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心食いのアマデウス

作者: 石動なつめ
掲載日:2019/08/25

 ガス灯が照らす霧深い町の夕刻、一人の男が難しい顔をしながら壁に向かて何やら呟いている。

 否、壁ではなく、目の前にあるのは賞金首のチラシだ。


「ううむ……おかしい、おかしいぞ。何故吾輩に懸賞金がついているのだ。しかも前より金額上がってる」


 壁に貼られている賞金首のチラシを見ながらその男、アマデウスは腕を組んで唸った。

 歳は三十代半ばくらい。オールバックの短い銀髪に、モノクルをつけた細長い金色の三白眼。服装はすらっとした黒色の燕尾服にコート、そしてシルクハットである。

 賞金首のチラシの絵はやたらと人相を悪く描かれているが、実物も目つきがとても悪いので雰囲気以外は大体一緒である。

 その証拠に、近くの通行人達がアマデウスを見てヒソヒソと話をしている。

 それに気づいたアマデウスは慌ててその場を後にした。


 賞金首にチラシに書かれていた罪状は『人の心を食べた』罪。

 一見して好色家のようにも取れるが、ことアマデウスに関してのみ言えば、その言葉の通り食事として『心を食べた』のが原因だった。

 生き物それぞれに主食があるように、アマデウスにとっての主食は生き物の『心』だった。

 心が何であるかを問われればアマデウスは上手く応えられないのだが、主に『感情』や『考え方』だろうと思っている。

 命を奪わず、ゴミも出さず、彼は自分の食事がエコロジーだと胸を張って思っているのだが、どうにも周りからの評判はよろしくない。

 それもそのはず。心を食べられた生き物は、長くて一か月は、まるでアマデウスに恋をしているかのように、それ以外の事を考えなくなるのだ。

 ある意味、吸血鬼と似ている。

 だがそう例えられるとアマデウスは酷く不機嫌にはなる。


「食べるタイミングが悪かっただろうか」

「ご主人、そういう問題ではないと思いますデスヨ」


 ううむ、と再び唸るアマデウスの肩に、パタパタと小鳥が舞い降りた。

 見た目は青色のインコである。

 流暢にしゃべるそのインコは、アマデウスの使い魔であるピーターだ。


「ではどういう問題なのだ、ピーターよ」

「ご主人が好きな味の心について、よーく思い出してくださいデス」

「吾輩の好みか?」


 ふむ、と顎に手を当ててアマデウスは自分の好みについて考える。

 アマデウスは味の好みにうるさい。

 まず第一条件は女性だ。

 アマデウスが心を食べる際には、相手の手の甲や額などに口を近づける必要がある。

 もちろん近づけるだけで触れないし、それ以上のやましい事もない。食べる際に口で触れるのはアマデウスにとっては恥ずべき行為である。

 そして生物学上男であるアマデウスも、そういう相手は出来れば女性が良いと思っていた。

 女性であれば年齢に対しては特にこだわりはないが、あまりに年若いと色々な方面に不具合があるので、二十歳になるかならないか程度から上が好ましい。


 次の条件は対象の感情だ。

 心を主食とするアマデウスにとって、感情は大事なスパイスである。

例えるなら、パンをそのまま食べるのと、パンにジャムやバターを塗って食べるのとの違いだ。

 この辺りは個体差があるが、アマデウスは後者だった。

そしてそのスパイスは、喜びや幸せな感情であればある程、甘く美味しい。

 アマデウスの知り合いには恐怖や悲しみ、憎しみで染まった心の方が美味しいと言う者もいたが、アマデウスには共感が出来なかった。

 アマデウスは女性の涙に弱い。味だけではなくアマデウスの気分的にも微笑んでくれる方が嬉しいのだ。

 つまり彼にとって好む心とは、女性で、あまり年若くなくて、出来ればアマデウスの食事を「どんと来い!」と言わんばかり快く受け入れてくれる相手だ。


「女性が良いな。吾輩を好いてくれるならばなお良し」

「その為にご主人は頑張りますけど、相手は人妻とか彼氏持ちとか関係ないデス」

「それが何か?」

「タラシヤローくたばれデス」

「丸焼きにするぞピーター」


 選ぶ相手の家族関係にはアマデウスでも多少の考慮をするが、どうしても食べたい心の相手に出会うと、我慢が出来ない。

 心を食べる為に相手を口説くのはアマデウスにとっては人間にとっての調理と同等だ。

 美味しい心を食べる為に、必要なスパイスを得る努力をしているだけだ。

 そう考えると、あながち罪状自体も間違いではないが。


「確か何回か政府のお偉いさんの奥さんとか、お子さんとかの心を食べたデス」

「食べたな。マリアベルは酸味の効いた爽やかな甘さがあり、ティリアは甘さを凝縮したかのような味だった。ああ、それにクラレットは……」

「もういいデス、ヘンタイヤロー」

「照り焼きにするぞピーター」


 そんな事を話していたら、アマデウスの腹がぐうと鳴った。

 不快そうに眉間にしわ寄せながらアマデウスは自分の腹をそっと撫でた。


「見ろ、お前が食べ物の話を振るから、腹が減ったではないか」

「ご主人の燃費が悪いからデス」

「仕方あるまい。心の全てを食べてしまうわけにはいかぬからな」

 

 ふう、とため息を吐くと、アマデウスは美味しそうな心の持ち主を探して歩き出した。

 アマデウスは人の心を食べる時は、実の所そこそこに加減をしている。

 その理由は、心を全て食べてしまうと、相手が廃人になるからだ。

 目を開けていても何も感じず、何も話さず、何も考えず、ただただ生きているだけの人形になる。

 欠片の一つも残さずに食べてしまえばその相手は元には戻らない。

 アマデウスと同じ人の心を食べる者の中には、好んで全てを食べてしまう者もいるが、実に野蛮だとアマデウスは嫌っていた。

 命を奪わないとは言っても、それは生きているとは言わないだろう。

 彼らの行動はアマデウスの美学に沿わない。


「む」


 ふと、アマデウスは足を止めた。

 彼の視線の先には一人の少女が歩いている。

 歳は二十前後くらいだろうか。さらさらとした長い薄茶の髪を後ろで三つ編みに縛り、眼鏡の奥の目は草色をしている。

 気弱そうで、大人しそうな少女だ。地味目ではあるが、それが清楚な雰囲気を引き立てて、好ましい。


「ふむ、あの子にするか」


 アマデウスは口の端を上げて顎をさすった。

 ピーターはやれやれといったようにくちばしを振ると、ぱたぱたと空へと飛び上がる。

 そうして少女の方へと飛んで行くと、ピィピィと小鳥らしく鳴いて少女の肩に降りた。


「え?」

 

 突然肩に降りたピーターに目を丸くした少女は、驚いたようにぱちぱちと何度か瞬きをした。

 ピーターは小鳥らしく首を傾げて見せる。

 少女はふんわりと微笑むと、ピーターのあごを指でくすぐった。


「こんにちは、インコさん。どこから迷って来たの?」


 ピーターは気持ちよさそうに少女の指に頭をよせてピィと鳴く。

 あざとい。あざといぞピーター、良くやった。アマデウスは満足げに頷いて少女に向かって歩き出した。


「やあ、お嬢さんこんにちは。吾輩の鳥が、失礼を」


 そうして少女の前まで来ると、帽子を取って恭しく会釈する。

 紳士が淑女にするように、優雅に、笑みを浮かべて。

 少女はアマデウスに驚いて目を丸くして、両手をぶんぶんと振った。


「いえ! いえ、あなたのインコさんだったんですね」


 可愛いですね、と微笑む少女に、アマデウスは笑みを深めた。

 ピーターよりもあなたの方が何倍も可愛いですよ、という台詞はおおよそ場に相応しくないと思い、飲み込んだ。

 可憐だ。今まで出会ったどの女性よりも。表情も、声も、その所作も、全てが可憐だった。

 彼女の周りがキラキラと輝いて見える。こんな事は一度もなかった。

 アマデウスはごくりと喉を鳴らした。

 美味しそう、とか、そういう感情を超越した何かがアマデウスの中に生まれたのである。


 ――――心食いのアマデウス、生まれて初めて、心を食われた(ひとめぼれした)瞬間であった。

 


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