霧の先には
彼女に導かれ、一行は神殿を目指します
翌日の朝日が昇る瞬間に。ラインバルト達の船は出航した。
向かう先は椿から教えて貰った海域だ。出航する際に隈無く辺りを警戒し、細心の注意を払うのも怠らなかった。海図は少々心許ないが……この際贅沢は言えないのが皆の心情である。
「もっとも奴らは還流の神殿の位置を完全ではないが把握している可能性が高いでしょうね」
これはそれから三日を向かえた時、ハルカと魔法で警戒に当たる逢魔椿の言だ。
「どうして判るんだい?」
不思議そうなラインバルトの問いに、
「奴らは私を捕まえる事や追跡する事にそこまで力を注いでいないからです」
逢魔椿ははっきりと答えた。
「奴らと最初私と遭遇した時に。彼らは追跡をしつつも手を緩めました。私だけが手掛かりなら何としても追いかけたはずなのに」
「……そう言えば砲撃もこちらに対して威嚇みたいな様子だったな」
思い当たる節があるなと顎を撫でるラインバルトだ。
「ですからきっと。私を何が何でも捕まえる必要など無く、場所を突き止めている可能性があるという事です」
「じゃあ椿ちゃんよ。何であいつ等わざわざ追いかけてるんだ?」
人差し指を立てるラインバルトに、
「恐らくは確実性を上げたいのでしょう。私の存在と私が向かっている先を追いかければ確実に還流の神殿へとたどり着きますからね」
「なるほどな……って事はどっかで鉢合わせになるかこりゃ」
頭をかいて唸るラインバルトに、
「すみません、私の為に……」
椿は頭を下げた。
「あぁいや気にするな。どの道たまには時化みたいな事も起きるさ」
対するラインバルトは気にしない素振り。元々が漁師だから自然の成り行きには慣れているのだろうか。悠然とした様子であった。
「還流の神殿というのは後少しですかねー! 中々それらしい物は見えて来なくてー!」
マストにある見張り台の上で付近を望遠鏡で警戒しながらクロムが尋ねてきた。この三日間はエリスも帆船上空をゆっくりと旋回しており、共に警戒体制を厳重にしている様子であった。緊張は続いているが彼は疲労を一切見せず、ラインバルトにはそこは感謝しきりだった。
「付近の風と水の魔力から尋ねるに、後もう少しですよー!」
対する椿は日記帳に書き込まれる情報を読み取りながらマスト上まで届く声で返した。
「了解! 何か付近の特長をお願いいたします!!」
さらに望遠鏡を覗き込むクロムに、
「濃霧に閉ざされた白い海域は在りませんかーっっ!」
椿は叫んだ。
「そろそろ濃霧に閉ざされた海域が姿を現すはずです! そちらに向かって舵を取っていただけますか?!」
「――! 見つけました!!」
クロム少年は指さし叫んだ。
改めて彼の指先が示す海域を見据えると、周りは晴れなのに濃い霧に覆われた海域が姿を現した……。
「間違いありません! あれが還流の神殿が出現する海域です!!」
「椿ちゃんよ! 霧はどうする!!」
件の海域へと進む為。舵輪に向かうラインバルトの大声に、
「霧は私が退けます!」
椿はしっかりと告げた。
「ラインバルトさま! 私も椿さまの手助けに回ります!!」
迷い無しのハルカに、
「よし。任せた!転進しろ! あの霧の海域に向けて出航だ!!」
ラインバルトも一任し、船の進路を決定する。
船の舳先は海風が吹き抜けてもなお晴れない霧の壁へと、進んでいった……
◇◇◇
……吹き抜ける海風すら阻む濃霧が立ち込めるその海域は。射し込む太陽の光を拡散させ白い闇へと変貌し、辺りに満ちている。
「嫌になるほど濃い霧だな……。椿ちゃん! ハルカちゃん!! 様子はどうだ!!」
ラインバルトの呼び掛けに、
「任せて下さい! 『異なる世界、異なる者。互いの意志を互いの内に。開け扉よ。『重なる世界』』」
まずはハルカが呪文を唱えて、
「魔力の制御は私が補佐するわ」
椿が呪文の構成を補助して。航路を切り開いてゆく。
風がほぼ凪に近い海。ハルカと椿に従いラインバルトとクロムの両名はオールを漕いで船を補佐する。
永遠に時が止まったような静けさの中に、波が押し寄せ返す音だけが響く。
「……そろそろです」
やがて椿が双眸を細めた。
瞬間。まとわりつく霧が風に流れてゆく。その光景は海風すら拒むこの霧に見えない道が出来たよう。その海路を辿り、船は霧の彼方へ真っ直ぐ向かう。
やがて霧が晴れたその先に。彼女の目指す還流の神殿が現れたのだ……。
また不定期に投稿しますね。遅くて申し訳ありませんです。




