まさかの事態
何とか船の査定や修理などの目処が立ったラインバルト。
しかし問題が起こります。
「確か帆船があるのはあっちの方向で間違いありませんか?」
潮風の香り高い港町フォーニーの大通りを歩きながら、イブシェードはラインバルトに尋ねた。
「あ、あぁ……間違いないぞ」
状況が未だ飲み込めないラインバルトは頭を掻きながら返した。
「どうしてフォーニーの港に入港させなかったのですか?」
「見た目が幽霊船みたいにボロボロでな……勘違いされて攻撃されちゃ敵わない」
イブシェードの疑問に何とか答えるラインバルト。
「……確かにボロボロの船だと幽霊船に見えますから仕方ないですよね。どれだけの具合かはまだ分からないですが……査定して見積りしたら船大工仲間に渡して診て貰いますね。場合によっては新しく造り替えも検討して――」
「なぁ兄ちゃん。あんた何で助けてくれたんだ?」
ラインバルトは立ち止まり、イブシェードに尋ねた。
「何で、とは……?」
不思議そうに振り返るイブシェード。好青年然とした見た目だがどことなく凄みのある双眸で、まるで満月に吠える孤高の一匹狼みたいな空気を醸し出している。
「だ、だってよ……こんな金にならない事普通はやりたがらないだろ?」
その様子に気後れしたラインバルトが問いかける。
「何を仰っているのですか? 人助けは良いものじゃないですか」
……しかし本人は至って自然な人好きのする好青年の笑顔で答えてくれた。
「あ、あぁ……それならありがたい……」
むず痒そうに頭を掻いて、目線を逸らしながら返すラインバルトに、
「……それに。貴方はあのユウキさんが折れたぐらいの相手ですからね。何かしらの光るものを自分も感じたのですよ」
イブシェードは煙草を口から離して、空に向かって煙を吐きながら答えた。
「ユウキさん……ってなあのオニヘビのあんちゃんの名前か?」
ラインバルトの質問に、
「えぇ。そうですよ」
イブシェードは微笑みながら再度、煙草を咥える。
「何か、疑問でもありましたか?」
「あぁいやいや……オニヘビの奴らの名前なんて初めて聞いたもんでよ……」
頭を掻きながらしどろもどろに返すラインバルト。
「確かに。彼らはあまり自分の名前を名乗らないですからね。
ユウキさんはオニヘビ種族の中では行商を生業にしていないので、名乗る機会が多いのですよ」
そんなラインバルトに、イブシェードは微笑みながら返した。
「そ、そうだったのかい……」
「まぁ彼の名前はさておき、素人見積りでも査定して船大工達に報告しないといけませんからね。早く向かいましょう」
「あぁすまんな兄ちゃん」
ラインバルトとイブシェード、二人は再度歩き始めた。
やがて波止場付近に差し掛かった時、
「……ん?」
不意にイブシェードの足が止まる。
「どうした兄ちゃん?」
ラインバルトもならい、歩みを止めた。
「いえ……何故か波止場が騒がしくありませんか?」
イブシェードは双眸を鋭く細めた。
「? ……そう言やぁ何か……?」
ラインバルトも眼を細め、手のひらで影を作って水平線を見るす仕草をとる。その先には確かに色んな人々がたむろして騒いでいた。
最初は井戸端会議とか思ったが……すぐに訂正したラインバルト。何故なら空気が張り詰めて、とても苦しいからだ。
「すみません! 何か起きたのですか?!」
イブシェードは一足先に、たむろしている連中に向かって駆け出している。
「お、おい兄ちゃん!」
ラインバルトも慌てて駆け寄った。
「あぁ……イブシェードさんか……。聞いてくれよ」
イブシェードに対して話しかける青年は、戦士とは違う屈強さを持っていた。察するに船乗り――それも外洋航海の――なんだろう。長旅で中々港町に帰らないのに顔を覚えられているとか……この兄ちゃんは相当顔が広いなと、ラインバルトは改めて感心した。
……って今は感心している場合じゃない。ラインバルトはイブシェードと一緒に船乗り達の話に耳を傾けた。
「実はよォ……海賊の連中が人をさらって行ったんだ……!」
「何だって?!」
イブシェードの狼みたいに強い眼差しに、炎が灯る。
「海賊……。奴らの名前は? そしてさらわれた人の特徴は覚えていますか?」
少し早口になったイブシェードが、船乗りの一人に問いかけた。
「あぁ……さらわれた女の子は覚えているよ……。珍しい事に船乗りの仲間を探していたみたいでな……俺らを勧誘したり船に乗せてくれってせがんでいたからな……」
「女の子とは酷いですね……! しかし船乗りになりたいとは珍しい……」
特徴を聞いて考え込むイブシェード。
(……お、おい。それってまさか……!)
そしてそれを聞いて。ラインバルトの全身の血の気が引いた。
「な、なぁ船乗りさんよ!」
「うわぁ! 何だあんた?!」
いきなり肩を掴むラインバルトに大慌ての船乗りさん。
「その女の子ってむちゃくちゃ綺麗な長い黒髪でちょっとおとなしめの美少女ちゃんじゃ無かったか?!」
思い切り揺さぶるラインバルト。
「あんた良く知ってんな……! あ、あぁそうだよ!! えらい事別嬪さんな女の子でな! 品が良くてどうみても船乗りには見えない女の子だったよっっ!!」
彼の気迫に圧されてか、船乗りは彼女の特徴をずらずらと語る。
「……ハルカちゃんだ」
そのまま崩れ落ちるラインバルト。
「ラインバルトさん……まさか……!」
「そのまさかだよちくしょう!! ハルカちゃんはおれが助けたかった船乗りだよっっ!!」
地面を叩き、指先で地べたを掻きむしるラインバルト。まさか目を離した隙にさらわれるとは……悔しい気持ちが心を完全に支配したのだった。
彼にとっても想定外の事態です。