海の白魔導士
とても船乗りには見えない如月ハルカに出逢ったラインバルト。そんな彼に「自分は白魔導士として船に乗っていた」と答える如月ハルカだ。
「……この貿易船が海賊に襲われた時、私は海に投げ出されてしまい運良く生き残ったのです……」
船乗り達の弔いを終えた後。ハルカは食堂室の床に座ったまま事の経緯を話始めた。どうやらこの大型帆船は外洋を渡る貿易船だったらしく船の荷物を狙った海賊の連中から襲撃された。もちろん船乗り達は抵抗したが相手は海賊……しかも噂に良く聞く最悪の一団だった。情け容赦無く殺され苦労して入手した交易品も奪われて、誰一人として助からなかった……。
唯一彼女――如月ハルカだけは運良く木片と共に海に投げ出され、何とか泳いで船まで生還したが。その時には略奪は全て完了していた……という訳だ。
「皆様生まれて初めて船に乗った私にとても良くしてくださったのに……最後の時、一緒に居てあげれませんでした……」
長い髪を顔の前に垂らし、深く悔恨の言葉を紡ぐ彼女……。その言葉の端々に船乗り達への深い想いが見てとれた。
「……ま、あんたさんが無事だったんだ。それだけでめっけモンだろ。あんたさんの仲間連中もきっと浮かばれるさ」
そんな彼女に、ラインバルトは不器用で無骨ながらも何とか慰める。
「そうでしょうか……そうですかね……」
その言葉に僅かばかりには持ち直すハルカ。
「そーいやあんた。船乗りって風には見えないが……本当に船乗りか?」
怪訝そうにハルカに尋ねるラインバルト。確かに彼の言う通りだ。何故なら荒くれの集う船乗りの中にこんな品の良い乙女が居るとは考え難い……。
「私はこの船に白魔導士として乗っていたのです」
ラインバルトの質問にはっきりと答えるハルカ。
「白魔導士?」
「はい。白魔導士です」
白魔導士? そう言えばついさっきもこの娘、魔法みたいな力を使っていたな……? 船乗り達を弔っていた時の光景を思い出すラインバルト。
「白魔導士って……何か役に立つのか?」
漁師で海の男ではあるがラインバルトは外洋航海はした事が無かった為、ついつい失礼な質問をしてしまう。
「主には船医さんの補助をしていましたし……後は――あ、これを見て下さい」
そう答えつつ彼女は自分の隣に布を敷きながら、小さな樽に入った水を見せた。
「これは何だい?」
「海水です」
「海水?」
不思議そうにハルカの手の中にある樽を見つめるラインバルト。
「穢れよ消えよ。このものにアブサラストの祝福を」
そんな彼に答えずに、ハルカは『浄化』の呪文を唱えた。間を置かずに彼女の手の中にある樽に白い輝きが集い、中から水を光らせた。
「……どうぞ。ちょっと嘗めてみて下さい」
光が止んだ後、ハルカは水をラインバルトに差し出す。
「いや……海水なんか飲めないだろ?」
彼はかぶりを振って拒むも、
「ふふっ。騙されたと思ってどうぞ♪」
無邪気に笑って差し出す彼女を見ていると、騙されたくなってきた。こうなったらままよとラインバルトは恐る恐る指先に水を付けて嘗めてみて――。
「あれ……真水だこれ?」
ぱちくりとした。
「うふふ♪ 白魔法の『浄化』の呪文は水の脱塩も出来るのですよ♪」
ハルカは朗らかに笑う。
「この呪文を使って、私は沢山の真水を作る仕事もしていたのですよ♪ ちなみに脱塩した塩はこちらに……えい♪」
次に魔力を集束させると。彼女の傍らにあった布の上に塩が盛られていた。
「確かにこりゃ凄ェ。俺は外の海は出た事無いけどよ……新鮮な水がいっぱいなんか普通じゃ羨ましい話だもんな」
はー……っとため息を洩らすラインバルト。
「他にも食糧にも浄化の呪文をかけて腐敗を最小限に留めたり、交易品や船体が傷むのを護ったりもしていましたし。風を静めたり航海士のお手伝いなどもしていましたね……」
懐かしむようにしみじみと、ハルカは語る。自分には貿易船の心得は無いがなるほど、こりゃかなり優秀な船乗りなんだなぁと。ラインバルトはひしひしと感じた。
……と、その時だ。ラインバルトの腹の虫が鳴ったのだ。
「あ」
腹を押さえるラインバルトにハルカの視線が集中する。
「……もしかして、お腹が空きましたか?」
「悪ぃなお嬢さん。俺も中々飯にありつけなくて困っていたんだよ……」
ばつが悪そうにラインバルトは頭を掻いた。
「……待って下さい。食堂室の中に少しだけ食糧が有ったはずですから」
ハルカはそう言うと食堂室内をあちこち探す。
「うーん……このビールは少し気が抜けていますけど……使えない事は無いですね。後は蜂蜜酒に塩漬けのキャベツに塩漬けの魚と肉や玉ねぎ、レモンにライムと堅パンも少々……あまり、残って無いですね……」
嘆息しながら緑色の物体が入った大きなビン詰めや塩まみれの魚やミンチ状態の肉に掌ぐらいの玉ねぎ、馬鹿デカい板のような堅パンにレモンやライムを取り出すハルカ。……勿論、浄化の魔法を行使しながらである。
「……何とかこの中で料理を作りましょうか。まだ火口――は魔法で代用出来ますし、竈と燃料は生きているはずですから」
むむむ……と唸るとハルカは腰の『桜吹雪と椿の模様』をあしらった鞘から切れ味の鋭そうなナイフを抜いた。
「あんた料理もできるのか?」
驚き目を見開くラインバルトに、
「ちょっとした調理の心得ならあります」
ハルカは笑って答えたのだ。
彼女は船乗りならではの白魔導士です。