幕間
幕間の一幕。それぞれの船でのお話です
「……で、あの神殿の手掛かり捕まえられずにここで伸びていたと。つまりお前達はそう言うのだな?」
クロムにぼろぼろに破壊され海上を漂う船達の上で。悪魔のように暗く低い声が響く。
「も、申し訳ありません……『グールド』辺境伯爵様……」
重傷を負った変装した騎士侯が目の前にいる悪魔の声に謝罪していた。
「私達本隊が追いつく前に弱っているゴースト一匹も捕まえられないとはな……。うちの騎士団も弱ったものだ」
呆れ返るように息を吐く声の主。中天から夕方に差し掛かりつつある輝きに照らされて。声の姿が見えた。
姿は男。くすんだ短い黒髪に顔の半分が火傷のような跡が残る鋼のような肉体の壮年だ。騎士侯爵が呼んだ名前が真実ならば、彼はグールドという名前なのだろう。
「グールド伯。この惨状はゴーストの仕業だけとは思えませんが……」
不意にグールドの傍らから声がした。硝子の風鈴が鳴るような瑞々しい若い少女の声。多分……十四、五歳ぐらい。
「フム……それは私も思うな。お前も同意件か、アルタミア」
声のした方を向くグールド。そこには薄い金髪に声の美しさに相応しい容姿の美少女が立っている。
彼女の名前は『アルタミア』。この騎士団の副長で優秀な黒魔道士だ。
「……すみません。あのゴーストを助けた自由騎士のガキはアバスの使い手でして……」
何とか自分達が負けた理由を説明する為に、必死に情報を絞り出す敗残兵達。
「それはまた。仕方ないな……だが追うぞ。どの道あのゴーストが向かう先は判っている。――アルタミア!」
振り返り太い声で尋ねるグールドに、
「間違いありません。後もう少し、星辰の導きでは一日後に忘れ去られた伝説の神殿――『還流の神殿』が姿を現します」
迷いなく空を眺めて返すアルタミア。
「だ、そうだ。貴様ら治療したらすぐに船を出せ! 還流の神殿にはあの『アブサラスト平原』に行ける道があるのだ!! 我らはそこの力を手に入れるぞ!!」
船が震える程の大音声を上げるグールド。それに応え無事な戦士達は武器と共に声を上げ、無事でない者達は船医達の治療を受けながらも応える。
「……」
唯一アルタミアだけが。応えつつもほくそ笑んでのだった。
◇◇◇
とりあえずハルカと彼女が頑張って現海域の潮流の流れや次の風向き、天候等を調べあげたところ。彼女の言うとおりここから北西の海域に還流の神殿が出現するという事が判った。後で聞いた話ではあるがどうやら彼女、あの日記帳を使い最初にある程度この海域の情報を集めていたとか……。
日記帳。一見だけならそれはただの外装の丈夫なだけの本に見えただろう。
しかしそれは見た目だけだ。彼女曰くこの日記帳は世界に流れてゆく情報を正確無比に記録する能力があり、見た物全てを理解できるらしい。もちろん日記帳から情報を読み取るには人並み外れた理解力と流れる情報に対する冷静さが必要ではあるが……。彼女の苦労しない様子を見る限りどちらも備えているようだ。
今は現海域で錨を降ろしている。航海士も居ないのに夜の航海は危険だからだ。
「クロム。様子はどうですか?」
そんな中当直に就いていたクロム少年は、エリスに話しかけられた。
「あぁエリスか。今の処は異常無しだ。現海域の見渡せる処に敵船団は見られない。……だがどうした? まだ交代には早くないか?」
クロム少年は警戒を解かず、だが不思議そうに返した。
「いえ、これを」
そう呟くと。エリスは咥えていた湯気の立ち昇る小樽を見せた。
「こりゃ、茹で肉団子か?」
中身を覗き込むクロムに、
「はいそうです。あの副船長、如月ハルカさんが作ってくれましたよ。疲労回復と滋養強壮効果を織り込んでいるらしいです」
エリスは丁寧に返した。
「そうか。では食べるか」
いただきますとクロムは茹で肉団子を口に含む。味はスープが程よく染み込まれたとても素朴で飽きの来ない味だ。
「あの副船長は中々だな。どんな船でも引く手あまただろうな」
肉団子をゆっくりと味わいつつ、クロムは感嘆の息を洩らした。
「えぇ。でもあの少女はこの船から降りないでしょうね」
「あの船長が乗っているからだろう。あの人はどことなく落ち着くからな。少女が船なら船長は港だ。自分の帰る場所だよ。降りる理由がどこにある」
「ほら、お前も」と。クロムは木製の匙を使ってエリスに肉団子を差し出した。
「いただきます」
エリスはそう返すと一口で頬張った。
「……なぁエリス。この任務が終わったらなんだが」
「えぇ。判っていますとも。武者修行を一段落、ですね」
「手間を掛けさせるな」
「気にしないで下さい」
一人と一匹、付近の警戒を再開した。
また頑張って投稿致します




