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海王と海の聖女  作者: なつき
二人の馴れ初め
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馴れ初め

主人公の漁師崩れの海賊は、こんな風に海の白魔導士少女と出逢いました。

 

 その二人の馴れ初めは。彼が海賊になって初めての略奪の日に難破船で遺体を弔う彼女を見つけた事でした。


 ◇◇◇


 彼は以前漁師をやっていたが、この処海の温度が上がったせいで魚がさっぱり獲れなくなり仕方なく海賊に身を落としてしまった。本当は漁師として一生を終えたかったのに、漁師として二十数年生きて来たのに、仕方なく、である。


 全ては運が無かったからだ。彼はその帆船に乗り込むまでカモメの舞う空を眺めて嘆いていた。自分は漁師、結局自然には勝てないのだと己の心に言い聞かせ、ただただ当ての無い海を誇り高い漁に使う小舟で漂っていた。


 そして。その大型帆船を見つけた。自分と同じように当ても無くさ迷うその巨船を。幾つもの破れた帆に風を受け、穴の空いた船体のその船は。ゆっくりと潮流を進路に波の舵を取り、自分の小舟より遅く進んでいる。



「……何だこりゃ? 薄気味悪ィ船だな……」



 潮風にやられたべとべとで指通りの悪いブラウンの髪を掻き、同じ色の無精髭の生えた顎を撫でて。彼は漁に使う銛を構え、腰の鞘に収まったナイフを確認する。漁師生活二十数年、苦楽を共にしたこの銛と網とナイフは自分の宝物――でも今は悲しい事にただのがらくただ。まぁ銛とナイフだけは脅しの武器にはなるかも知れないが……。


 船体をぐるりと見回してだらりと垂れた縄を見かけた時、ここから入り込むかと決め、縄に手をかけて登ってゆく。縄は結構頑丈で、タールを塗り込んであるためか登りやすかった。



(……やっぱり人気がねぇ。難破船だなこりゃ)



 登り終えて穴の空いたぼろぼろ甲板に乗った時。海風が通り抜け泣き声のような物悲しい音色が響き、ギイギイと揺れ軋む壊れた扉……甲板どころか壁にまで穴の空いた船体をぐるりと見回して。彼は自分の推測が正しかったのだと悟る。


 ……まぁそれでも。何かあるかも知れないからちょっと探ってみたくなった。ぼんやりとした様子で歩いてゆき、扉を開いて船内に入る。


 中は暗い。日の光が全く入らないからだ。おまけにじめじめと湿気っていて壁が少し濡れている。吸い込む息にも、湿気と黴の臭いと――『何か肉が腐ったような』臭いが身体中にまとわりつき、まるで口の中にまでこびりついてくるみたいだ。少し咳込みながらも彼は奥へ奥へと進み、目についた船室を片っ端から開いていく。



「……これはあれだな。海賊にでもやられたな」



 今まで見てきた部屋の中――あちこち中を引っくり返したように荒らされ物色された痕跡を見て、彼はため息をついた。やれやれ、同業者に先を越されたらしい。いつの時代も新参者にゃ厳しいものだ……。



「……つーか海賊の連中が残ったりとかしてないよな?」



 彼はがたがたと脅えつつ客室か船倉らしき部屋達を開いて行きながら、何かないか漁ってゆく。自分はけっこういい大人でそれだけ生きて来ても海賊なんかはやっぱり恐い。あいつらは血も涙も無い無法者。捕まったら命は無い。


 一通り探したが何も無い。海賊の連中は無法者の癖に仕事は繊細みたいだ。


 ふとその時に。温かい雰囲気が奥から流れてきた。まるで天気の良い春先の草原を散歩しているような気配が先の部屋を満たしている。


 気になった彼は導かれるように、気配の源流へと歩を進めてゆく。この時すでに彼は判っていたのかも知れない。この温かな気配こそ自分に必要な存在なのだと。



「……この部屋だ」



 その部屋に辿り着き。彼はごくりと唾を飲む。『食堂室』と書かれたその場所から、確かにこの気配は流れ出ていた。全ての敵意をなだめ、優しく包むような気配が、確かに流れている。開けるのを一瞬躊躇いながらも、意を決して彼は扉を開けた。中に何があるのか見てみたかったから。


 ……食堂室の中はとても広かった。自分の小舟ぐらい何隻も入りそうなぐらいだ。改めてこの船が巨大なのだと知った。


 そして。『彼女』はそこで無数の花達に囲まれつつ、人間の遺体を膝枕させて座っていた。



「……癒されよ。永遠の旅人。永久の眠りを甘受せよ」



 澄んだ高原を渡るそよ風のように柔らかく優しい声音で魔力を放ちながら、彼女は呪文を唱えて死者を弔っている。双眸を閉ざし丁寧に癒しの魔法を創り出していた。



「……お嬢さん、こんな所で何しているんだい?」



 悪いとは思っていたが、話かけざるを得なかった。彼はついつい彼女の呪文を中断させてしまう。



「……貴方は……?」



 はっと双眸を開き、彼女は振り向いた。


 瞬間。時間が凍りつく。彼女がかなりの美少女だったからだ。肩より伸びた艶と光沢を宿した漆黒の宝石の如き黒髪に人懐っこそうなくりっとした丸みある黒い眸。整った異国の魅力溢れる見た目に『一枚の白い蛇革ローブ』を着こんだ乙女だった。



「まさか……海賊ですか!?」



 乙女の美しさに魅了され、すっかり言葉を失っていると。彼女が警戒心を向けてきた。



「いやいや! 違うぞ!! 俺はたまたま勝手にこの船に乗り込んで来ただけだよ!!」


「……海の真ん中にあるこの船に、ですか?」



 不可思議そうに、小首を傾げる乙女。



「俺は漁師でな。たまたま漁の途中でこの船を見つけたんだよ」



 そんな彼女に少し罪悪感を抱きながらも、半ば嘘では無い回答を返す彼。



「……お嬢さんは何しているんだい?」


「私は海賊に襲われ命を落とした皆様を弔っているところです」



 彼女は眠れる遺体を花に変えながら「おやすみなさい」と別れの言葉を送っている。なるほど、ここに咲く花達はかつての人間達らしい。


 そんな様子を見ていた彼もまた膝を付き手を組んで、祈りを捧げた。彼女はぱちくりと彼を見上げた。



「死者を弔うんだろ? おっさんも付き合うよ。俺は『ラインバルト』と言う。

 お嬢さん、あんたの名前は?」



 聞いてすぐに、失敗したかなと感じた。結構偉そうな感じになったからだ。




「わ、私は『如月(きさらぎ)ハルカ』と申します……」




 しかし彼女、少したどたどしいが丁寧に答えてくれた。 


 そうか、よろしくとラインバルトは再度手を組んで祈る。ハルカもまた、双眸を閉じ手を合わせ祈る。ずっとずっと、二人は亡くなった死者達に祈りを捧げ続けていた……。

ここまで読んでいただいて誠にありがとうございました。

引き続き楽しんでいただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あまり海を主題にした世界の物語を見掛けないので、どうなもんかと思ってましたが、はっきり言って非常に楽しかったです。 読みやすい文章にキャラの魅力、想像すれば世界がどんどん広がっていくほど…
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