今の俺は涙をこらえるだけで精一杯だ。サクラさんと比べて俺は情けない。

 そう考えた俺はサクラさんに負けたくないくらい笑った。

「そうだな。よし、その幸せの青い鳥でも取ってあげようか。」

「やめて、この鳥はただ幸せを私に運ぶためにここに来ただけ。私と一緒にこの白い籠に囚われる必要はないんです」

 と、俺を止めたサクラさんはまた切ない顔に戻った。

「じゃ、俺がその鳥の代わりに、毎日この籠に来る。そしていつか、俺はお前を連れ出す」

「うん。よろしくね。彼氏さん」

 俺達は笑顔を交わした。



 *      *      *



 3月25日

 

 昨日の桜の蕾は咲き始めた。町中で、もうどこでも桜の写真を撮る人の姿が見える。もちろん、俺もその一人。でも俺は他の人とは違って、その鮮やかな笑顔を放てない。桜の写真を撮ることより、早くサクラさんに会いたい。だから俺は早く数枚だけ写真を撮って、サクラさんが囚われる白い籠へ向かった。


「はぁ、は、はぁ……」

「やっと来ました」

「ごめん。走って来たんだ」

「走ってこなくてもいいのに」

 今日のサクラさんはいつも通り、目も見えるし、元気だし。それはよかった。

 俺はだんだん桜色変わっていく部屋を踏み込み、いつもの椅子まで足を運んだ。

「おいおい、その写真で部屋を散らからさないで。白い部屋が染まっていくぞ!」

 部屋を見回すと、たくさんの写真が目に入った。机は勿論、壁にも三枚、床まで何枚もある。

「いいんじゃないんですか。ケイが撮ってもらった写真だし。これは正に君色に染まるっていうことです」

 サクラさんは偉そうに胸を張る。とても元気で、昨日とは全然違う。そんなサクラさんを見て、俺は安心した。

 俺が椅子に腰を下ろした途端に、窓側に何匹の鳥が飛んでくる。部屋に入り込んだ鳥達は机の上に立ち、鳴き始めた。サクラさんはワイワイと喜んで、この画面を見入っている俺も思わず微笑んだ。だけど、サクラさんは一言で俺の気持ちをダウンさせた。

「たくさんの青い鳥ですね。幸せを運んでくれてありがとうね」

「え? 青い鳥って?」

 飛んで来た鳥達は黄色、緑色、白もいるけれど、青い鳥はいない。俺はサクラさんが見間違いしているのかを確かめた。

「この子達ですよ?」

「あぁ、そうだな。はは」

 やっぱりサクラさんは色を間違っている。

 この時、俺は気づいた。この部屋は元々白くて何もないんだ。たとえ、どんなに色を付けても、希望がない。このことを知って俺はさっきの笑顔を崩さないように笑った。そして、俺はサクラさんに聞いた。「本当に桜を見たい?」って。そしてサクラさんは大きく眩しい笑顔で「はい」と答えた。

「はは、君達が幸せを運んできてくれたおかげで、私は今日とても元気ですよ。ありがとうね?」

 俺に答えたサクラさんは目線を鳥に戻し喋った。

 いや、サクラさん。この鳥達は幸せを運んできたんじゃなく、お前の命が終わる知らせを運んで来たんだ。



 *      *      *



 3月26日


 桜は咲き続き、サクラさんが弱くなり続ける。同じさくらと呼ばれるけれど、どうしてこんなにも違うのだ? 今日、俺はいつもより早く起きて、桜の写真を撮り、サクラさんに会いに行った。本当は疲れているけど、でも昨日からずっと悪い予感がした。もう、サクラさんに会えないかもって。だから俺はまだサクラさんに会えるうちに少しでももっと会いたい。日々弱くなり続けているサクラさんを見て、決心がどんどん強くなる。そして今日、俺はこれから俺の人生、いや、サクラさんの人生を大きく変える決断をした。


 扉を開いたら、サクラさんのバカげた笑顔に見入った。こんなサクラさんは珍しいから、興味がわいて、聞くことにした。

「何してるのか?」

「ふふ、これはデート企画書ですよ。元気になったら、ケイとデートしたいんです。今はそのスケジュールをたてているんです」

「そんなもの、お前の病気が治ってからにしてもいいんじゃないのか?」

 と言いながら、椅子に手を伸ばし、腰を掛けた。

 正直、俺はもうサクラさんが治るとは考えもしない。今の言葉はただサクラさんに希望を与えるためだ。

「私は怖いんです。もし本当に治らなくて、死んでしまったらどうしようって……私は外の世界を見たいんです。ケイとデートしたいんです。桜を見たんです。ケイと結婚したいんです。子供産みたいんです。私はこのまま終わるのがとても怖いんです」

 サクラさんは俺の胸に飛び込んできて、顔を俺の胸に突っ込んでくる。サクラさんの小さい体から振動を渡って俺の胸に届いてくる。ずっと強いと思っていたサクラさんは今、俺の胸にいる。まるで怖がっている小動物のように小さく見える。

 サクラさんの願いを叶えるのか、このままにするか、どうすればサクラさんにとっては一番いいのかは分からない。そして、頭の中にサクラさんが私に言っていた言葉が浮かんできた。どっちも正しい時には、心で選ぶって。そして、この時この瞬間、俺は決めた。

 俺はサクラさんの手を掴み、この白い籠から解放した。

「ちょッ!どこへ行くんですか?」

「デートだ!」

 何も知らないサクラさんは俺に問い詰めたが、俺の答えに疑問を持ったまま『デート企画書』を抱える。


 俺はサクラさんを服の店を連れ込み、試着させた。サクラさんが試着した服はセーラー服だ。白いと紺色が混ざった服と紺色のミニスカート。そしてサイハイソックス。いかにも高校生女子って感じだ。

「いいんじゃないか? とても似合うよ!」

「似合う似合わない問題じゃありません。どうしてセーラー服なんですか?」

「いいんじゃないか? 病院の服じゃアレだからさ」

 本当は、学校を通ったことのないサクラさんにセーラー服を着せたいんだ。残念ながら、彼女はあんまり似合わないな。何故ならサクラさんは痩せ過ぎだ。まぁ、でもこれでいいんだ。

「そうですけれども、もっ! おいて行かないでください~!」

 色々文句を言ってたけど、こんなに喜んだサクラさんを見たことがない。サクラさんを外に連れて来るのはいいのかはまだ分からないけど、今までこんなに生命力が溢れるサクラさんを見たことはない。この時間が永遠に止まって欲しいんだ。

 店を出てから『デート企画書』の書かれた通りあっちこっち回った。繁華街、映画館、水族館、小さな遊園地まで回った。一日で企画書に書かれた所を全部回るのは流石に無理だ。気がついたら、もう日が沈んで、月が上がっている。

 次の場所へ向かう途中、サクラさんはある店に入り、何かを見つめている。俺はサクラさんの後を付けて、店に入った。その店はネックレスや指輪を売る高い店だ。

「わぁ~、綺麗~」

 サクラさんは指輪を見つめている。

「い、一千万……」

 サクラさんに買ってあげたいが、学生の俺には無理だな……

「やだ。買ってもらうとは言っていませんよ」

「そうだけど……」

 やっぱりサクラさんに満足させたいな……でも一千万じゃ……

「はい。早く桜を見に行こうよ!」

 サクラさんに引っ張られ、町で一番花見をするのが有名な公園まで来た。薄黒く覆われている公園には誰一人も見かけない。公園では俺とサクラさん二人きりだ。ちょっと暗いけど、街灯が少し照らしてくれて、花見も味わえる。

 しかし……

「ケイ? 桜はどこでしか?」

「え? ここよ。見えないのか? ちょっと暗いけど、見えるはずじゃん?」

「ええ? これがちょっと暗いんですか? 暗すぎて何も見えませんよ」

 サクラさんは片手で俺の服の裾を摘み、片手で回りの物を確かめるように、大きく左右に手を振る。

 ……

 サクラさんの仕草を見てすぐ気付いた。また見えなくなったことを。

 それに気づいた俺は衝撃を受け過ぎで、何も言えなくなった。異常を感じたサクラさんは震える手で俺の右手を掴み、微笑んだ。

「大丈夫。ケイが私の目になるでしょ?」

「……う、うん、なる。俺は、なるんだ。」

 強いな、サクラさん。見えないのはサクラさんなのに、逆にサクラさんに慰められる。大丈夫、大丈夫と。実は一番怖いのは彼女なのに……

 そこまで考えた俺はついに涙を我慢できなくなった。それでもサクラさんに気付かれないように声を出さずに泣き続ける。

「どう? 桜は綺麗?」

「う、うん……綺麗だよ。」

「そうですか。すごい! 生で見たのはひと味違うんです。ほら、ちゃんと見えるから、だからね、もう泣かないで、ね?」

 サクラさんは俺の震えた声で俺が泣いていることに気付き、物が見えるように桜のない所を向いて言った。その時、強い風が吹いた。

「すっごい綺麗~。花吹雪ですよ」

 いや、違うんだ。風は吹いたが、桜は散っていない。

 俺はサクラさんが演技しているのを知った。でも何一つ言葉も出ない。強いサクラさんを叩きたくないんだ。俺はただサクラさんの手を強く握りしめることと、涙を重ねることしかできないんだ。しかしサクラさんは俺の気持ちが分かったように、俺を慰める。

「ごめんね。私はただケイを心配させたくないだけです」

「分かってる……分かってる……」

「ごめんね。よく聞こえませんでした。もう一度お願い」

 聞こえない? まさか耳まで……

 なるべくサクラさんが聞こえるように耳元で大きくもう一度言う。

「分かってると言った」

「よかったです。分かってくれたんだ。」

 サクラさんは俺の叫び声に気付かないみたい。やっぱり耳が聞こえにくいんだ。

 俺が悪いんだ。もし最初からサクラさんと会うことに拘らなかったら、こんなこともないはずだ。

「ごめん。もし俺と会わなかったら、こんなこともなかったんだろう」

「ケイと関係有りませんよ。私の病気は家族代々あるもの。お母さんも私を産んだ直後、今の私みたいになったらしい。ですから、ケイとは関係ありません」

 サクラさんは俺の謝りを断って、俺に言い訳をした。俺を無実にした。

「でも、俺は……」

「もし、ケイと会うことでこんな目に遭ったとしても、ケイと出会えてよかったです。もしケイと出会えなかったら、私は一生あの白い部屋から出ることはありません。それに、ケイは色々教えてくれました。桜が綺麗で切なくないことです。恋も教えてくれました。それに、デートや色々……私、昔からずっと一人ぼっちだと思いました。でも今はケイがこんなにも私の手を強く握ってくれました。一人ぼっちじゃないことを気付きました。この一か月は私にとって人生で一番幸せな時間でした。ありがとうね。ずっと……言いたかったです」

 サクラさんは言い終わったら、静かに俺の胸に寄せて倒れた。異様を感じた俺は何度もサクラさんを呼んだが、何一つ反応もなかった。

「サクラさん! サクラさん!」



 *      *      *



 3月27日

 

 サクラさんが倒れたすぐ救急車を呼び、無事に病院まで送った。散々先生に怒られたが、俺はサクラさんの方が心配だ。手術は無事に終わったけど、状況はあまり楽観的じゃないらしい。手術が終わってからずっと目が覚めないサクラさんが心配で、病院で一晩を過ごした。ずっとサクラさんの傍にいたが、サクラさんは一度も目を覚まさない。


 いつもこの白い部屋ではサクラさんの声を聞きながら過ごしている。だけど今はその声が聴けない。聞こえる声はただ一つ。サクラさんの心臓を探査する機械の音しかない。つまり、サクラさんの命とかかわる音だ。一晩中寝ないでその音を注意している。今はその音を聞きながら祈るしかない。だけど、祈ることは何の役にも立たない。機械の音が消え、何人かの医者と看護師が来た。もうサクラさんが会えなくなることが心配で心配で、部屋の隅っこで見守った。

 長く遅い何分かの後、サクラさんが俺の名前を呼んだことに気付き、すぐベッドのそばへ駆けつけた。そして目の前にいるのはいつものサクラさんより弱い姿だ。

「けい……」

「はい。俺だよ。サクラさん」

 サクラさんの手を強く握りしめ、俺がそばにいるという合図をサクラさんに示した。

「けい……だいじょうぶ……けい、ずっといいたかった……すき……」

 好きだって言い返したい。けど泣いているせいで、うまく話せない。そしてサクラさんが言い続けた。

「あのねけい……もしらいせがあったら、けい……のおよめさんになりたい……あのゆびわをつけて……」

 サクラさんはとても弱い声で俺に言った。まるで俺を見えないように俺を見つめ、最後のお願い言った。だけどこのお願いが死んだ後、来世のお願いだった。

 今すぐでもサクラさんの願いを叶えたい!

「分かった。ちょっと待って、すぐ帰るから、待ってよ! 帰って結婚してやるから。絶対待ってくれよ!」

「ちょっ……いかないで……いかないでよ……わたしをのこさないで」

 サクラさんが何か俺に話したみたいけど、俺急いで部屋を出たから、上手く聞こえなかった。今戻るわけにもいかない。だから俺はそのまま昨日のあの店まで駆けつけた。俺がこんなに走れることを初めて知った。まぁ、人生で一番重要な人からの最後のお願いだから。

 俺はただ間に合ってくれと祈りながら、走った。ずっとサクラさんのことを考え、考え、考え続ける。いつの間にか昨日の店に着いた。

「マスター。この指輪をお願い」

「おい! ボーズ、バカなことを言うな」

「お願いマスター。必ずお金を返すから。何倍でも返すからお願い。」

 マスターから指輪を譲ってもらうために、俺は土下座した。周りの人の目線も俺に集めまる。普段の俺はきっと恥ずかしくて、こんなことはできなかった。でも今は違う。今の俺はサクラさんしか考えていないから、恥ずかしいと考える暇はない。だから周りの目線を流し、マスターにお願いし続ける。

「お願い。ちょっと貸すだけでもいいから、ちゃんと払うから。彼女が、彼女がもうすぐ死んじゃうから。」

 マスターは一息を吐いた。

「はぁ、明日までに返すんぞ。それに、お金とるからな」

 マスターはとてもいやな顔で指輪に手を伸ばしてくれた。まぁ、貸してくれるだけでありがたいんだ。

 俺は借りた指輪を持って、サクラさんに会いに行った。

「サクラさん!」

 サクラさんへの扉を開き、中に飛び込んだ。部屋は静かさに染まっている。先生も看護師も何も言わない。ただ静かに寝ているサクラさんを見つめた。その時、俺は想像が付いた。でもあまりにも信じがたいことなので、俺はサクラさんの手を掴み、何度でも呼んだ。しかしサクラさんは目を開けてくれない。事情を飲み込むまでにずっとサクラさんって呼び続けた。最後俺はサクラさんの薬指に指輪を付けさせた。

 俺はサクラさんがいった時傍にいなかった。


 全部のことが突然すぎで、俺は何も考えられなかった。ただ濡れた顔は濡れ続け、声を枯

 れるまで叫び続けた。


 この部屋は白い。まるで元々何もなかったように白い。しかし、この白い部屋が俺とサクラさんのストーリーの一部分である。そして、俺は気づいた。この白い部屋は何もないじゃない。『白い』というものがある。それが、サクラさんの白いだった。



 *      *      *

 


 4月10日

 

 サクラさんが死んだ後、俺はもちろん落ち込んだ。もちろん最後までサクラさんのそばにいなかった自分が嫌いになった。だけどサクラさんは外に出れなくなっても諦めずに、自分の色を咲かせた。だとえ『白い』でも。だから俺もサクラさんに負けないように、立ち上がって、ずっと通わなかった学校に行くことを決めた。


 学校への準備を整えて、居間に顔を出した。そして学生服姿の妹を見かけた。妹はまるで俺が別人かのように見る目で俺を見た。まぁ、仕方ないんだ。俺は結構変わったから。

「えーと、何方様ですか?」

「何言ってんの? お前の兄貴だ!」

「え? 兄貴? イメチェンしたの? カッコよくなったじゃん?」

「俺は元々カッコイイの」

 普段やらない冗談をいい、居間を出ようとした。

「何その自信。って、どこ行くの?」

「学校だ。学校。今日は入学式だろ? お前も遅刻しないように」

「まさか兄貴が学校へ行くとは思わなかった。まさか、今日は地震? それとも台風?」

「おいおい。お前の兄貴をどう思ってんの?」

 最初は、いつも関係のよくない兄妹関係を直す。

「ちょっと、私も行くよ」

「え? マジ? ついて来るのか」


「こいつは誰? うちのクラスのやつ?」

「うん、見たことない顔だけど」

「何? そのイケメンは?」

 そして、クラスメイトとの関係も頑張る。

 俺は強くなるんだ。サクラさんが自分の命で教えたから。


 サクラさん。桜がもう散っている。大地が元の景色に戻る。まるで最初がないように消えている。だけど桜は何も残さないじゃない。人々にかけがえのない思い出や希望を与えた。お前のように俺にたくさん美しい思い出をくれた。


 *      *      *

 

 サクラさん。季節は巡って、桜は十七回も咲いて、散った。今年の桜が咲く今、俺は教師になった。サクラさんから教わったことをみんなにも教えたいからだ。

 頸に掛かったあの時サクラさんにつけた指輪を触り、桜を見上げた。突然、指輪が落ちた。拾ってくれたのは短い黒髪をしている女子だった。女子から指輪をもらい、ありがとうと言った途端に、女子はこう言った……

「先生、見て、幸せを運ぶ青い鳥だ!」


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