彼女の秘密
捕まったハルカはピンチです。
そして彼女の秘密も知られてしまいます。
「何するのですか! 離して下さい!!」
鎮座する帆船の船長室に、縄で縛られたハルカの声が響く。
「船長。今回の獲物は中々でしょう?」
ついさっきハルカをさらった海賊の一人が、船長にゴマをすっていた。
「あぁ確かに。これならオニヘビの奴に売りつけたらしばらくは遊んでられるな」
その船長――まぁ船員と似たり寄ったりな布を頭に巻いていて、略奪品なのかちょっとサイズの合わないコートを羽織り。カトラスを腰に提げている若干筋肉質な中年が下品な笑みを浮かべた。絞まりの無いとても品の無い笑みだ。特にハルカのローブの下から覗く、滲み一つ無い綺麗な両脚――その間を嘗め回すように眺めているし。
う……っと青ざめて引くハルカ。
「しかし手が出せねぇのが辛いなぁ……何せオニヘビの野郎、「手を出したら無料で引き取る」なんて言いやがったし……」
「下手したら「一生人間に生まれた事を後悔させる」とか言っていましたし……」
「あのオニヘビ連中だからな。怒らせたらうちの海賊団ごと壊されるぞ……」
二人共、震えていた。
(……つまり、今は私には手が出せないみたいですね)
少しだけ、勝機を見出だすハルカ。それなら次の方針は何とか脱出しないといけない訳だ。このまま黙って待っているのも得策だ、確かにそうだ。取引先を聞いてハルカは安堵すらしたのだから。
しかし。それと脱出策を練らないのは話は別だ。この飢えた獣みたいな奴らがいつ自分に手を出さないか判らないのだし……。
「な、なぁ。ちょっとだけなら食っちまっても問題無いだろ?」
その話が出てきた瞬間、ハルカはローブの『中』から鞘に収まったナイフをこっそり取り出して、手の中に隠し覚悟を決める。
「船長?! オニヘビ怒らせたらマズいっすよ!!」
「ちょっとならバレねぇだろちょっとなら。だいたいこんな器量良いような女なら手ぐらいつけたくなるってもんだしそれに――。
この上等なローブも脱がして別に売らないとな?」
船員の言葉を無視してじりじりとハルカに近づく船長。
「い、嫌です。来ないで下さい……」
まずい。まだナイフは鞘に収まったままなのに。何とかバレないように鞘を抜こうとしながらハルカは後退る。
「おいおい、そう逃げるなよ?」
さらに近づく船長に後退るハルカ。
やがて彼女の背中がどん、と壁にぶつかる。
「もー逃げられねぇぞ? ほー蛇革か……中々珍しいローブだ――」
そして彼女のローブの前を力ずくではだけさせようとしたその瞬間だった。
「い、痛いっっ!!」
突然ハルカが激痛に耐える人間のような苦悶の顔で絶叫を上げた。
「は?」
きょとんとなって船長は彼女の胸元に眼を下ろす。身を刻まれたような彼女の顔の下。型の良い乳房とローブはそれぞれお互いにぴったりと張り付いていて、そこが千切れて血が滴っていたのだ。
改めて蒼白の船長がローブ全体を見てみると、臀部から脚部は誤魔化すように身体から離しているが、背中から胸部や腹部を覆うように張り付いている。その様子は……まさに皮膚が衣服にそのものになっていると言っても過言ではない。
「まさかこいつ……亜人か?」
船長が驚愕した刹那。ハルカのナイフの鞘が外れ、縄を切れた。そのままハルカは思いっきり船長の鳩尾を蹴り上げ、
(早く逃げないと……!)
脇目も振らない全速力で扉を体当たりで開けて逃走する。
「商品が逃げたぞ! 追え!! 亜人で美人なんぞさらに値段が上がるかも知れねぇ!!」
下衆を極めた命令が廊下に響く。
「何とかして逃げ出さないと……!」
ハルカは自分を追ってくる海賊達を睨みながら逃走する。間取りは何となく判る。この船はカルク船だ。元々は貿易等に使われていて乗員は千人程度。船室の位置は船長室が最後尾の階段を下がった所にあるから甲板にでるにはまっすぐ走っていけばよい。船員がどこに潜みどこから飛び出してくるかも船室の間取りから予想は出来る。
(食糧庫はこの下で、ここは中間ぐらいかな? だったら階段か梯子を見つけないと……!)
ハルカはまだ鮮血の滴り落ちるローブを撫でながら、走る。後ろからは怒号が津波のように押し寄せて来ている。
「白露よ集え、迷宮を築け。彼の者達を永遠の迷いに導け」
ふわっ……と魔法の霧が船内に満ちる。この魔法は方向感覚を狂わせ幻影を見せる霧を発生させる魔法。狭い船内なら十分凶悪な威力の魔法だ。ハルカは霧に閉ざされた廊下を一気に駆け抜けつつ階段の場所を突き止めた。
「よし。アブサラストの光よ。我が傷を癒し加護を与えたまへ」
怪我を治す呪文を唱えつつ、階段を上がるハルカ。
「ラインバルトさま、私は必ず何事も無かったように帰ります。貴方には絶対に心配をかけさせたくありませんので」
決意を新たに、脱出を急ぐのだった。
彼女の秘密は結構ヤバいです。