その男異世界転生をする
鬼牙の異世界生活はこれからだ!
「それは……畜生道に堕ちろと言う事でしょうか? 犬や猫では流石に人助けは難しいのですが……」
「いやいや違うよ ⁉︎ 異世界に行ってもらうだけだから ! そこで人助けをしなさいって事だから! 」
俺の言葉に慌てて返答をする少年だが、俺にはその意味がよく分からない……異世界とは何ぞや。
「君、そういやファンタジーとかSFとか全然駄目な人だったね。そうだね……御伽噺に出てくるような世界で人助けをしてもらう感じかな。ただし、君の姿は鬼に近い『何か』になるとは思うけどね」
何と……桃太郎のような御伽噺の世界へと行かねばならないのか! しかもその身は鬼として。
「ぶっちゃけると君の思いが強過ぎて人間として送る事が出来ないんだよね。まぁそれだと会話すら出来ないから文字の読み書きや会話は出来るようにしておくよ……後は定番の《鑑定》とか《アイテムボックス》に《全属性魔法》の資質もつけちゃおう」
言葉や文字が分かるのは嬉しいがその他の言葉の意味がよく分からない……魔法とは何だ? 陰陽道のようなものなのか?
「後は僕の加護も付けておこう。これだけあればそう簡単には死なないでしょう。言っておくけど向こうの世界で君は『化け物』として扱われるからね。だからこれだけ特典をあげた訳。ちゃんと人を救って自分自身も救うんだよ? 」
「待ってくれ! 流石に意味が分からない。私は何処に行くんだ? 人助けとは言うが私はどんな人達を救えばいいんだ? 」
余りの情報の少なさに俺は少年を問い詰めようと一歩踏み出そうとするものの、体が全く動かない!
それどころか半透明だった体自体がさらに薄くなってきている。
「ごめんね。詳しい事は言えないんだ。それが向こうの『管理者』との条件だからね。1つだけ言えることは君が救うべき人数は48260名だということだけさ。それだけの人数を救えば君の歪みも消えると思うよ」
何と驚きの数! 俺が救うべき人数はどうやら大さな街の人口に匹敵するではないか……これが俺の罪の深さという事か。
「いや、君が勝手に思い込んでいる罪なんだけどね……まぁ君なら出来るさ。僕の世界の子なんだからね」
そう言って微笑む少年の姿はまさに神と呼ぶに相応しい神々しさを感じるものだった……そうして意識は失われていく。
乾いた土の匂いと共に草木の青い匂いを僅かな風が運んでくる。
周りからは微かに草木の揺れる音が聞こえる他は何も聞こえない。
瞼を通して入ってくる光の量からして昼を少し回った程度であろうか。
四肢に少し力を入れてみるが予想以上の反応が返ってくる事に驚きを覚える。
何より……以前の体と違い肉厚が違う。
生前は中肉中背といった何処にでもいる成人男性の姿であったのに対して、全体的に大きく感じる。
四肢の反応から見ても筋肉のつき方が異常である。
呼吸をすることでも分かるが胸板も恐ろしい事になっていそうだ。
「だからと言って目を開けない訳にはいかない……か」
そう言って少しずつ陽の光に目を慣らしながら己の体を確認しようと目に入ったものは丸太のような赤銅色の肌をした俺自身の腕であった。
「まいったな……この姿ではまさに『鬼』そのものではないか」
己の全身を確認した俺は溜息を吐きながらこれからの苦難の道のりに想いを馳せる。
身長は2mを軽く超えている。
赤銅色の肌はまるでヤスリのようでナイフ程度では刺さる事すら出来ないかもしれない。
体毛は思ったよりも薄いようで腕や足には殆ど見当たらない。
髪の色は黒いのだが……艶が異常でまるで絹のようである。
顔自体は見る事が出来ない状態なのだが、やはり想像どうりの物がこめかみ辺りから小さいながらも『生えて』いる。
「やはり……鬼に間違いはないか。この姿で人と会う事は厳しいだろうな」
聞いていたとおりの境遇に少しばかり落胆をしながらも俺は今後のために今出来ることを模索していく。
「まずは水だな。ある程度地面が乾燥しているとはいえ、これ程匂いの濃い草木があるなら地下か辺りに水源があるはずだ。水源を見つけてから食べれるものを探すとするか。運が良ければ水源近くに生き物がいるかも知れないしな」
俺は考えを纏めると自分の鼻を頼りに水のある場所へと周囲を確認しながら移動していくのであった。
思ったよりも早くに俺は水源を見つけることが出来た。
山岳の中腹部に大きな茂みを見つけるとその中に湧き水が出ている小さな水飲み場を視認する。
辺りには大きな生き物がいる様子はないがある程度の野生の生き物の足跡を見つけたのでここで罠を張れば獲物が取れるかもしれない。
水源近くの草などを確認してみるが匂いや色では毒性を見分ける事は出来なかった。
十分な周辺確認をした後に俺は水源へと足を向ける。
水源に到着した俺は水を飲むより先に、その水面に映る自分の姿に驚きを覚えてしまう。
「何だ……これは? 角は確かにあるが……まるで人間ではないか ⁉︎ 」
少しだけ揺れ動く水面に映る俺の姿はどう見ても人間と大差のない、10代後半の彫りの深い美形の青年であった!
黒い髪に赤銅色の肌、ここまでなら生前でも見慣れた人種でしかないのだが、瞳が金色で歯が犬歯のように尖っている。
2mを超える身長ではあるがかなりバランス良いスタイルであり多少筋肉質的な所を除けば人間とよんでも問題無いかもしれない。
ただ、こめかみ辺りから生える5cm程度の角が人外である事を主張している。
「この程度ならバンダナでも巻けば問題ないが……己の罪を償うのに隠す事があってはならないしな」
水面で自分の姿をある程度見た俺は一口だけ口に水を含むとゆっくりと味わいながら水の性質を見極めていく。
戦時中はよく生水などで腹を壊す事が多かった為にある程度味や見た目で見極める事が出来る。
口に含んだ水を飲んだ後は、時間をおいて経過を見ていく。
その間に周りに食べれるような物がないか確認していくが、流石に別世界なだけはありどれか食べれるか見当もつかない。
見た目と匂いで集めた食材をどうしようかと悩んでいると自分の視線に違和感を感じる。
食材を見ていると何か文字のようなものが浮き上がってくるのだ。
取り敢えず1つだけ手に取ってみて何が起こっているのかを確認してみる。
リンゴのように真っ赤な実でありながら謎の模様が入っている怪しげな果物に浮き上がる文字は俺にはこう読み取れた。
《アプルの実》
この世界で一般的な果物
どのような気候でも収穫出来る植物の実であるが魔素が濃い程その実は甘くなる
……ふむ、魔素とやらはよく分からないがどうやらこの文字はこの果物を解説してくれているようだ。
解説には特に食べれないとは書いていないので一口だけ齧ってみることにする。
軽く頬張った果物から濃厚な甘みが舌を蕩けさせ無意識のうちにもう一口食べてしまいそうになるのを何とか我慢すると、噛み砕き味わっていくのだが……何という美味さなのであろう!
生前食べた林檎より濃厚な香りがしていたのは分かっていたが、噛みしめるごとに甘みが増していくように感じる。
惜しみながらも一口食べきった後に経過を待つ事にしたのだが正直余計に腹が空いた気がする。
俺は空腹を紛らわせるためにその他の食材として採ってきた物を確認する事に集中し時間が過ぎるのを待ち望むのであった。
取り敢えず確認待ちとなります