港町『フォーニー』
有名な港町に着いた二人。
しかし、すれ違ってしまいました。
それから一日後、港町に二人は着いた。本来ならもう少し到着は早かったのだが……帆の破れが酷かった為か速度が出なかった事と、あの幽霊船のような見てくれでは接岸は難しいと二人は判断した為、港町から離れた場所で錨を降ろしてラインバルトの乗っていた小舟に乗り換えて港町に入港したのが原因で遅れてしまったのだ。
「う、わぁ……! 大きな港町ですね……!!」
「あぁ。この港町『フォーニー』はここらの地域でも有名な場所だからな」
微笑みながら町を吹き抜ける潮風を一身に浴びるハルカを見つつ、ラインバルトは空を見上げて答えた。
港町『フォーニー』。ここは海の拠点として有名な町だ。ずっと昔から大型の貿易船を係留出来る港や造船所を有し様々な交易品や海の幸を干物に加工して内陸部へと出荷している問屋も数多い。
「……このフォーニーなら、ハルカちゃんの新しい仲間や船もきっと見つかるはずだ。良かったな」
辺りに満ちる生乾きの魚の干物の匂いを吸いながら答えるラインバルトに、
「はい……!」
彼女は嬉しそうに、ラインバルトに返した。
「……しかしどこに行こうかね……?」
きょろきょろと見回すラインバルト。彼は外洋航海の知識は絶無だった。だから当てがある訳でも目端が利く訳でも無い。何を揃えたら、とかどんな船乗りが、とかは全く判らなかった。
「……そう言えばこの港町の名前はフォーニーでしたよね?」
「? あぁそうだが」
「……でしたら私、『お兄さま』に会いたいです!」
ハルカは力強く答えた。
「お兄さま?」
「はい。この業物のナイフを下さった私の一族のお兄さまです! 元々は行商人でしたが……今はフォーニーという港町でお店を開いているのだと手紙で聞いていました。お兄さまでしたら色々な取引先と『契約』していますから、どんなものでも揃えてくださるはずです!」
……なるほど。彼女の話を聞く限りどうやらお兄さまはかなり信用のある商人みたいだ。腰から鞘ごとナイフを取って見せるハルカを見て、ラインバルトは確信する。
「そこなら船に必要な物は手に入るって訳か……。よし、探してみるか」
親指で先を促す彼に、
「はい! ラインバルトさま!」
ハルカはついてくる。
「……まぁしかしだ。新しい船とか装備とかは整うだろうが船乗り仲間まではさすがに無理だろうな。ハルカちゃんもしっかり船着き場で船乗り仲間は探すんだ――」
笑いながらラインバルトが独り行動指針を述べていた時、
「……あの! ラインバルトさま!!」
彼女が町を吹き抜ける風に負けない大声を上げた。
「ん?」
目を見開いて振り返るラインバルトに、
「ラインバルトさま……私と一緒に船乗りになってくださいませんか?」
ハルカは顔を赤くして双眸を閉じながら、必死にローブの裾を掴んで尋ねた。
「……はい?」
少しばかり間を置いて、聞き返すラインバルトに、
「あ、で、ですから私と一緒に船乗りを……」
もう唇か頬か見分けがつかないぐらいに真っ赤な顔で、両手を慌てふためかせながら。ハルカは再度尋ねた。
「いや待ってくれ。何で俺だ? 確かに俺は漁師だし海にはそこそこ慣れているが……船の心得は全くねぇぞ?」
そう。ラインバルトは船乗りだがあくまでも小舟で漁をする漁師なのだ。帆船の乗り方や外洋の航海術などの知識はなかった。
「……それでも私、ラインバルトさまと海の冒険がしてみたいです! どうか……どうかよろしくお願いいたします……!!」
……しかしハルカは本気らしい。必死に言葉を紡いで勧誘してきた。
(いや待ってくれ。何で俺だよ?)
ラインバルトには彼女の考えが読めなかった。自分には外洋航海の知識は絶無だ。何で彼女が必死になって勧誘してくるか検討がつかないのだ。
「あ、あの……?」
真っ赤な顔でおずおずと見上げ、震えながら返事を待つハルカに、
「あー考えとくわ。
とりあえず二手に別れて探そうか。俺はあっちだ。夕方までに見つからなかったらあのオンボロ船で集合な」
ラインバルトは無理やり話を変えて別の道を歩いていった。
「あ……!」
ハルカはそんな彼を引き止めようとして手を伸ばし……何も掴めないまま空を指先で掻いて。
しばらくはその指先を、悲しげに見つめていたのだった……
彼は船乗りになれる自信がないからはぐらかしちゃったのです。
……そしてこれが後々、厄介な問題になります。