怪しいお店
変な影を追いかけてきたラインバルト。
そこには奇妙なお店がありました。
「……何だこりゃ?」
一言でその店の特徴を表すなら、確かにそれが相応しい。
それは確かに看板を掲げた店だった。
しかし。それを『店』かと尋ねられたら首を傾げただろう。
まず最初の特徴は、ここだけやたらと薄暗いだ。まだ昼過ぎだっていうのにやたらと暗い。ついでになんか、寒い。
そして肝心の『店』はというと、付近が石造りだというのに曲がりくねった木造であちこちが歪んでおまけに黴が生えている……。
生き物の気配を感じラインバルトが辺りを見回すと。そこにはカラスと黒猫が居てこちらを見つめていた。
「ぐけけけけっっ!!」
「くきゃきゃきゃきゃっっ!!」
そして二匹共、こちらと目が合うと鳴き声を上げて逃げた。……もっとも、カラスも猫もそんな鳴き声は出さないはずなのだが……?
ふと気配を感じると、足元に光る玉が転がってきた。ラインバルトは知らないが……これは古代の遺物の一つ『ミラーボール』だった。何故かそれがラインバルトの足元に転がってきて、ラインバルトに気づくと慌ててドリフトで逃走を図る。なるほど、俺が感じたのはこいつの気配らしい……らしい、らしいのだが、何でこいつが動いているのかは想像の外側にある。
それを訝しげな眼差しで見送ったラインバルト見上げた店の看板にはこう書いてある。
……『何でも屋』と。
「ヤバいな……帰ろう」
一目見て五感が告げる。ここはアウトだ。いたらロクな目に合わない、そんな場所だ。
くるりと回れ右して立ち去ろうとしたが……。何か気になった。後ろから裾を引っ張られる気配に立ち止まる。あの時ハルカちゃんの想いを無下にして立ち去った分、なおの事だ。そして気になったら……やっぱり気になる。
だから意を決して、ラインバルトはその扉を開いてみた。
◇◇◇
中はかなり狭く、天井まで所狭しと品物だかがらくたなのか皆目検討のつかない代物が積んであった。恐らく地震でも起きたら物の雪崩れで一発だろう。
そして……薄暗い。窓から光があまり入ってこないのか、足元がかろうじて見える程度の明るさしかなかった……。
まるでがらくた達の墓場だなと。ラインバルトは感じた。
「だからイブシェードさまよ! いくら俺っちの店でもこんな代物は流せませんぜ!!」
不意に店奥から声が響く。
驚きラインバルトが奥まで行くと、そこには一人と一匹の影が煙の中にいた。
「そこを何とかしてくれよ『ユウキ』さん。試作品なんで買い取り手はここぐらいしかいないんだよ」
一人は艶の無い癖のある黒髪の青年だ。野生の一匹狼のような鋭い眼差しと雰囲気の、白衣をコートの代わりに着込んでいる咥え煙草の青年だ。
「嫌ですぞ! イブシェードさまの試作品は試作品のレベル超えていますからな!! こんな代物が一点物なんて逆に商売になりませんぞ!! 売り込むのもよだきぃですし!!」
対するカウンターには一匹の蛇が葉巻を吸いながら座っている。頭の下が平べったい、古代のオシャレアイテムである『グラサン』をかけた柄の悪そうな大きな蛇だ。
(……ってありゃ『オニヘビ』じゃねぇか)
ラインバルト、カウンターの椅子に腰かける蛇の種族名を思い出す。奴らはオニヘビという種族で行商をしながら諸国を渡り歩いて生きている生き物だ。
後は……そう、世界が滅んでも何となく生きていけそうな面の皮が厚い――もとい、しぶとい生命力が最大の生き物だ。とは言え、うちの漁村にも良く来ては格安で色んな物売ってくるので、漁村内では自分を含めて人気が高い。
(……そんであの兄ちゃんはどっかでみたような……?)
むむむ……と唸るラインバルト。
「おや? お客さんかね?」
「お客様みたいだな、ユウキさん」
ラインバルトの気配を察知して、二人がこちらを向いた。
「いぃらぁしゃぁあい! 俺っちの『何でも屋』にようこそぉ!」
にぎにぎと揉み手みたいな仕草で(器用な奴だ)尻尾を振るオニヘビ。聞いたら耳から離れない、腐敗して蛆虫の湧いたパンのようにしつこく後を引く――なのだが少しだけ、爽やかな口調で。葉巻を一服しながらオニヘビはラインバルトを招く。
「あ、あぁ……すまねぇ……」
ラインバルトは頭を掻きつつオニヘビの方に向かう。
「ここは……何の店なんだ?」
「由緒正しき何でも屋! 東西南北の裏表を問わず珍品を取り扱っております!」
超いい笑顔で答えるオニヘビに、
「後は故買屋だな」
しれっと咥え煙草の青年が付け足した。
「ちょっとイブシェードさま! かっこいい呼び名は止めてくださいよ!」
照れたように尻尾をぶんぶん振るオニヘビに、青年はやっぱり君たちだなぁと言いたげな生温かい眼差しを送っていた。
「……故買屋?」
「盗品を売買する店です! 盗品と知りつつ買うのですよ!」
オニヘビは葉巻を吹かしながら満面の笑顔だ。どうやら今まで会ったオニヘビと違い、こいつはくだけた口調に人当たりの良い性格らしい。
「……それ? いいのか?」
「故買は悪い事ではありませんぜ旦那! 俺っちは何も知りませんぜ! 流れてきたから何も聞かずに買う! 無くて困っている人に売る! それは正義の所業ですぞ!!」
……でもやっぱり、オニヘビはオニヘビだった。
「あんたは……店員か?」
「いえ。俺は客ですよ。ユウキさんに製品を卸しに来ていた錬金術師の『イブシェード・バガー』と言います。よろしくお願いします」
煙草を消して灰と吸い殻を懐から取り出した袋の中に入れながら、イブシェード青年は手を差し出した。
「あ、あぁ……よろしく……」
しどろもどろに手を握り返すラインバルト。イブシェード……錬金術師……? はて? どこかで会ったような……?
「あれ? あんたうちの漁村で確かこの前子どもの義足造っていた兄ちゃんじゃねぇか?」
「そう言えば貴方、この前の漁村ですれ違いましたね。あの時の方でしたか」
お互いに記憶が一致する。そう、ラインバルトは彼とすれ違った事があった。彼はだいぶ前に村の医者から頼まれて、足を無くした子どもの為に義足を造ってあげていた錬金術師の兄ちゃんだった。孤高の狼みたいな雰囲気だが気さくで生真面目で誠実な仕事をする兄ちゃんで、漁師仲間も一目置いていた。
「何であんたがこの店に?」
ラインバルトの疑問に、
「試作品を造ってみたからオニヘビに売ってもらおうと思っていたのですよ」
イブシェードは静かに答えた。
「だから嫌ですって! イブシェードさんのは試作品って出来じゃないから!!」
それを聞いたオニヘビ君、激しく嫌がる。
「酷いな、ユウキさん」
イブシェードは嘆息している。
「……この兄ちゃんの試作品ってな、そんなに出来が悪い物なのか?」
「違いますぜ旦那! 逆に出来が良すぎてしかも一点物だから売りようがないのですよ!!」
なるほど、出来が良すぎでしかも世界に一つじゃ買いたい奴ばっかで商売にゃならないなとラインバルトは合点した。それ以外にこの誠実な仕事の兄ちゃんの製品を買わない理由が思い至らないのだから。
「ところでお客さんは俺っちのお店に何しに来たんですかな?」
「船に必要な物を買おうとしたら、ここに行き着いたのだよ」
変なミラーボールの影を追いかけてきたのは伏せておいた。
「……舟に必要な物ですか? ここのところ魚は不漁気味だと聞いていますが、生活に必要なお金は大丈夫なんですか?」
イブシェードが気遣いながら尋ねてきた。どうやらうちの村不漁なのを知っていて気を回してくれているらしい。
「あぁいやいや。違うよ錬金術師さん。俺のおんぼろ小舟じゃなくて別の――たまたま知り合った船乗りさんの船なんだよ」
だから彼を安心させる為に、ラインバルトは訂正した。
「たまたま知り合った船乗りさんですか?」
イブシェードは気になるのだろう、さらに踏み込んできた。
「そうだ。まだ若いのに船乗り仲間が全員海賊にやられた挙げ句に積み荷も全部盗まれて……船もズタボロにされててな。可哀想で仕方ないんだよ」
「それは災難ですね……」
首肯しながら返すラインバルトに、イブシェードもまだ見ない船乗りさんに深く同情していた。
「なぁオニヘビの商人さんよ。何とかならないかな?」
ラインバルトはカウンターに身を乗り出して、オニヘビに問いかけた。
「出来ない事も無いっすけど……金が問題っすよ?」
「やっぱりそこか」
「この時代、無報酬で働きたい奴なんていませんよ。先立つ物が無くっちゃ話にゃならないですからね」
オニヘビのばっさり口調に頭を抱えるラインバルト。何とかハルカちゃんの力になりたいのだが……先立つ物は確かにない。
……なのだが。
「頼むよオニヘビさん! 俺のなけなしの全財産――銛とか網だって家とかだって売るから! 何なら俺だって売り飛ばしてくれても構わない!!」
ラインバルトはカウンターにぶつける程に頭を下げて、財布の中から貴重な銀貨を一枚オニヘビの前に置いた。
「お、お客さん! 出会って間もない相手に何でそこまで頑張るのですかなぁ……?」
「……あの子はまだ十六歳なんだ」
狼狽えているオニヘビに、ラインバルトは絞り出すように答えた。
「……十六歳で遠く離れた故郷から一人で頑張って飛び出してきて、心を許せる仲間達とやっと出会えたのに、海賊の略奪なんかで全部無くしたんだ……! 頼む! もう一度でいい! あの子に夢を掴ませてやってくれ!!」
ハルカの眩しい笑顔を脳裏に思い浮かべながら、ラインバルトは必死に無心した。
「……まぁ口では何と言ってもですね、私だって悪い奴じゃなきゃ何とかしてあげたいのは普通の気持ちですがね」
そんな彼を見やりつつ、オニヘビはちらりとイブシェードに視線を向ける。
「……ユウキさん。俺が船の具合を診てこようか?」
彼の気持ちを察して、イブシェードが微笑む。
「試作品を割り増しでお買い上げしますので――」
「半額を彼に、か? それなら良いかな」
「え? え?」
以心伝心で勝手に進んでゆく話に、ラインバルトはついて行けない。
「色々すみませんなぁ」
にぎにぎと尻尾を振るオニヘビに、
「この店内に居るんだ。俺も商品みたいなものだろう?」
イブシェードは煙草にマッチで火を点け一服。紫煙が薄暗い店内を揺らがせながら霧散する。
「えぇそりゃもう。目玉商品ですが♪」
「それは嬉しい評価だな。
さて、ラインバルトさん。船に案内してくれませんか? 船の査定をしたいですから」
イブシェードは扉を開きつつ、片眼を閉じて悪戯っぽく笑う。
「ま、待ってくれ兄ちゃん!」
ラインバルトも何とか彼を追って出ていく。
「やれやれ……情に絆されるとは。俺っちにしては今日は何か妙な一日ですなぁ?」
二人を見送りながら、オニヘビは葉巻を吹かした。
「ぐけけけけけけっっ!」
そんな時、店内に一羽の烏が舞い降りる。
「おやチャムチャックボンバービングリンド、どうしましたかな?」
その烏に親しげに話かけるオニヘビ。……しかし、名前が絶望的に何か嫌だった。
そのチャムチャック……長い。とにかく烏は何かしきりにオニヘビに向かって頷き続け、オニヘビもまたうむうむと頷いて、
「ははぁ。生きの良い『生』の『商品』ですかな? 若い娘さんなら高値が付きますかな♪ どれどれ、さらった海賊連中はどいつですかな?」
……信じられない事に、会話が成立していた。
「ぐけけけけ、ぐけ、ぐぐけけけけっっ!!」
「ほほ~♪ 『ドーマ海賊団』ですか♪ それなら中々期待できますなぁ♪ チャムチャックボンバービングリンド! 遊んで『キズモノ』にされない内に買い取りますぞと伝えなさいな♪」
「ぐけけけけけけけけっっ!!」
オニヘビの指示を受けて、烏は飛び立ってゆく。
「さて……今日はお休みですかな♪」
オニヘビは金貨の詰まった唐草模様の風呂敷を背負い、『本日臨時休業』の札を扉にかけて出ていったのだった。
……ちょっとやり過ぎたかなって思うぐらいに妙なお店です。